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第58.5話 蓮見晴香はもう一度話したい【中編】

 私は顔を上げて、話を続ける。


「昨日のこともそうだし……私たち、ちょっとぎこちなかったでしょ?」


 こちらに身体を向けたるいるいと目を合わせる。


 眼鏡越しのその薄紫の瞳は、戸惑いのせいか小さく揺れていた。


「だから……ごめんなさい!」


 もう一度、頭を下げて。


 今回の件は私が勝手に話して、私が勝手に逃げ出したせいでこんなこじれた状況になってしまっているのだ。


 まずは私が謝らなければいけないだろう。


「顔を上げて、晴香。謝るのは……わたしも同じ」

「るいるい……」


 顔を上げて……再び目を合わせて。

 その瞳の揺れは止まっていた。


「わたしも……晴香の気持ちをちゃんと考えられてなかった。だから……ごめん」


 同じように、るいるいも私に謝罪をして……。

 

 親友だから。

 大好きだから。


 だから、わたしたちはたった一言……『ごめんなさい』が言えずに、互いの距離感に戸惑っていた。

 あんなに気まずい雰囲気になったのは初めてだったから、なおさらだ。


 もちろん、その『ごめんなさい』ですべてが済むわけではなくて。


 あくまでもこれは、話に入るための第一ステップに過ぎない。


「ふふ」


 お互いに……笑い合う。


 スッと肩から力が抜けたような気がした。


「……あのね、晴香」


 身体の向きを前に戻し、今度はるいるいが私の名前を呼んだ。

 「なに?」と、続きの言葉を待つ。


「もう一度言うけど……わたしは、晴香に幸せになってほしい」

「……うん」


 それは、昨夜も言っていたことだ。


「気持ちを偽ってるわけでも、抑えてるわけでもない。わたしは心の底から……そう思ってる」


 そう話するいるいの横顔は、とても穏やかだった。


 この子は私のことを本当に大切に想ってくれている。

 本心で幸せを願ってくれている。


 それが……しっかり伝わってくる。


 嬉しい。


 改めて、強く思う


「だから返すとか、返さないとか……そういうのは考えないで。これはわたしのエゴだから。このエゴは……わたしだけの『本物』だから」


 本物。


 ふと、青葉くんの言葉が頭の中に浮かぶ。

 自分が手に入れた『本物』を否定するな……という言葉。


 るいるいだけが持っている……『本物』の想い。


「ありがとう、るいるい。すごく……すごく嬉しい」


 こんなに自分のことを想ってくれる親友と出会えることなんてあるかな?

 ううん、きっとない。


 るいるいだから私は……今こうして幸せな気持ちを感じることができるんだ。


 フッと微笑んで……次は私の番。


 もう、逃げない。


 逃げたくない。


「私も同じだよ。るいるいのことが大好きだから。笑っていて欲しいし、幸せになって欲しいし……ずっとこうして『一番の親友』として一緒に居たい」


 かけがえのない、幼馴染。

 あの日、るいるいと友達になってから……こうしてずっと一緒に育ってきた。


 お互いの好きなものや嫌いなもの、趣味だって……ある程度理解している。


 家族のように大切な存在だ。


「……晴香」

「あはは……なんかちょっと恥ずかしいね。……って、あれ。るいるい? なんであっち向いてるの?」


 照れくさい気持ちになって頬を掻いていると、るいるいは私から顔を背けるように動いた。


 心配になって顔を近付けると、るいるいは「やめて」と右手を突き出して私を拒む。

 

「……るいるい?」

「わたし今……絶対緩んだ顔してる。変な顔してる。……見せたくない」

「……」


 その言葉の意味が分からず、私は数秒ほどポカーンと固まってしまった。


 嫌な気持ちになって顔を逸らしたわけじゃない……ってこと、だよね?


 えっとー……。


 ということはつまり……?


 ――そういうこと、だよね?


「……ふふふっ」


 意味を理解した私は思わず笑い出す。

 

 あぁ、そっか。


 だから緩んだ顔……ってことか。


「あれあれー? ひょっとしてるいるい、嬉しくなっちゃったの?」


 ニヤリと笑い、からかうようにそう言って。


「ち、違うから。その……火が眩しくなっただけだから」

「えーそっか。嬉しくなかったんだ……そっか……」

「そ、そういうわけじゃ……!」

 

 悲しそうに私が言うと、るいるいは焦ったようにこちらを向いた。


 その頬は赤みを帯びていて……キャンプファイヤーによる熱ではないということは分かる。

 

 表情の変化が少ないるいるいのこんな顔は、なかなか見ることはできない。

 まさに激レアるいるいである。


 私はニッコリと笑顔を浮かべて、さらにからかように言う。


「んー? じゃあどういうわけなの?」

「……っ! も、もう……!」


 私にからかわれていたことを理解したるいるいは、ぷいっと再び顔を背けた。


 いやー……うん、可愛い。とても可愛いです。


 幼馴染特権と言うべきか、こんな素直に感情を見せてくれるのが私だけって考えたら……より一層愛おしく思えてくる。


 抱きしめてよしよししてあげたい……。


 これが母性本能……? 多分違う。


「可愛いなぁるいるいは」

「ホントにやめて……。はぁ……疲れた」


 和やかな雰囲気が私たちを包む。

 

 うん、そうだ。

 私たちはずっと『こう』だった。


 私はコホンと咳払いをして、るいるいに対して言葉を投げかける。


「そのうえで……さ、改めて聞いていい?」

「なに?」

「朝陽くんのこと――どう思ってる?」


 その質問に、るいるいは眉をピクッと動かす。

 

 私はただ黙って答えを待つ。

 返事は昨夜と同じかもしれない。


 それでも私は今改めて……聞いてみたい。


 その答えを。


「わたしは――」


 るいるいの真剣な顔で私を見る。


 その小さな口が……開いた。


「好きだよ。男子に対して『好き』って感情を抱いたのは……初めてだと思う」


 本当にそれは初めてなんだと思う。


 るいるいは子供の頃から男の子と話すことなんて全然無かったし、周りが恋バナしているときも無関心だった。


 中学時に『好きな男の子とかいないの!?』って、ガールズトークの延長線上で聞いたことがあったけど――

 

 『いない』


 返事はたったの三文字。


 あ、本当に興味ないんだなぁ……って思った。


 そんなるいるいの口から『好き』って言葉を聞いたのは……私も初めてで……。


「……うん、そうだよね」

「じゃあわたしも……そのうえで言っていい?」

「もちろん。なにかな?」


 るいるいは小さく深呼吸をして……私に告げる。


「この『好き』は晴香の『好き』とは違う。付き合いたいとか、好きになって欲しいとか、隣にいたいとか……そういうのじゃ、ない………と、思う」


 言い切らないあたり、やっぱりまだ初めての感情を完全には理解できていないのだろう。 


「るいるい……」


 似ているけれど、違う『好き』。

 るいるいだけの……『好き』の形。


 きっとそれは私には分からなくて……いや、私じゃなくても分からないことで。


 きっとその答えは……るいるいにしか分からない。


 るいるいが言うなら……本当に『そう』なのだろう。


 正直、私はまだ納得できない部分が多いけど……それがるいるいの『本物』なのだとしたら、否定することなんてできないから。


「るいるいは……それでいいの?」

「いいよ」

「本当に……いいの?」

「いいよ。わたしが嘘を言ってるように見える?」


 ううん、と首を左右に振る。


 見えないから……余計に戸惑う。


 るいるいが少しでも、悩んだ顔だったり我慢している顔だったり……そういう顔を見せてくれたら私は遠慮なく『嫌だ』って言えるのに。


 そんな優しい顔をされたら私……もう、なにも言えないよ。


 嘘じゃないって……分かっちゃうから。


「分かっ……た。ならもう、私はこれ以上なにも言わない」

「……ごめんね晴香。納得してないって、戸惑ってるって分かってるけど……わたしの本心だから」

「いいの。るいるいがこうして話してくれて嬉しいから」

「……うん、ごめん」

「だ、だから謝らないでってば~!」


 お互いに納得できないことは、もちろんあるだろう。

 理解できないことや、戸惑うことだって……この先きっとあるだろう。


 だけど、それでいいんだと思う。


 私はるいるいのことが大好きで。


 るいるいも私のことを好きでいてくれて。


 お互いに『好き』だから。


 『好き』だから悩む。

 『好き』だから衝突する。

 彼から教えてもらった……その言葉。


 だからきっと、それでいいんだ。


 つまずいても、立ち止まっても。

 怒っても、泣いても。


 またこうして話せばいい。


 だって、私たちは『親友』なんだから。


 私は笑顔で、るいるいに右手を差し出す。


「じゃあ……改めて、これからもよろしくね。るいるい」


 るいるいは一瞬驚いた様子だったけど……。

 すぐに小さく笑顔を浮かべた。


 そして、私と同じように右手をこちらに差し出して……。


 互いに手を握り合う……握手をした。


「じゃあ仲直りってことで!」

「仲直りって……別に喧嘩してたわけじゃないでしょ?」

「いいの! 気持ち的な問題だから!」

「晴香がそう言うならいいけど……」


 ギュっと最後にもう一度手を握って……離した。


「次はきっと上手くいく……か」


 るいるいがポツリと呟く。


「え? なにそれ?」

「なんでもない。それより、月ノ瀬さん大丈夫かな。迷子を迎えに……とか言ってたけど」

「あーうん、たしかにね」


 玲ちゃんがロビーに戻って少し時間が経つけど……。

 

 本当に大丈夫かな? 

 なにか問題が起きてなければいいけど……。


 二人で心配に思っていると――


「晴香、留衣。お待たせ」


 見計らったように、階段の上から聞き馴染んだ声が聞こえてくる。

 

 まさに噂をすれば……ってやつだ。

 私たちは同時に振り向いて……声の主を見上げた。


 そこには……うん、予想通り。


「玲ちゃん!」


 私たちを見下ろす玲ちゃんの姿があった。


 ……ってアレ?


 立っていたのは玲ちゃんだけじゃなくて……。


()()……連れてきてやったわよ」

「誰が迷子だよ。なにも知らなかったんだから仕方ないだろ?」

「はいはい、迎えに行ってあげただけ感謝しなさい?」

「なんだよもう……。ありがとうございます、月ノ瀬さんっと」


 その人は玲ちゃんと仲良さそうなやり取りをしている。


 連れてきた迷子とやらは――


「てなわけで、遅れてごめんね。月ノ瀬さん、渚さん」

「朝陽くん……」


 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる朝陽くんだった。


 迷子の迎えって……そういうことだったんだ。


 でも、なにも知らなかったって言ってたよね……?

 青葉くんから聞かされてなかったのかな?

 

 それに、どうして玲ちゃんが迎えに……?


 まさか朝陽くんが連絡を――?


 痛い。


 私が勝手に考えただけなのに、チクリと胸が痛んだ。


「あれ……?」


 るいるいがキョロキョロと周りを見たあと、私たちに尋ねる。


「……一人いなくない?」


 一人、いない。


 私、るいるい、玲ちゃん、朝陽くん。


 たしかに……一人足りない。


 『みんな』ではない。


 彼は――


 


 青葉くんはどうしたんだろう?

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