第58.5話 蓮見晴香はもう一度話したい【前編】
「わー! すごいねー!」
「えぇ、なかなか壮観じゃない。みんなが楽しみにするのも分かるわね」
二日目の夜。
無事にテストをパスした私たちに待っているのは……この合宿のメインイベント『キャンプファイヤー』だ。
『着火!』の声とともに、キャンプエリアに複数設置された薪に火が点く。
私のお腹くらいまで積み上げられたその薪は徐々に己を燃やし、火を大きくしていった。
パチパチと音を立てて……大きく、堂々と燃え上がる火を私たちは眺めていた。
「綺麗だなぁ……」
自然と感想が口からこぼれる。
それほどまでに、私たちの目の前に広がる赤色の光景は素敵だった。
私たち以外の生徒も、各々キャンプファイヤーを楽しんでいる姿が見受けられる。
友人同士で集まっている人たちもいれば……仲良さげに二人で見ている人たちもいて。
みんなとにかく楽しそうな表情を浮かべていて……見ているこちらも幸せな気持ちになってくる。
「……るいるい、すごいね」
隣に座るるいるいに話しかける。
私、玲ちゃん、るいるいの三人は今、事前に青葉くんから提案された場所……。
キャンプエリアと合宿所までの道を繋ぐ階段の一段目に並んで座っていた。
真ん中が私で右隣が玲ちゃん、左隣がるいるい。
同じようにこのあたりで見る人もいるんじゃないのかな? と思ったけど……今は私たち以外には誰も座っていなかった。
「……そうだね」
るいるいの返事は相変わらず短い。
この子らしいなぁ……と小さく笑う。
一見素っ気ない態度だと思うけれど……私は今、少し嬉しい気持ちだった。
なぜならば、るいるいの性格を考えればキャンプファイヤーを見るより、部屋でゲームをしていたいって言うだろうし……。
だから、こうして隣に座ってくれていることが嬉しかった。
「……二人とも、アレ見て」
「ん?」
玲ちゃんが少し離れた場所に目を向けていた。
私たちも同じように、その場所を見てみる。
ここから三十メートルほど離れたそこには、備え付けの三人掛けサイズのベンチが三つほど置かれていた。
そのベンチには男女一組の生徒が座っている。
きっと玲ちゃんは彼らのことを言っているのだろう。
わー……青春だなぁ。
って、あれ?
見間違いじゃなければ……アレって……。
「ひょっとして大浦くん?」
「やっぱりそうよね。アイツ……ちゃんとやることやってるのね」
「……リア充」
離れているからしっかり見えるわけじゃないけど……二人はとても楽しそうな雰囲気だ。
というかるいるい……パッと出てくる感想が『リア充』の一言だけって……。
それ以外になにかないの……?
私は苦笑いを浮かべ、大浦くんの隣に座る女の子に目を向ける。
あの子って……。
「あ、一組の女の子だ」
「アンタの知り合い?」
「ううん。話したことはないけど……何度か見かけたことあるから」
ガタイの良い大浦くんとは対照的に、その女の子は小柄で……なんだか微笑ましく思えてくる。
私の記憶違いじゃなければ、たしか一組の子だったはず……。
――いいなぁ。
ふと、そんな気持ちが素直に湧き出てきた。
私も……なんて。
わわ……! 想像しただけで顔が熱くなってきた……!
いけないいけない、と頭を振る。
「晴香、朝陽君のこと考えてたでしょ」
るいるいからの突然の言葉に「えっ!?」と思わず声をあげてしまう。
「バレバレだから」
「る、るいるい……!」
「晴香は分かりやすいものねー」
「玲ちゃんまで!?」
あーもう恥ずかし過ぎる……!
二人がニヤニヤしてこっちを見ていることは分かりきっているため、私は俯くことしかできなかった。
し、仕方ないじゃん!
別に考えようと思ってたわけじゃないもん……!
朝陽くんがぼんやり浮かんできただけで――
「あ、また考えてる」
「るいるい!」
「ごめんごめん」
――あれ?
一つ、気が付いた。
私……るいるいと普通に話せてるよね?
もちろん、いつも通りではないけど……それでもだいぶ気楽に話せているのでは?
「……ふふ」
考えごとをしていると、私とるいるいを見ていた玲ちゃんが笑っていた。
それは安心したような、嬉しく思っているような……そんな微笑みだった。
「玲ちゃん?」
「なんでもないわよ。それより司と……あとついでに青葉はまだかしらね」
ついでって……。
青葉くんが『ついでってなに!? 失礼でしょ!』とツッコミを入れる姿が想像できる。
「班長は集まってーって言われてたもんね。でも、そろそろ来るんじゃない?」
さすがにキャンプファイヤーに参加できないってことはないだろうし……。
先生たちもそこは上手く調整してくれるんじゃないかな。
「まぁ、それもそうよね。――ん?」
私の言葉に頷いた玲ちゃんが、突然スマホを取り出した。
なにかあったのかな?
玲ちゃんはそのままスマホを見ると……「はぁ?」と眉をひそめる。
「え、玲ちゃんどうかした?」
心配になって思わず尋ねる。
玲ちゃんはスマホをしまってため息をついた。
「ちょっと一旦ロビーに戻るわね」
面倒くさそうにそう言いながら立ち上がった。
私とるいるいは、そんな玲ちゃんを見て首をかしげる。
ロビーに戻るって……。
え、本当にどうしたんだろう。
「迷子が待ってるみたい。だから迎えに行ってくるわ」
「迷子……? 玲ちゃん、それってどういう――って、行っちゃった……」
私はさらに問いかけるも、玲ちゃんはそのまま立ち去ってしまった。
迷子が待ってるって……どういうことだろう?
うーん……。
でも、また戻ってくるだろうし……大人しく待っていよう。
「行っちゃったね……玲ちゃん」
立ち去る玲ちゃんの後ろ姿を見て呟く。
「そうだね。なにがあったのか全然分からないけど」
「だよねー……」
――となると。
この場にいるのは私と……るいるいだけ。
「……」
「……」
るいるいも同じことを思ったのか、途端に空気が重くなる。
さっきまでは玲ちゃんが一緒にいたから良かったけど……二人きりになったらコレだ。
私もるいるいも……なにを話せばいいのか分からなくなってしまう。
分からないけど。
――『難しいかもしれないけど……ちゃんと話してみろよ。ソイツとさ』
分からないからこそ、話さなきゃ。
これ以上みんなに迷惑をかけたくない。
なにより。
大好きなるいるいと……このままでいたくない。
意を決して、私は口を開いた。
「あのさ、るいるい」
「なに」と短い言葉が返ってくる。
私はるいるいに身体を向けて――
頭を下げた。
「ごめんなさい」
「えっ、ちょっと晴香? いきなりなにしてるの?」
私の突然の行動にるいるいは戸惑う。
私はね、るいるい。
あなたと……もう一度ちゃんと話したい。
話そう、るいるい。
こうして合宿中に二人で話せる機会なんて……最後かもしれないから。




