第42話 これが青葉家の家訓
「えっと、青葉くん……? 付き合うってなにに?」
「お前、昼飯のとき野菜炒め食べてなかったから……別に腹いっぱいじゃないよな?」
「あ、うん……それはそうだけど……」
「よし。じゃあ食堂で待ってろ。俺はちょっくら席を外す!」
「ちょ、ちょっと青葉くん……!? ――え、食堂?」
悩んだときはなんとやら──。
だよな、母さん。
× × ×
大会議室を飛び出して二、三十分ほどが経過しただろうか。
大食堂の厨房で『一仕事』を終えた俺は、小皿と箸を持って中央のテーブルに向かう。
そこには、周りをキョロキョロと見渡し、退屈そうに待っている蓮見の姿があった。
蓮見は俺の姿を視界に捉えると「あっ!」と表情を明るくする。
おやおや、待たせてすまんかったのう……。
「ほれ」
コトン、と音を立てて可愛らしい黄色の小皿と箸をテーブルに置く。
当然ながら、蓮見はわけが分からず首をかしげている。
さらに小皿に盛られた『深緑色のソレ』を見て、より一層ハテナマークを頭上に浮かべた。
蓮見がそんなハテナガール状態になるのも仕方がないだろう。
急に食堂に行けと言われて待っていたら、満足げな顔をした俺が厨房から出てきて。
かと思ったら、次によく分からないものが盛られた小皿を差し出してきたのだから。
俺が蓮見の立場でも『は?』ってなってると思う。
「えっとー……青葉くん? これはいったい……」
小皿と俺を交互に見て、蓮見が質問をする。
その質問……待ってたぜ!
俺は腕を組み、偉そうに胸を張って宣言した。
「ふっふっふ。昴くん特製『わらびのナムル』……いっちょお待ち!」
「わらびの……なむる……?」
しかし、肝心のお客様はポカーンとした顔で俺を見ている。
「青葉くんが私をここに呼んだ理由って……これ?」
「うむ」と深々と頷く。
その通り。蓮見を食堂に待たせていた理由はこれだ。
俺は蓮見の前に座り、小さく笑みを浮かべる。
「悩んだときは、とりあえずうまいもんを食べる! これ、青葉家の家訓な」
「悩んだとき……?」
その言葉に蓮見は目を丸くする。
「俺はさ。モヤモヤ~って気持ちになったら、とりあえずうまいもんを食べろって教育を受けてきたんだよ」
「うまいもん?」
「そそ。うまいもんを食べれば気分も晴れる。つまり、うまいもんを食べれば大抵の悩みは無くなる……ってな」
なんとも単純で……とても『青葉花』らしい言葉である。
ガキの頃から俺が落ち込んだとき、あの人……母さんはいつも寿司やらピザやら……美味しいものを出前で頼んでくれた。
もちろん、自分で料理を作ろうとしたときもあったが……それは全力で阻止した。
――『ふっふっふ、どうだ息子くん。うまいもん食べたら元気出るだろー? 悩みなんて吹っ飛ぶでしょ~?』
――『……そんな単純な男じゃねぇぞ』
――『気分の問題だって。とりあえず悩みや嫌なことでモヤモヤ~ってしたら、うまいもんを食べればなんとかなる! これ、青葉家の家訓だぜ~?』
そんなことを……ニコニコした顔でいつも言っていた。
「ただし、美味しいかどうかの保証はないけどな!」
不味かったらマジでごめん。ホントにごめん。
「で、でも……いつの間に作ってたの? それに勝手に厨房とか使っちゃって……」
「あーそのあたりは問題ねぇぜ。先生と、あと合宿所の人にちゃんと許可取ったし」
「うそ……いつの間に」
「ふぉっふぉっふぉ。抜け目がない男なんじゃよ、わしは」
すでに管理人のおじさんに話をして、食堂や厨房の利用許可は得ている。
そのことは大原先生にも報告済みだ。
流石の俺でも……無許可で使うなんて破天荒なことはしない。
もちろん、許可を得る際におじさんから理由を尋ねられたが……。
――『好きな女の子が元気なくて……励ましてあげたいんです!』
とか、なんか適当なことつらつら並べたら快く許可をくれた。
実際、気前の良いおっちゃんだったしすごく助かった。
『頑張れよ! ガハハ!』とありがたい言葉もいただいたし。
開会式のときは話なげぇとか思って申し訳ない……。
次はちゃんと聞きます。多分。
「これって……山菜? わらびって言ってたよね?」
蓮見が小皿を見る。
「ああ。そのわらびだ。『ちょうだい♡』って言ったら『おうよ持っていけぃ!』ってくれた」
「え、えぇ……そんなノリでもらえるの……?」
「うむ。俺も正直驚いた」
で、お次にそのわらびについてだが……。
利用許可の話をするとき、ついでに俺が山菜に興味あることを伝えた。
そしたら、自分の趣味で育てているものだから……と自由に採っていいと言われて。
さらにありがたいことに、すでにアク抜き済みのわらびを少し分けてもらった。
なんでもスタッフたちの間で食べる予定だったらしく……。
そして現在、いただいたわらびを軽く調理して蓮見に提供しているわけだ。
山菜を使ったなにかを作ってみたかったし、ちょうどいい機会だった。
なに作るか全然考えてなかったし、一からわらびを使うにしてもアク抜きやらなんやらで時間かかっちゃうし……。
いやー……本当にありがたい。
あとで改めてお礼言っとかないと……。
――あ、ちなみに。
厨房を使わせてもらったときは、おじさんに立ち会ってもらった。
未成年一人に使わせるわけにはいかないため、当然のことだろう。
むしろ俺のために時間を取らせてしまって申し訳ないくらいだ。
「てなわけで、食え。簡単なもので悪いけどな」
「いやいやいやいや……むしろパパっと作れるほうがすごいよ。青葉くんは料理上手なんだね」
「わー……」と、蓮見は小さく拍手をしていた。
料理上手っていうか……まぁ、やるしかなかったというか……。
あんな環境に身を置いていたら、誰でも多少料理上手になるだろう。
だって自分でやらないと……あの異世界料理を食わされることになるんだぜ……?
無理だろ……?
「じゃあ……ありがたく、いただきます」
蓮見は両手を合わせてそう言うと、箸を右手で持った。
左手で小皿を持ち、ナムルを掴む。
――あれ? ちょっと待って?
よくよく考えたらさ。
……俺、女子に手料理を振る舞うの初めてじゃね?
………。
スーッ……。
やばいなんか急にめっちゃ緊張してきた。
『は? まっず!』とか言われたらそのまま下山する自信しかない。
今のうちに荷物纏めておこうかな。
「……」
蓮見はそのままナムルを口に含み、小さく咀嚼。
そして……。
「んっ……!」
口元を抑えて声を出した。
「どどどどどうした!?」
ガタっと椅子から立ち上がる。
あるぇミスった!? 味付け失敗ルート!?
しかし、俺の心配とは裏腹に蓮見は笑顔を浮かべて――
「おいしい!」
驚いたように、そう言った。
「マジ!?」
「まじまじ! おいしいよこれ!」
「おおおおおっしゃ!!」
喜びのあまり、思わず天井に拳を突き上げる。
ありがとう……親父。
親父のおかげで俺……ある程度料理をできるようになったぜ……。
深く感謝……。
あと母さんにもちょっと感謝……。
「あぁぁぁよかったぁ……超緊張した……」
力が抜けたように椅子にダラーっと座る。
そんな俺を見て蓮見が楽しそうに笑っていた。
「ふふ、そんな緊張してる様子なかったよね?」
「いや。蓮見が食べる寸前に思ったんだよ。……あれ? 手料理を女子に食べてもらうの実質初めてじゃね? って」
「え、そうなんだ! 意外だなぁ」
「もちろん、自分のために作ったものを分けることはあったぞ? 司とか志乃ちゃんとか、日向とか」
彼らは俺が料理をすることを知っている。
俺が作ったものを食べたことは何度かある……が。
あくまでそれは『分けた』ものであって、アイツらのために作ったものじゃない。
けれど、今回は話が違う。
もっと味薄いほうがいいか? ごま油もう少し入れたほうがいいか? 等々、蓮見のことを考えて作ったものだ。
簡単なものではあるが、適当ではない。
……もしなんか変なもの食べさせたら渚様に埋められるしネ。
もう本気よ本気。
ともあれ、山菜のお仲間ルートは回避できそうだ……。
「じゃあ諸々省いたら……私が第一号ってわけだ?」
「そういうことになるな。誇っていいぞ」
「はいっ! ありがとうございます青葉シェフっ!」
ビシッと可愛らしく敬礼をして。
なんだコイツ……ホントに可愛いなオイ。
俺もプリティーな敬礼してあげちゃおっかな?
でも……アレだな。
美味しいって言われるのはちゃんと嬉しいもんだな。
「でも……本当にありがとう、青葉くん」
蓮見は穏やかな表情で俺を見た。
正面から素直にお礼を言われ……思わず顔を逸らす。
「私がうじうじ悩んでたから……こうして用意してくれたんだよね」
「……んで、ちょっとは気持ち楽になったか?」
「うん。だから……ありがとう」
立て続けの『ありがとう』になんだかむず痒くなってくる。
蓮見は嘘をつくようなヤツではないし、いつものメンバーの中で最も素直な女の子だ。
だから今の『ありがとう』も、本心から言っていることなのだろう。
だからこそ……余計に胸がくすぐられるような感覚になる。
俺は身体を横にして、顔だけ蓮見に向けた。
「ったく……慣れないことしてるからだっての」
「あはは……やっぱり、バレてた?」
蓮見は気まずそうに笑う。
「バレバレだわ。お前、嘘つくの下手だし余計にな」
「うん。るいるいにも……バレてたもんね」
「ありゃもうガチギレだね。もしも俺だったら、あのまま会議室の床の一部になってたぞ」
「青葉くんってるいるいをなんだと思ってるの……?」
鬼。
「ま、いくらなんでも露骨だったな」
「だよねー……。はぁ……私、なにしてるんだろう……」
渚ほどではないが、司も月ノ瀬も疑問に思ったことは間違いないだろう。
それほど、あのときの蓮見の態度はあまりにも分かりやすかった。
普段の蓮見は決してああいう態度を取らないため、それもプラスだった。
反対に言えば。
そういう態度を取ってしまうほど、蓮見は悩んでいたのだろう。
だったら俺は……。
今、ここで……『答え』を聞いておくべきだ。
「……蓮見。改めて一個、聞いていいか?」
俺は静かに蓮見に問う。
「う、うん……なに?」
「お前……」
少し、間を置いて。
俺は……再度口を開いた。
悪いけど……蓮見晴香。
ここに関してはおふざけ無しだ。
割と真面目にいかせてもらうぜ。
「――司のこと、好きか?」
瞬間、橙色の瞳が揺れる。
ジッと…俺は逸らすことなく蓮見を見つめた。
そんな俺の真剣な雰囲気が伝わったのか……。
いつものように顔を赤くしたり、取り乱したりせず……。
蓮見も正面からしっかり俺を見ていた。
小さく深呼吸をして……そして。
強く、堂々と――告げた。
「うん。――好きだよ」