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第44話 こうして初日の勉強地獄を終える

 夕方の自由時間を終え、夜の部の授業も無事に乗り越えた俺たち。


 いつもだったら学校が終わって家でダラダラしている時間であるため、夜に授業を受けるというのはなんとも新鮮な気分だった。


 新鮮なだけで……退屈なのは変わらないのだけど。


 夜の部の授業が終わると、次は夕食と入浴の時間に入る。


 ここもキッチリ時間が決められているため、あまりダラダラしている余裕はない。


 夕食は班ごとにサクッと済ませ、入浴もキャッキャウフフしながら終えた。

 

 ラブコメの定番イベントだったら、ここでうっかり女湯に入っちゃうとか、覗いちゃうとか……そういうのがお決まりではあるのだが。


 風流館の浴室は男子と女子で完全に分かれているため、覗きだのなんだのそれ以前の問題だった。


 くそっ! 天井が繋がってるとかだったらワンチャン覗きチャレンジしてたのに! くそう!

 いよいよ俺はなんのためにこの合宿に参加してるんだ!

 

 ――はい、てなわけでここからは夜の部の自習時間でーす。


 ちなみに。


 あれから蓮見の様子をチラチラ見てたけど、特に渚と話している様子は見られなかった。

 アイツら、部屋も同室なのに大丈夫かね……。


 × × ×


「――って感じ。オッケー? 分かったか?」

「すげぇ青葉……やっぱお前って地味にハイスペックだよな」

「地味とか言うな。泣くぞ。おえーんえんえん。おぅえーんえんえんえん」

「いや泣き声気持ちわるっ!?」


 夜の自習の時間にて。


 ここでは、このあと行われる締めのテストに向けて各々自習に励んでいた。


 ――『青葉くん! 絶対変なこと言うの禁止ね!?』

 ――『青葉。さすがに今回も邪魔してきたら司の……っていうか留衣の班に放り込むから』


 と、先んじてお二方からありがたいご忠告をもらっていたため、流石に真面目に勉強せざるを得なかった。

 

 まぁ俺も補習なんて嫌だし、この時間くらいは受け入れてやろうじゃないの……。

 ホントは嫌だけど……退屈だけど……。


 許されるのなら、またしょうもない話をしてみんなの邪魔したいけど。

 

 でもね、そんなことしたら命の危機に陥っちゃうかもしれないし。


 朝陽班に送られたら俺、肩身狭くてそのままペラッペラになっちゃうよ。


 ナギササンコワイネン。


 などと、頭の中でそんなことを考えていたら。


「そうそう。だからね晴香、あとは――」

「あっ、こうすれば……答え出た! すごいよ玲ちゃん!」

「なに言っているの? 答えを出したのは晴香でしょう? アンタの力よ」


 向かい合って座る美少女二人が仲良さげにお勉強をしていた。

 

 入浴の時間後ということで、生徒たちは制服から学校指定のジャージに着替えている。


 さらに、こう……なんだろう。

 風呂上り特有の雰囲気というか……。


 生徒によっては髪を下したり、ヘアアイロンの効果が解けてちょっと癖毛になっていたりなど、いつもと違う姿が見受けられる。


 つまり……だな。

 俺がなにを言いたいのかというと。


 二人から石鹸のいい匂いがするなぁ……って。


 そんな思春期男子特有のキモいことを考えていました。

 みなさんこんばんは。青葉昴です。


 お元気ですか? 私は元気です。


「青葉くん?」


 おっと。


 ボーっと二人を見ているのがバレたのか、蓮見がこちらを向いていた。

 

 どうしようかな。

 とりあえずウインクしとこ。


 パチンッ☆


 よし。

 

「……アンタなに晴香に手出してるのよ」


 全然よしじゃなかった。


 晴香の隣に座っている護衛兵士《月ノ瀬》が俺を不審な目で見ている。

 おかしいな。ウインクしただけなのに。


 イケメンのウインクだぞ? 普通なら『あっ♡』って気絶するところでしょ!


「あの、手出してるって言い方やめてくれないですか? 蓮見が俺を愛おしそうに見てたからウインクしてあげただけなんだが?」

「私、そんな顔で青葉くんを見てた!?」

「えっ、見てたよ!?」

「見てたの私!?」


 このままごり押したら信じそうな勢いだな。

 

 素直な蓮見ちゃん可愛いぞ~。


「そういうのいいから。で、アンタはなにか用なの?」


 はいはい、と月ノ瀬は強引に話を断ち切る。

 

 なにか用……と聞かれれば。

 別に用自体はなかったんだけども……。


 うーむ……。


 俺はキリっとした凛々しい顔を作り、出来る限りのイケメンボイスで答えた。


「風呂上りのせいか、二人からいい匂いして思わず興奮――」


 その瞬間。

 

 ガンッ!! 


 ――と俺たちのテーブル……というか俺のすぐ下から異様な音が聞こえてきた。


 なにが起こったのか分からないが、恐怖のあまり背中に悪寒が走る。


 ビクビクしながらも俺は……ゆっくりと視線を落とした。


 そこには。


 文字通り。


 シャーペンが煙を立ててテーブルに刺さっていた。


 もう一度言おう。


 テーブルに、シャーペンが、突き刺さっていた。


「――青葉」


 凍てつくような低い声が聞こえた。

 

 まままままさか――!

 鬼が俺を監視していたのか……!?


 俺は勢いよく鬼が棲まう朝陽班のテーブルに顔を向ける。


 そこには……。


 平和そうに勉強している司と渚たちの姿があった。


 あるぇ……?


 じゃあこのシャーペン、どこから……。


「――青葉」


 再び、低い声で名前を呼ばれる。

 その声を聞いただけで……背筋が伸びた。


 声がした方向は……正面。


 俺はゆっくりと……前を向く。


「ねぇ青葉?」


 俺を見てニッコリと微笑む金髪美少女が、そこにはいた。

 その麗しい笑顔に、思わず俺もニコッとする。


 アハハ!


 しかし、俺が笑顔を浮かべた瞬間、その金髪はスッと真顔に戻った。


「変なことして邪魔しないで……って、私――言わなかった?」


 あぁ。なるほど。


 鬼じゃなかった。

 夜叉のほうだったわ。


 そりゃ夜叉だもん。


 シャーペンを投げてテーブルに突き刺すなんて楽勝だよなぁ。うんうん。


 だって夜叉だもん。


 いやー危なかったなぁ。


 もし刺さったのがテーブルじゃなくて俺だったらって考えると……恐ろしくて眠れなくなっちゃうよ。うんうん。


 あー怖い怖い。


 …………。


 ふぅ。


「ほんっとうにすんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 情けない男の声が会議室に響き渡った。


「青葉がモテない理由って……結局()()だよなぁ」

「あまり言ってやるな。本当に泣いてしまうぞ」


 × × ×


「あああぁぁテストも無事乗り越えたっ! やっと終わった!」

「ふふ。お疲れ様、広田くん。みんなもね」

「えぇ。お疲れ様。班員が補習を回避できてよかったわよ」

「うむ。これも月ノ瀬と……あと青葉のおかげだな」


 現在時刻は午後九時前。


 自習時間を終え、遂に迎えたテストを無事にパスした俺たち。

 大会議室では、同様にテストから解放された生徒たちの喜びの声があがっていた。


 まぁ……中には死んだ顔をしているヤツもいるが。


 ククク、せいぜい補習を頑張ってくれたまえ! 俺は自由を謳歌するぜ!


 とはいえ実際、そこまで余裕はなかったけど。

 普通に問題難しかったし。


「フッ。俺様に感謝するんだな」

「でもホントにさ、最後のほうは青葉くんも付きっきりで勉強を教えてあげてたし……それのおかげもあるよね?」

「ふへへ。そういうのもっとちょうだい蓮見」


 褒められて嬉しくない人間なんていないからね。

 嬉しくて鼻が天狗みたいになりそう。


 しかし、月ノ瀬はそんな俺を白けた目で見ていた。


「あまり褒めると調子乗るわよコイツ。……否定できないのが癪だけど」


 月ノ瀬はやれやれとため息をつく。


「お、なんだツンデレか? お嬢様キャラの次はツンデレとは……なかなかいい属性を突くなお前は」

「……なに言ってんのアンタ。というか誰がツンデレよ」


 金髪ヒロインはツンデレって相場が決まってるからね。

 これは弥生時代から受け継がれてきたことで、日本人の魂に刻み込まれている。


 金髪=ツンデレ。


 今日はこれだけでも覚えて帰ってくださいね。


 さて。

 そんなツンデレ月ノ瀬さんに俺がお手本を見せてあげよう。


 俺は腕を組み、ツーンと顔を背ける。


「べ、別にあんたたちのために勉強を教えたわけじゃないんだからね!」


 いやぁ可愛い。

 可愛いぞ俺。


「………」


 しかし、返ってくる言葉はなにもなくて。


「にしても、今日みたいなのが明日もあるって考えたら……やっぱ恐ろしい合宿だぜ」


 何事もなかったかのように、広田が言う。

 ほかの班員たちも「そうだね~」と呑気に頷いていた。


「だな。俺はそろそろ部屋に戻るとしよう」

「オレもそうすっかなぁ。蓮見さん、月ノ瀬さん、また明日な!」

「あ、うん! 今日はお疲れ様ね!」

「えぇ、また明日」


 …………。


「いやいやいや俺放置!? この流れで!?」


 あービックリした。


 気が付かないうちに存在感がなくなっていたのかと思った。

 

 みんなに俺見えてるよね?


 謎のホラー要素出てきてないよね?


 驚愕する俺に対して広田はため息をついた。


「青葉ー。ふざけてないでお前も早く部屋に戻って来いよな。じゃあな~」


 それだけ言い残して、広田と大浦は大会議室から出て行った。

 

 戻って来い。というのは。

 それぞれの部屋割りも基本的には班を基準に考えられており……。

 

 俺、広田、大浦、そして班は違うが司も同じ部屋だった。

 ちなみに女子勢は月ノ瀬、蓮見、渚、そして司と同じ班の女子、計四人が同じ部屋のようだ。


 ――って、今はそんなことどうでも良くて!


「ねぇ、ツンデレは? 俺の可愛いツンデレは?」


 俺は自分を指差し、残った二人を見て目を潤ませる。


 うるうる。きゃるるん。


「あ、うん。可愛いわよ。それじゃ、私たちも部屋に戻ろっか晴香。青葉、また明日」

「え、あ、青葉くん可哀想じゃない……?」

「いいのよ」


 感情ゼロっ!

 お前のためにやったようなものなのにっ!


 月ノ瀬は適当に返事をして、蓮見の背中を押すようにして歩き出した。


 その蓮見は困惑した様子ながらも月ノ瀬と並んで歩く。


 酷い……酷いや……。


 ――でもたしかにアレだよね。

 あんなに勉強の邪魔したら月ノ瀬が怒るの当然だよね。


 ………。


 ふむ。これ以上考えるのはやめておこう。


 まるで俺が悪くなっちゃうからね! 俺は悪くない!


「……あっ! 青葉くん……!」


 四、五歩ほど歩いたところで蓮見がこちらを振り向いた。


 なんだ……?


 俺は小さく首をかしげる。


 蓮見は周りをキョロキョロと見た後、右手を口元に添えた。

 内緒話をするときのアレの格好だ。


 そして、パクパクと口を動かしなにかを伝えたあと――


「また明日ねっ! おやすみなさい」


 最後にそう言い残してニコッと笑い、俺に背を向けて再び歩き出した。


「晴香、青葉となにかあったの?」

「んー? ふふ、秘密っ!」

「えぇ、なによそれ。教えなさいよ」


 なんて会話をしながら、二人は大会議室を出て行く。


 そんな背中を見送り……俺は思わず笑みをこぼす。

 

 蓮見、お前なぁ……。

 不意にそういうことされると惚れちゃうだろうが。

 

 口パクで蓮見が俺に伝えたこと。


 ――『今日はありがとっ』。


 どこまでも……律儀なヤツだ。


 × × ×


 午後十時過ぎ。


 一般的な林間学校や修学旅行であれば、消灯時間になってもおかしくない時間帯だが、現在行われているのは学習強化合宿。


 実は二十四時まで、大会議室で自習することを許されている。

 二十四時が過ぎると先生たちによる見回りが始まり、部屋の外に出ることは禁止となる。


 つか、どんだけ勉強させる気だよ。

 むしろその時間まで勉強してるヤツがいることに驚きだわ。


 俺は無理。絶対無理。


 そんなわけで、俺は今自分に割り当てられた部屋で、ベッドに寝転がりダラダラと過ごしていた。


 各部屋はそこまで広くはなく、ベッドが四つ置かれただけの簡素な部屋だ。

 あとはトイレとか洗面所があるくらいで……。


 別に遊びに来ているわけではないし、部屋自体に不満はなにもないけども。


「おぉ! そこのシュートは熱い! さすがだぜ!」


 広田はスマホでサッカー動画を観ていて。


「……ふむ。ここはどう返信するべきか」


 大浦は誰かと連絡を取っていて。


 ……え? まさか女子? 彼女とかじゃないよね?

 そしたら俺、嫉妬の炎でバーニング昴になるよ?


「……ん?」


 大浦と同様にスマホを見ていた司が小さく声を出した。


 顔を見てみると、少し口元が笑っていた。

 

「なんかあったのか司」

 

 俺が声をかけると、司はスマホから顔をあげて「なんでもないよ」と首を左右に振る。


「お? なんだ朝陽! 彼女か!?」


 しかしここで登場、陽キャ代表広田くん。

 ニヤニヤしながら司に声をかけた。


 いやいやいや、司に彼女なんていないでしょ。

 彼女じゃなくてそれこそ――


 それこそ?


 あ、これまさかそういうこと?


 ()()から連絡来たの?


 おいおいおいおい。


 俺は思わず身を起こす。


「違うって。そういうのじゃないよ」

「じゃあどういうのなんだよ! スマホ見せやがれ朝陽!」

「お、おい! やめろよ! 見せるわけないだろ!?」


 いやホントにな。 

 そういうのじゃないなら、どういうのなんだよ!


 親からの連絡であんな表情をするとは思えないし。


 きっとアイツらの中の誰かだろう。


 いやーなんだよ。

 誰だか知らないけど、ちゃんとやることやってんなぁ。偉い偉い。


 俺は嬉しいよ。うんうん。


 ………。


 あーふて寝しようかな。


 ――と、思っていたら。


「……おん?」


 スマホに一件の通知が入る。


 マナーモードにしているため音は鳴っていない。


 見てみると、LINEのメッセージ通知だった。


 え、誰。

 まさか母さん……?


 変なもの食べて腹壊したとかじゃないよな?


 俺は恐る恐るLINEを開く。


「……ぇ」


 思わず、小さく声が漏れた。


 俺に届いたそのメッセージ。


 それは母さんからではなくて――


「わり、ちょっと部屋出るわ」


 俺はベッドから降りて司たちに声をかける。


「まさか青葉お前も彼女か!?」

「そうなのか昴!?」


 とまぁ当然、こういう反応をされるわけで。


「んなわけあるか! 愛しのママだよ、ママ」


 俺がそう言うと二人は「あぁ……」と頷いた。

 そしてまた広田による司への質問攻めが始まった。


 さて。


 良く分からんけど……場所を移すかぁ。


 一階のテラスとか良さそうだな。行ってみたかったし。

 夜風も気持ちよさそうだ。


 俺は部屋から出ると一階テラスに向かった――


 × × ×


朝陽志乃

『こんばんは、昴さん。こんな時間にごめんなさい……』

 

朝陽志乃

『その……少しお話できたり……しませんか? 勉強とかで忙しかったら全然大丈夫なので……!』

 

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