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第59話 青葉昴は嘆く

 舐めていた。

 完全に侮っていた。


 静まり返った大会議室でカリカリとシャーペンを走らせる俺は、退屈さと苦痛さに顔をしかめる。


 なぜみんながキャンプファイヤーをしている中、こうして悲しく勉強をしているのか――


 答えは単純。


 『補習』を受けてるからだよ!!!!


 あーーーだっっっっる!!!!


 俺がこうして苦痛に喘ぐ中、ほかのヤツらはキャッキャウフフしてるんでしょ!? リア充してるんでしょ!?


 おかしいって!! 不公平だって!!


「青葉うるさいぞー」


 いやなにも喋ってないし!


「心の中で叫んでただろお前」

「ぐぬぬぬ……」


 それを言われちゃおしまいだ。

 俺は前方に座る大原先生に恨めしい視線を向ける。


 司と話しているときにロビーで先生から声をかけられた俺は、そのまま大会議室へと案内されて無情のお言葉をいただいた。


 『お前、補習な』。


 だから今、俺はこうして無理やり頭を働かせているのである。


 少なくとも補習を受けるほどの学力ではない俺が、どうしてここに座っているのか――


 それは。


 ……俺も聞きたいわ!!

 なんでこの頭脳明晰イケメン昴くんが補習受けてるの?

 再採点を要求するっ!!!





 ――なんて。




 そんなこと……あるはずがなく。



 これは俺が望んだ結果なのだ。


 なるべくしてなった結果なのだ。


 テストで低い点数を取れば、キャンプファイヤーに参加せずにこうして残ることができる。


 なぜなら、そういう『規則』なのだから。

 誰も抗うことができない規則なのだから。


 では、俺がこんなことをする理由はなんなのか。


 そこまでしてキャンプファイヤーを拒む理由はどこにあるのか。


 その答えも単純で。



 ――参加する理由が俺にはないからだ。



 え、思い出になる?

 え、もしかしたら女子といい感じになるかも?


 そうだな。それはそうだ。


 短い高校生活の中で、楽しい思い出や体験をしておくことは大切だろう。


 それについてはなにもおかしな話ではない。


 俺だってその意見には賛成だ。


 しかし。


 『青葉昴』という一人の人間的にはどうなのかというと――


 たった一言。



 ()()()()()()



 とはいえ、あくまで俺個人が勝手にそう思っているだけで……他者に理解を求めるつもりは一切ない。


 楽しみたいヤツは好きなだけ楽しめばいい。きっと素敵な思い出として記憶に残るのだろうから。


 それこそ司や月ノ瀬たちだってそうだ。


 アイツらが今楽しんでいるのなら、俺はそれでいいのである。


 よく分からん謎のジンクスだってあるわけだしな。


 『一緒にキャンプファイヤーを見た男女は仲が深まる』――だったか?


 みんなで同じ火を見て、同じ感動を覚えて、同じ思い出を残して――


 ()()()()楽しんでくれれば……それでいいのだ。


 別に二人きりじゃないといけないとか、そういう縛りはなかったはずだし。


 え、なかったよね? 男女ならなんでもいいんだよね……?


 ジンクスはどこまでいってもジンクスで、そこに確証があるわけではない。


 あくまで気持ちの問題だ。


 それでも、司たちがより一層仲を深められる『要因』として十分だ。


 そして。


 その輪に……第三者サブキャラである俺が加わる必要はない。




 これ以上アイツらと仲を深める理由も無い。今の距離感で()()()()()




 だからきっと――俺のこの選択は間違っていないはずだ。


 月ノ瀬を呼び出したことで、蓮見と渚が話せる場も作り出せたしな。


 あとは程良いタイミングで補習を突破して、『いやーわりーわりー! てへっ☆』とか適当なことを言って合流すれば問題ないな。


 どうせ『まーたお前……』って流してくれるだろ。


 我ながら完璧な計画だ……。

 

 ま、そんなわけで。


 これが俺の考えた『みんなでキャンプファイヤーを一緒に見よう計画』である。ドドン。


 だけどさぁ。

 

 だけどさぁ!!!


「……だっる」


 補習だるすぎるって!!!

 これは流石に想定外だって!!!


 テーブル上のプリントに目を向けて、俺は大きくため息をついた。

 

 補習の内容は至ってシンプルで。

 

 プリント学習からの……テストの追試である。


 追試はまだいい。

 もう一回テストすればいいだけなのだから。


 だけど、俺が今やっているプリント学習がとにかく面倒すぎる。


 プリントにビッシリと書かれた問題を解かなければならないのだが……、そのプリントの枚数が一枚二枚どころではないのだ。


 立ちはだかるプリントどもを撃退しなければ追試を受けることができない。

 

 だから俺は、こうして嘆きながらシャーペンを走らせているのだ。


 俺は頭を切り替えるために、一度シャーペンを置いて室内をグルっと見回す。


 当然ながら、俺以外にも補習を受けている生徒はいるのだが……その数は予想以上に少なかった。十人ちょっとくらいか?


 学年全体の人数を考えれば、少ないと感じてしまう。


 まぁ進学校だからね。

 基本的にはみんなちゃんと勉強してるだろうし……。


 ちなみに、俺のクラスメイトは一人もいなかった。


 ――マジかよ。

 これバレたら絶対バカにされるじゃん。


 『お前結局バカなのかよ! 補習マンじゃん!』ってバカにされるじゃん。


 誰が補習マンだ! 


 それぞれがキャンプファイヤーに一秒でも早く合流するため補習に励む中……。


 俺は「ふぁぁ……」と呑気に欠伸をして、ダラダラと問題を解いていった。


「おーそこのお前、なにスマホ弄ってんだー? 次やったら没収するぞ」

「す、すいません!」

 

 ぷぷぷ……どこのクラスのヤツかは知らないけどスマホ弄って怒られてやんの。


 どうせ『補習だるすぎワロタ』とか送ってたんだろうな。


 気持ちは分かる。すんげー分かる。


 はぁ……大人しく補習やろっと……。 


 × × ×


「……よし、青葉。問題なし。補習お疲れさん」


 答案用紙を大原先生に渡し、採点が終わる。

 無事に追試をパスすることができた俺は、解放感から深いため息をついた。


 あぁぁぁ……解放された。しんどかったぁ……。


「……うす」

「なんだよお前、補習楽しくなかったのか?」

「いやもう楽しすぎて勉強が大好きになりそうですわ俺」

「はっはっは! そいつは教師冥利に尽きるな!」


 ぐぬぬぬ……このイケオジめ。

 豪快に笑うその姿がなんとも様になっておる。


 俺も将来はこんなおっちゃんになりたいもんだぜ。


 ガハガハ笑って過ごしていきたい。


「なぁ、青葉」

「なんすか?」


 笑っていた先生の顔つきが変わる。


 その真剣な表情に、思わずこっちも身構えてしまった。


「今回はなんともお前らしくない結果だったな」

「調子が悪かっただけですよ」

「本当に……それだけか?」


 こちらを見透かすようなその視線に、目を逸らしたくなる。


 大人特有の……嫌な目だ。


 そりゃまぁ……俺の成績を誰よりも知っている人間からしたら、俺が今ここにいることに対して疑問を抱くだろうなぁ。


 しかし、だからといって素直に答えるはずもなく……。


 俺はヘラッと表情を崩す。


「そうに決まってるでしょう? じゃなきゃ俺が補習なんて受けるはずがないですって」

「………それはそうだな。お前は普段の言動に対して成績はいいからなぁ」

「普段の言動相応に成績がいいと言ってもらいたいですね」

「いや全然相応じゃないだろ」

「先生???」


 おかしい。

 三百六十五度どこからどう見ても秀才イケメン系男子なのに。あ、五度はみ出しちゃったよ。


 先生はまだ思うことがある様子だったが、それ以上はなにも言うことなく「まぁいい。もう行っていいぞ」と俺に退室を促した。


「あざっす。おす」


 俺は先生に軽く頭を下げ、大会議室から退室していく。


 扉から出た俺は、一度立ち止まって再び大きなため息をついた。


 自分で選んだ行動の結果とはいえ、やっぱりだるいものはだるかった。


 こりゃ補習なんて受けるもんじゃないな……。


 合宿が終わったら日向に教えておいてやろう。

 補習は地獄だからマジで勉強しておけ……って。


 でもアレだな。


 俺が補習を受けたって知ったら……ウキウキしながらバカにしてきそうだな。


 『えー! 昴先輩補習受けたんですかぁ? やっぱりバカじゃないですか! ウケるんですけど~!』

 

 ――前言撤回。秘密にしておこう。


 アイツには来年地獄を見てもらうとしよう。ぐふふふ。


「ほんじゃ……っと」


 そろそろキャンプエリアに向かうとするかね……。

 時間的にはまだやってるだろうしなぁ。


 キャンプファイヤー自体は一度見ておきたい。

 火がどんな感じに燃えてるのかーとか、流石にそのあたりには興味あるし。


 まず司たちと合流する……かどうか置いておいて、まずは行くだけ行ってみよう。


 俺がいようがいまいが、アイツらからしたら()()()()()()だろうしな。


 司と一緒にキャンプファイヤーを見られてハッピーハッピーだから、俺のことなんて忘れてると思いたい。


 そこまで深く考えず、俺は歩き出す。


 ロビーに到着した俺は――



 ソファーに座っていた人物を見て、思わず足を止めた。



 スマホでゲームをしていたソイツは、俺の気配を感じ取って画面から顔を上げる。

 


 そして――こちらを向いて。

 

 目が、合った。



「――あぁ。やっと来た、青葉」




 渚留衣。




 よりにもよって……お前がここにいるのかよ。


 スッと鋭く目を細め……俺を見る。


 渚が纏う雰囲気は、いつもと違っているように感じた。


「補習受けてたんだって? ――お疲れ様」


 なぜそのことがバレている。

 いや、別にバレてもいいんだけど……。


 どこから漏れたの……?


 お疲れ様、と言う渚の表情は……とてもこちらを労っているようには見えない。


 明らかに……なにか確固たる意図があって、コイツはここで俺を待っていた。


 なにも言わない俺に対し、渚は小さく息を吐く。


 そして――


「話、あるんだけど」


 

 あぁ。



 俺は素直に思った。



 これは……面倒だ。


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