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第41話 青葉昴は見過ごせない

 そんなわけで、自習時間が終了して。

  

 燦々と太陽が輝き、明るかった空は夕焼け色へと移り変わろうとしていた。


 ここからは夜の授業が始まるまで長めの自由時間に入る。


 部屋で過ごすなり敷地内をうろつくなり、基本的には各々好きに過ごしても問題ないのだが……。


 大半の生徒はこの自由時間中も会議室にこもって勉強している模様。


 いや……すごいわ。

 マジで一日ずっと勉強してるじゃん……。


 君ら進学校の生徒かなにかなの? あ、ウチ進学校だったわ。


「さーてと、俺は適当に休憩するかな~っと」


 席を立ち上がり、大きく伸びをする。

 首を回すとコキコキと小さな音が鳴った。


 窮屈で退屈な時間を過ごしていた分、身体が凝り固まっているのを感じる。


 もう無理よ……。


 ゲームは一日一時間って言うでしょ?

 

 それと一緒。


 勉強も一日一時間。


 室内を見渡すと、ちらほら大会議室から出て行く生徒もいれば『俺はまだ自習するんだ!』と燃えている生徒も見かける。


 どちらにしろ自由時間なのだ。

 

 好きに過ごせばいいだろう。

 正解はないのだし。


「最悪……青葉の話のせいで全然集中できなかった……」

「あはは……私もかも……。とろりんぽって結局なんなの……?」


 一方、青葉班は見事に撃沈ムード。


 月ノ瀬や蓮見はテーブルにガックリと項垂れていた。

 

「俺はちょっと適当にブラブラしてくるわ! 自由時間にも勉強とか無理!」

「ならば俺もそうするとしよう。またあとでな」

 

 広田と大浦は疲れた表情で会議室から退室していく。

 ……ちなみにおめぇら、さっき俺を売ったことに関してはまだ許してねぇぞ。

 

 「ほいよ」と軽く返事を返して二人を見送る。


 んで、肝心の俺はどうするかな……。


 もしこれが恋愛シミュレーションだったら、間違いなくここで選択肢出るよね。


 『自由時間……誰と過ごそう!?』みたいな。

 ここで選んだキャラの好感度アップ!


 ……まぁ、俺には当然そんな選択肢は発生しないのだけど。

 それこそ、ここで大事なのは我らが司くんの選択だ。


 アイツがこの自由時間で誰を選ぶかによって個別イベントが発生――


「おーい、昴」


 ……はぇ?


 声のした方向を見ると、司が手を振りながら俺のところまで歩いてくる。

 一歩後ろほどの距離を空けて、渚も付いて来ていた。

 いやお前そこはさぁ!


 俺とかどうでもいいから女子に声かけとけよ!


 ……え、もしかして選択肢『青葉昴』を選んだってこと!?

 ド、ドキィ――!


「……って、蓮見さんたちどうしたの?」


 俺たちのテーブルにやってくるなり、司は眉をひそめた。

 その視線の先には頭を抱えて「とろりんぽって……なに……」と呟くヒロインズの姿が……。


 お前らどんだけ引きずってるんだよ。軽くホラーだよ。


 そしてむしろ俺が聞きたい。


 とろりんぽってなんなんだよ。

 誰か教えろよ。


「知らん。自習が上手くいかなくて落ち込んでるんじゃね」


 適当なこと言っておこっと。


 面倒くさそうにそう言うと──


「いやアンタのせいよ!?」

「青葉くんのせいだよね!?」


 二人はカッと目を見開き、俺に詰め寄ってくる。

 いやいやいや怖い怖い美少女近いぃ!


 ………あ、いい匂いする〜。


 俺はどひゃーっと大げさなポーズを取った。


「ななな、なんだってー!?」

「いやなんでお前が驚いてるんだよ……」

 

 まぁ、実際俺のせいだな。

 まさか俺のしょうもない作り話で、二人をこんなに困惑させてしまうとは……。


 改めて恐るべしとろりんぽ……。


「というかやっぱり昴のせいじゃん。自習の時間のとき少し見てたけどさ……お前、みんなの邪魔してただろ?」

「ギクゥ!」

「わたし、口でギクって言うヤツ初めて見たんだけど……」


 渚が俺をジトっと見る。


 まさかそんなバッチリ見られたなんて……全然気付かなかったぜ……。


 俺が昴たちを観察していたように、その逆もまた然り……ということか。


 これは一本取られたぜ。へへ。


「蓮見さん、月ノ瀬さん。ホントに大丈夫?」


 司が心配そうに二人に声をかける。


 すると月ノ瀬は無理無理と首を左右に振って、大きなため息をついた。

 そしてスッと俺を指さす。


 ……え、俺?


「司、アンタ青葉と班変わってくれない? こんな状態が明日も続くとか地獄でしかないわよ」


 なぬ? 地獄だと?


「おいおい月ノ瀬嬢、そいつは失礼すぎるだろ。青葉班は明るくて楽しい班だろ! なにか不満でもあるのか!?」

「不満しかないわよ!?」

「えぇ!?」

「意外! みたいな反応しないでくれる!?」


 はぁはぁ、とツッコミに疲れた月ノ瀬は肩を上下させる。


 大変そうだなぁ……。

 なんでそんな疲れてるんだろう……。


 俺のせいではないな、うん。きっと違う。


 司はそんな月ノ瀬を「ま、まぁまぁ」と落ち着かせた。


「班交代は……さすがに無理だって。でも昴、あまりやり過ぎるなよ?」

「へーい」


 頭の後ろで手を組み適当に返事をする。


 ま、やめるつもりなんてさらさら――


「――あんた、晴香を困らせたらホントに許さないから」

「あ、はい。マジですんません。気を付けます」


 おかしい。

 気が付けば勝手に身体が土下座をしていた。


 俺はいつ体勢を変えたんだ……?


 もしかしてもう無意識レベルに刻み込まれている……!?


「やっぱほら、渚さんじゃないとダメだって」


 司が渚になにかを言っていた。


「朝陽君。だからそれやめて。こんなキャラお断りだから」


 なんの話をしているか分からないが……。

 

 これだけは分かる。


 間違いなくバカにされている。

 キャラってなんだキャラって。


 ったく……二人にしか分からない話をしやがって。

 仲良しかってんだ。


 俺は土下座を解いて立ち上がり、再び司に話しかける。


「んで司、俺たちになにか用かよ?」

「あぁいや、自由時間になったからさ。昴たちはどうするのかなって思って」

「なるほど?」


 予想通りではある。


 流石にあの司が、特定の女子を誘って『自由時間、一緒に過ごさない?』って言うのは想像ができない。

 個人的には面白いし、陰でコッソリ見たいからやってほしいけど。


 司の質問に女子メンバーはお互いの顔を見た。


 ……まぁ、そりゃ答えられねぇよな。

 一番大事な情報を得られてないし。


「そういう司はなにするのか決めてんのか?」


 俺のその言葉に司は「うーん」と考え込んだ。


 お前の答えによって次の『イベント』が決まるんだ。

 寝る! みたいな選択肢は選ぶなよ!


「少なくとも……自習はしないかな。ずっと勉強尽くしだから息抜きしたいし」

「そりゃそうだな。俺も勉強しまくったせいで疲れたわ」

「青葉くんはちょっと違うんじゃ……?」


 うるさいぞ蓮見!

 勉強したの! 多分したの!


 ……授業は聞いてなかったけど。

 ……自習時間は変なことばっか言ってみんなの邪魔してたからなにもしてないけど。


 あれ? ひょっとして俺、今日まだ全然勉強してない? 学習強化合宿なのに?


 いやいやいや……まさかネ。

 まだ昼だから。夜はちゃんと勉強するよ。多分。おそらく。maybe。おっとネイティブ失礼。


 で、なんだっけ。


 しょうもないこと考えたら今の話題まで忘れそうだった。


「んじゃ、適当に外でもブラついてくればいいんじゃね? ここ、敷地広いから割と楽しめそうだぜ」

「あーうん、それはちょっと思ってた」


 司は頷く。

 

 じゃあ俺も一緒に~……なんて、当然言うはずもなく。


 なにが悲しくて野郎と二人でお散歩しなければならないんだよ。


 てなわけで。

 あとは各々好きに――


「あ、じゃあ私も一緒に行っていい? 勉強って気分じゃなくて……誰かさんのせいで」


 おぉ……先手は月ノ瀬で来たか。

 たしかにコイツはこういうときには、積極的に動いてきそうだ。


 その積極性、アタシ嫌いじゃないわよ!


 なんかこっち睨んでるけど目逸らしとこ。知らん知らん。


「お、もちろん。昴たちは?」


 俺たちは……か。

 

 俺はいくらでも言いようがあるが、蓮見たちはどうするのだろう?

 

 何気なく蓮見に視線を向けたとき――


「晴香も一緒に行ってきたら?」


 隙を逃さず渚が動いた。


 おぉ……なるほど。

 やっぱりお前はそうするよな。


 突然話を振られたことで、蓮見は「はぇっ!?」と不思議な声をあげた。


 油断しすぎだろ。


 どっからその声出してんだ。


「わ、私も……?」

「うん。どうせ晴香も青葉のせいで全然集中できなかったんでしょ?」

 

 渚は顎で俺を指す。


「ちょっと? どうせってなんすか? 決めつけは良くないと思います!」

「たしかに集中できなかったけど……」

「蓮見ちゃん???」


 ノータイムで頷きやがった。

 考える素振り一切見せなかった。


「私は……えっと……」


 蓮見は慌てた様子で渚と……そして司を見た。

 

 まぁ別に蓮見も司と一緒に行ってくれるのなら、それもそれでいいんだけど。

 

 ――え、そしたら俺……渚と二人きりになるってこと?


 怖いから渚も一緒に行ってくれねぇかな。

 もう仲良く四人で行ってきてくれよ……。


「も、もう少し勉強していこうかな!」


 ……おん?


「青葉くん、ごめん! そういうことだから……ちょっとだけ付き合ってくれない?」


 蓮見は片目を瞑り、申し訳なさそうな表情で俺に向かって「お願い!」と手を合わせる。


 は、蓮見がそう言うのなら……。

 ドキドキ……。


 俺は咳払いをし、真心を込めて返事をする。


「――結婚を前提にかい?」

「そういうお付き合いじゃないよ!?」


 なんだ違うのか。つまんね。


 ……にしても。

 その返答は予想外だったな。


 ――まさか俺のほうに付くとは。


 てっきり渚の言う通りに動くと思ったのだが……。


 いつもだったらそのパターンだし。


「……」


 ふむ。仕方ない。


 ここは班長として、班員のお願いを聞いてやるとしよう。


「へいへい。分かりましたっよ。俺、班長だから。偉いから。お願い聞いてあげちゃう!」

「あ、ありがとう! さすが青葉班長!」

「んふふ。もっと褒めろ」


 ふんすふんす。

 美少女に褒められた。これで今日も一日生きていける。


「そういうことだからさ、るいるい。私の代わりに行ってきて? 面白そうなもの発見したらあとで教えてよ!」


 笑顔でそう言う蓮見を、渚はジッと見つめる。


「晴香、あんた――」

「朝陽くん! るいるいをよろしくね? 体力無いからすぐ疲れちゃうかもだけど……」

「えっ……あぁ、うん。分かったよ」


 蓮見は渚の言葉を遮り、早口で言った。


 流石に疑問に思ったのか、司はそんな二人を困惑した様子で見ている。


 はぁ……やっぱりなぁ。

 

 ()()()()()()()()、蓮見。


 お前が望んでその選択をするのなら……。


 今回は乗っておいてやる。


 俺はニヤリと笑みを浮かべ、困った表情の司に声をかけた。


「おらおら、俺っちは蓮見ちゃんと秘密の個人レッスンがあるんだからよ。さっさと行ってこいよ」


 ニヤニヤと笑う俺を司は睨む。


「昴、お前……さすがに度を越えたことしたら報告するぞ?」

「誰にだよ」


 昴が報告するような相手なんて……。


「志乃」

「絶対やめてください。ただ普通に勉強するだけなので報告とかそういうのはマジでやめてください」


 ニコニコしながら五時間くらい問い詰められそう。

 あの穏やか丁寧口調でどんどん詰められるのマジで怖いんだって。


 経験したヤツじゃないと分からない怖さとは、まさにこのこと。


「まったく……蓮見さん、なにかされたらすぐに連絡してよ?」

「親友への信頼ゼロっ!」

「あ、う、うん。そうする!」

「お前もすんなり受け入れるのやめろ?」


 俺が割って入る暇もなく話がトントン進んでいった。

 悲しい。ちょっとふざけただけなのに。


 その後、司は月ノ瀬と渚に「それじゃ行こうか」と声をかけ、出口に向かって歩き出す。


 足を一歩踏み出したとき、司が一瞬俺に目を向けた。

 

 分かってるっての。

 蓮見ちゃんはひとまず俺にお任せあれ。


 司の視線に俺は小さく頷く。


「……それじゃ、またあとでね」


 月ノ瀬は蓮見と渚を見て小さく首をかしげるも……特になにも言わず司に付いていった。


 アイツなりになにか疑問に感じている部分があるのだろう。


「ほら、るいるいも行きなって」


 顔を合わせず、蓮見は渚に早く行くように促した。

 その声は……小さく震えている気がした。


「晴香……」

「……ん?」

「……。……なんでもない。じゃあね」


 それ以上、二人は言葉を交わさなかった。

 渚は最後にチラッと蓮見に視線を向けて、司たちの後に続いていった。


 そして訪れるのは当然──


「……」

「……」


 静寂。


 なんとも言えない空気が俺と蓮見の間に流れていた。


 うーむ……。


 思えば。


 蓮見と渚があんな不穏な雰囲気になったのは……初めて見た気がする。


「え、えっと……じゃあ私たちは勉強しよっか! やるぞ~!」


 重い空気に耐えかねた蓮見が笑顔を作り、問題集を開いた。


 ……コイツさぁ。

 蓮見が張り切って取り組もうとしている問題集に目を向け、俺は一言。


「お前、問題集の上下の向き逆だぞ」

「……えっ! あっ……」


 蓮見は俺に指摘されると、慌てたように問題集の向きを変えた。


 そんな様子を見て……内心ため息。


 「あはは……」と蓮見は恥ずかしそうに笑っている。


「そんな調子で勉強できんのかお前」


 その言葉に蓮見は俯く。


「それは……」


 ……まぁ、そうなるだろうな。

 実際は勉強する気なんてなかったんだろうし。


 俯くその表情が、彼女が悩みを抱えていることを顕著に表していた。


 悩みの原因なんて考えるまでもないだろう。


 先ほどの渚とのやり取りを見ていれば誰でも分かる。


 ……蓮見晴香は、司にとって大事なメインヒロイン格の一人だ。

 変に遠慮してレースに出遅れてしまうのは……俺としてはちょっと面白くない。


 俺自身……蓮見には頑張ってほしい気持ちもあるし。

 

 ――と、なれば。


 ここは見過ごすわけにはいかないだろう。


「蓮見」


 俯く蓮見に声をかける。


「……?」


 蓮見はゆっくりと顔をあげた。


 不安そうな表情の蓮見に……俺はニッと笑顔を浮かべる。


「ちょっと付き合え」

「――え?」


 まずは管理人室、かな。


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