閑話14 月ノ瀬玲は迷子を拾う
「おー月ノ瀬さん。こっちこっち」
「ずいぶん大きな迷子なことで」
「迷子……? なんの話……?」
合宿所の入口に向かうと、そこに待っていたのは司だった。
――『わり! ちょっと先生から話があるみたいだから合宿所の入り口まで来てくれね? 迷子の司くんがお待ちしております』
青葉からいきなり飛んできたメッセージ。
先生からの話とやらは少し気になるけど、どうせ青葉がなにかやらかしたんでしょ。
晴香でも留衣でもなく、私に連絡してきたってことは……。
うん、そういうことよね。
俺のやりたいように――とか言ってたし。
今ごろ二人はあそこで話しているわね、きっと。
「で、青葉は実際どしたの?」
「いや、俺にも分からないんだよなぁ。先生に呼ばれてそのまま行っちゃったし」
「……ついに問題起こした?」
「流石にそんなことはない……と、信じたい」
青葉については考えても仕方がない。
どうせ終わったら来るでしょうし。
今はこの迷子さんを連れて行ってあげるとしよう。
「とりあえず晴香たちが待ってるから行くわよ。てかアンタ、青葉からなにも聞いてなかったの?」
「うんまったく。話を聞くちょうどいいタイミングで昴が先生に呼ばれちゃってさ」
「ふーん。まぁいいわ、行きましょ」
私は踵を返し、歩いてきた道を再び進む。
司も私のあとを追うように歩き出し、隣に並んだ。
コツ、コツ。
私と司、二人の足音が周囲に響く。
聞こえてくるのはその足音と、ビルだらけの街では絶対に聞くことができない虫の鳴き声だけだ。
そして、空を見上げれば綺麗な星空が広がっている。
私には似合わない言葉だけれど……なんともロマンチックだった。
「アンタとこうして二人で話すの、久しぶりかもね」
「あーたしかにそうかも。君がまだお嬢様を演じているときはこうして何度か話したけど」
「ふふ、自分だけが知ってる私をみんなにも知られちゃって……寂しいんじゃない?」
思えば今、私たちは二人きりだ。
それを意識した途端、少し照れくさくなった私はごまかすように明るく話す。
「それは……まぁ、そうかもなぁ」
「え」
予想をしていなかったその返答に、私は思わず司を見る。
てっきり『なに言ってんだよ』みたいな、そんな感じの言葉が返ってくるかと思っていたのに……。
「今まではほら、もし君になにかあったら俺がフォローしないと……! っていう気持ちがあったからさ」
そういう気持ち、あったんだ。
「なんだろう、自分だけが知ってる特別感? っていうのが無くなったのはもちろん寂しいけどさ」
「けど?」
「やっぱりそれ以上に嬉しいよ、俺は」
そう話す司の表情は、本当に嬉しそうで……。
その横顔に思わず見惚れてしまった。
「嬉しいって……なによ」
「今はみんな、君の本当の姿を受け入れてくれてるだろ? 君も素の自分で周りと接することができてるし」
「それは……そうね」
「俺の言った通りだったでしょ? 昴たちはきっと離れることはない――って」
あの日。
私が本当の意味で青葉たちと出会った……あの日、司から言われた言葉。
あの言葉があったから私は、自分のことを正直に話すことができた。
本当は逃げ出したかった。
目を背けたかった。
話したくなかった。
信じたくなかった。
もう、あんな気持ちになりたくなかったから。
誰かに裏切られるあの感覚を……味わいたくなかったから。
それでも話すことができたのは……司の存在があったからだ。
本当の私を知ったうえで、私を遠ざけることをしなかった。
一方的に巻き込んだだけなのに……共犯者になれて良かった、なんて。
私を信じてくれた司を。
手を伸ばしてくれた司を。
裏切りたくなかった。
そのおかげで今、私は毎日楽しく過ごすことができている。
転校前とは……大違いだ。
「……そうね」
「月ノ瀬さん、君は今楽しい? 無理してないか?」
分かりきった質問だ。
私は悩むことなく頷いた。
「えぇ、楽しいわよ。どっかのお節介さんのおかげでね」
「誰だよそれ?」
「さぁね?」
どいつもこいつも優しくて、お節介過ぎるのよ。
晴香も。
留衣も。
日向や志乃も。
あと……ついでに青葉も。
でも、一番のお節介はね。
そんな人たちと私を繋いでくれた――
司、アンタなのよ。
なんて……こんなこと恥ずかしくて言えないけれど。
「気になるなぁ……。あ、そういえばキャンプファイヤーどう? すごい?」
「ん? それは……実際に見てからのお楽しみね」
「ぐぬぬ……早く行かないと……」
子供のようにワクワクしている姿に思わず笑みがこぼれる。
このまま司を晴香たちのところに連れて――
連れて……。
足を止め、私は立ち止まる。
「あれ、どうかした?」
急に立ち止まった私を司は心配そうに見る。
「……ねぇ、司」
「うん?」
「このまま私と――」
危ない。
私は寸でのところで言葉を止める。
……私、なにを言おうとしてた?
晴香たちに背く最低なことをしようとしてなかった――?
なにやってるの、私。
やるとしても……ちゃんと話してからでしょ。
特に晴香には。
お互いになんとなく察しているだけで……ちゃんと話してないんだから。
「――あ、ごめん。なんでもないわ。気にしないで」
「そこまで言われたらちょっと気になるけど……?」
「アンタは今日もお気楽で幸せそうねって話よ」
「いきなり酷くない!?」
「はいはい。さ、行くわよ」
驚く様子の司を横目に、私は再び歩き出す。
「分かったよ……相変わらず君は自由だなぁ」
「なにか言った?」
「いえなんでも?」
今はまだ……みんなで。
でもね。
私、こう見えてもすごく強欲なんだから。
欲しいものはなにがなんでも手に入れたい。
だから……ね。
司。
いつか私は、この気持ちをアンタに──
こうして私は無事に迷子の男の子を保護できましたとさ。