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第58話 いよいよメインイベントが始まる

「はーい、テストそこまで!」


 前方に立つ女性教師の声が大会議室に響き渡る。

 

 その声と同時に室内の雰囲気が一気に緩んだ。

 生徒たちの安堵や不安、その他感情が部屋中から漏れ、張りつめていた緊張感が解かれる。


 そんなわけで。

 夜の部のテスト、終了である。


 ………。


 あぁぁぁぁやっと終わったぁぁぁぁ!!!

 苦痛だったわぁぁぁぁぁ!!

 

 俺も例に漏れず大きく息を吐きながら伸びをした。


「成績が振るわなかった生徒には補習が待ってるのでね。後ほど声をかけます」


 いやこっわ。


 ふぅ! キャンプファイヤーだぜヒャッホウ! ってしてたら先生に肩ポンされて『お前……補習やで?』って言われるんだろ?


 まさに地獄行きの勧告だな……。


 そういえば、昨日は補習者何人くらいいたんだろうなぁ。


 そもそも補習ってなにやらされるんだろう。


 気になるけど気にしたくない。やだやだ無理無理。


「十分ほどの休憩のあと、まず各班の班長は向かいにある小会議室に集合してください。明日行われるハイキングについてお話します」


 あーそうか。

 そういえばそんなのあったよな。


 勉強とテストのせいで忘れてたわ。


「それ以外の生徒はキャンプエリアに向かってください。それでは解散!」


 先生の締めの言葉により、生徒たちはそれぞれ席を立ちあがる。

 きっと頭の中はもうキャンプファイヤーのことでいっぱいのはずだ。


 ガヤガヤと聞こえてくる生徒たちの声を聞きながら、俺は席を立った。


「晴香。アンタ、テスト大丈夫だったわよね?」


 俺の前に座っていた月ノ瀬が、心配そうな顔で隣にいる蓮見に話しかけている。


「うん! 多分バッチリ! 玲ちゃんがいっぱい教えてくれたからだよー! ありがと~!」

「ちょ、ちょっといきなり抱きついてこないで……!?」

「玲ちゃん柔らか~い!」


 テストを無事に乗り越えて安心した様子の蓮見は、満面の笑みで月ノ瀬に抱き着いていた。

 一方の月ノ瀬は口では「離れなさいって!」と言っているが、とても嫌そうな顔には見えない。


 むしろちょっと嬉しそうだ。


 ふむ。


 ――ここで一句。


 百合ですか

 百合はいいぜよ

 百合最高


 字余り。しかもなんか某土佐の人みたいな口調になっちゃった。


 日本の夜明けぜよ!


「まったくもう……。青葉、アンタは……って聞くまでもないわね」


 蓮見に抱き着かれながら、月ノ瀬は身体を横に向けて俺を見上げる。


 胸に埋まっている蓮見の頭をポンポンとしてあげているあたり、面倒見の良さがサラッと出ていた。


 あ。


 ……胸に埋まっている、は言い過ぎかもしれない。


 埋まっているというか……添えられているというか……。


 ――おっと危ない。これ以上考えたら消されそうだ。


 俺は胸を張り、ふふんと笑う。


「おうよ、完璧だぜ」


 実際、授業を聞いていれば分かるレベルではあるしな。


 教師側も、もしかしたら生徒たちのことを想って……テストの難易度を下げた可能性はある。

 キャンプファイヤーに参加させるために……的な。


 知らんけど。俺が適当言ってるだけだけど。


「おー……流石は青葉くんだね!」


 月ノ瀬に抱き着いたまま、蓮見は顔だけこちらに向けてくる。

 

 いいな。蓮見さんちょっと場所変わってくれない?

 別に月ノ瀬が変わってくれてもいいよ。


 俺の胸に飛び込んでおいで! さぁ!


「アンタが勉強できるの……私まだ納得できないんだけど」


 俺が内心羨ましがっていると、月ノ瀬が不満そうに言った。


「おうコラ。どういう意味だ」

「それは……うん、そう」

「蓮見???」


 なんで君もしっかり頷いてるの?


 ソレよく言われるんだけどなんなの?

 失礼だよ君たち!


「だってさ、青葉。アンタ考えてみなさいよ」

「なにがだよ」

「仮に日向がすごく勉強ができる子だったら……どう思う?」


 日向が勉強できる子だったら?


 え、あの日向が?

 運動超特化型でその他ダメダメな日向が……勉強?


 本一冊まともに最後まで読んだことのない日向が……?


 うーむ……。


 ちょっと想像してみるか。


 『昴先輩。ここの問題、間違えてますよ? 後輩の私に間違いを指摘されて恥ずかしくないんですかー?』


 ………。


「ヤバ、鳥肌立ってきた」

「でしょ? そういうことよ」

「あの……二人とも? さすがに日向ちゃんに失礼じゃないそれ……?」


 勉強ができる日向とか解釈違いだって。


 アイツはずっと子供みたいに蝶々を追っかけてればいいの!


 ……というか、おい。


 気付いたぞ俺。


「待て。お前それ、俺と日向を同列に扱ってるってこと?」


 俺はジトーッとした視線を送るが、月ノ瀬はなにも言わずスッと目を逸らした。


 それがもう、なによりの答えだった。


「くそっ! 屈辱すぎる!! くそぉ!」


 俺は思わず頭を抱える。


 日向と同じ括り付けにされてるなんて! なんてことだ!


「あの……だから日向ちゃんに失礼過ぎない……?」


 蓮見がよく分からないことを言っているが、気にしないでおこう。


「そういえばアンタ、班長のアレ行かなくていいの? なんかあるんでしょ?」

「あ、そうだよ。行こうとしてたんだよ俺」


 コイツらと話していたせいで集合時間が迫っていた。

 

 おのれ……許さんぞ日向。

 

 ――さっきから日向への風評被害すごいね。まぁいいや。


「じゃ、俺行ってくるから。またな」

「ええ、また後で」

「待ってるねー青葉くん!」


 俺は軽く手を振ってその場から立ち去る。


 ――ああ。

 

 また、な。


 × × ×


 その後、朝陽班の班長である司と合流した俺は、先生の指示通りに小会議室に集まった。


 話自体は別に大したことはなく、明日のハイキングの軽い説明と、最後まで気を抜かずに頑張ろう……みたいな。そんな感じの内容だった。


 ハイキングとやらは、合宿所周辺に設けられたコースがあるため、そこを班ごとに歩くだけらしい。

 自然を感じることが目的で、普段味わえないような感覚を体験できそうだ。


 強化合宿最後のイベントであるため、息抜きも兼ねてそれなりに楽しめそうではある。


「以上、明日についての話は終わりです。あとは各自自由に過ごしていいですよ。もうキャンプファイヤーも始まっていることでしょうし」


 話を取り仕切っていた先生が話を終わらせる。


 あ、そうか。

 もうキャンプファイヤー始まってるのか。


 火が点く瞬間とか見たかったなぁ……。


 広田と大浦は上手くやってるかねぇ。


「昴、じゃあ行こうか」


 隣に座っていた司が俺に声をかける。


「おっけ。そうだな」


 いよいよメインイベントだぜ!


 俺たちが椅子から立つと、ほかの班長たちも同様に行動を開始した。


 ウキウキの様子で会議室から出ていくヤツもいれば、浮かない顔をしているヤツもいる。

 

 まぁ……ね。

 リア充イベントに消極的な勢力も当然いるよね……。


 それぞれ思うことはあるだろうからなぁ……。


 そこはね、仕方なしよ。


「キャンプファイヤーどんな感じなんだろうなぁ。楽しみだな」

「あんま調子乗って火に飛び込んだりするなよ、司」

「おい、そんなことするわけないだろ。昴のほうがそういうことしそうじゃん」


 飛んで火にいる夏の昴……ってか! ガハハ! 俺なに言ってんだ。


 そんな他愛のない話をしながら会議室を退出し、ロビーを歩く。


 あとは合宿所を出て、キャンプエリアに向かうだけだ。

 月ノ瀬たちはもう三人揃っているに違いない。


 ――よし。


 雑談途中、俺は思い出したように「あっ」と声をあげる。


「悪い、司。キャンプファイヤーみんなで見ようぜって話伝えたっけ?」

「え、なんの話だよそれ」


 俺の問いかけに司は首を左右に振る。

 

 そういえば司にはまだ話していなかった。

 であれば知らないのは当然のことだろう。


「キャンプファイヤー、せっかくだし月ノ瀬たちと一緒に見るかって話をしててさ。アイツらにはもう伝えてある」

「マジ? なんで俺には教えてくれなかったんだよ」

「今こうして話してるんだからいいだろ? 許してくれよぉ」

「お前は相変わらず適当だなぁ」


 歩きながら司はため息交じりに言う。


 流石にちゃんと伝えておかないとな。

 司くん怒っちゃうしね。


 そして、俺たちはロビーの出入り口にたどり着いた。

 

「とりあえず場所は――」


 改めて、月ノ瀬たちが待っている場所を伝えようとしたときだった。


「おーい青葉!」


 後ろから俺を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。


 その声に、俺たちは同時に振り向く。

 

 視線の先にいたのは――


「あれ、大原先生?」


 我らが担任、大原先生がこっちに歩いてくる姿だった。

 

 司は不思議そうに首をかしげる。


「え、なんですか先生。俺別に悪いことなんもしてないですよ!?」


 思わず身構える。


 こちらまで歩いてきた大原先生は、俺の言葉に対して「なに言ってんだお前は」と呆れた表情を浮かべていた。


 そのまま俺を見て話を続ける。


「青葉、お前にちょっと話があってな」

「……昴、お前なにしたんだよ……」


 隣から疑いの眼差しを向けられている。

 

 おいやめろって。そんな目で見るなって。

 俺なにもしてないもん!


 しかし……ここで拒否することなんてできないため、俺は戸惑いながらも了承した。


「え、別にいいっすけど……」


 こうして名指しで話をされるなんて珍しいことだ。


 なにか重要な話なのかもしれない。


 大人しく先生の話とやらを――


「あ」


 待ってくれ。

 まだ司にキャンプファイヤーのこと伝えてねぇわ。


 せめてそれだけはちゃんとしておかないとな。


 俺はポケットからスマホを取り出す。


 連れて行くのが無理なら……っと。


「司、キャンプファイヤーのことは月ノ瀬に聞いてくれ。ここまで来るように連絡しておくから」

「えっ、あ……分かったけど……」


 俺は月ノ瀬に一件のメッセージを飛ばす。


 『わり! ちょっと先生から話があるみたいだから合宿所の入り口まで来てくれね? 迷子の司くんがお待ちしております』


 っと。


 こんな感じでいいだろう。


 『はぁ?』って文句を言っている姿を想像できるが、なんだかんだでしっかり来てくれるんだろうなぁ。


 ――じゃ、あとは頼んだぜ月ノ瀬。


「うっし。月ノ瀬には連絡しておいた。そのうちここに来ると思う」

「よく分からないけど……話が終わったら来いよ?」

「分かってるっての。先生、それで話ってなんです?」


 スマホをしまいながら大原先生にそう言うと、先生は「ああ。それじゃあ付いて来てくれ」と背を向けて歩き出した。


 ここで話せる内容ではないのか……。


 司もいるし、それはそうか。


()()()()、司」

「おう、またあとでな」


 司に軽く声をかけ、先生のあとを追う。


 ――さて、と。





 司。





 あとは()()()()自由に楽しんでくれ。


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