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第39話 蓮見晴香はなにかを思う

 一日目、昼。

 いよいよ学習強化合宿が始まる。


 ここで、一日目のスケジュールをすごく簡単に紹介させてもらおう。


 まず昼にガッツリ授業を受け、そのあと昼食の時間。

 昼食を終えたら、そこから今度はガッツリ自習の時間に入る。


 んで、そのあとは夕方の自由時間。


 とはいっても、自習室は開放されているため、大半の生徒はこの休憩時間も勉強に勤しむわけなのだが……。

 ちなみに自由時間での自習は班単位で行う必要がないため、好きなヤツと適当に勉強してもいいとのこと。


 んで、その自由時間のあとは、いよいよ夜の部。


 ここでも授業を受けた後、夕食&入浴タイムに入る。

 そして昼の部同様に、諸々終えたあとは自習時間。

 

 しかしこの自習時間は、昼の部ほど長い時間は確保されていない。


 というのも、一日の総まとめのテストのようなものがあるからだ。


 ここで良くない点数を取ってしまうと、それはもうとても大変な補習タイムが待っているらしく……生徒たちはそれを回避するためにしっかり勉強する。


 ――と、ザっとこんな感じだ。


 一見、ちょっとした林間学校的な行事に感じるが……。


 勉強が苦手な生徒からしたら、地獄のような行事で……。

 文字通り、一日勉強尽くしの『学習強化合宿』なのである。


 まぁ……ウチは進学校だからな。

 勉強に力を入れている以上、こういった行事が用意されているのも納得ができる。


 あくまでもメインは『勉強』であるわけだ。


「――となるわけだな。つまりのここの問題で使える公式は……」


 そんなわけで現在、昼の部の特別授業が行われている。

 別にそんな特別というわけではなく、ただ場所が変わっただけで……授業内容自体はいつも通りなのだが。


「ふぁぁ……ねむ……」


 場所がどこであろうと、授業というのはいつだって退屈だ。


 俺は隠す気など微塵も無い大きな欠伸をし、室内を見渡した。


 俺たちが授業を受けている場所は一階に設けられた大会議室とやらで……。

 

 いつもと違う点として一つ目は、まず他のクラスも存在していること。

 とはいえ人数の関係で、全クラス集結! というわけではなく……。


 ほかの会議室も利用して授業は行われているらしい。


 そして二つ目。


 席の配置もいつもとは違う。

 まぁこれは当たり前だが……。


 机は三人掛け用の長テーブルが用意されており、それぞれ班ごとに固まるように上手く座っていた。


 青葉班は前のテーブルに蓮見と月ノ瀬の二人が、その後ろに我々男三人が座っている。


 ちなみに。


 冗談っぽく女子二人に『どう? 俺と座る? 隣に座っちゃう?』ってイケイケ陽キャっぽく聞いたら、素で『え、なんで?』って顔をされました。


 さすがのボクでもちょっと泣きそうだったです。まる。


 ……え? どうしてさっきからこんな無駄なこと考えてるのかって?


 そんなの決まってるでしょ!

 退屈なんですよこの時間が!


 なんで山に来てまで退屈な授業を受けないといけないのよ! あたし怒るわよ!?


「……ん?」


 ふと、俺の前に座る蓮見に目を向ける。


 一生懸命に授業を聞いている……と思いきや、別の場所を見ていた。

 蓮見の視線は斜め右に向いている……。


 何気なく、俺はその視線を辿っていくと――。


 ……おっと。


 そこには。


「――ぁ――とう」

「――うん―――ほうがいいよ」


 俺たちの斜め右……少しばかり離れたテーブルにて。


 隣同士に座り、コソコソとなにかを話している男女二人がいた。


 朝陽司。

 そして……渚留衣。


「……へぇ」


 思わずニヤッとしてしまう。


 アイツら、しれっと隣同士で座ってやがんのかよ。


 ……。


 ……は? 男女で隣り合ってんの?

 俺は『え、なにお前』って顔されたのに?


 は?


 これは間違いなく訴訟案件。


 テーブルが離れているため二人の会話を聞き取ることはできないが、司が申し訳なさそうに片手をチョンチョンっと振っていた。

 

 それに対して渚は首を左右に振っている……。


 あー……これアレだな。


 さては司、寝落ちしかけてたな。

 んで、渚に起こしてもらったやつだな。


 はっ……アイツめ……。

 女子に起こしてもらうなんていいご身分じゃねぇか。


 もし司の席が俺だったら絶対起こしてもらってないからな?


 なんなら先生に寝てるのバレて……怒られて、そして『ぷぷぷ。あんたの寝顔面白すぎた』って笑われるまである。


 仮に起こされるとしてもあんなに優しい感じではなく、シャーペンで刺すとか……テーブルの下で足をゲシゲシ蹴るとか、そんな感じだろう。


 ……その光景、容易に想像できるなオイ。


 いいなぁ……俺もさぁ。


 例えば……そうだな、それこそ蓮見とかに優しく起こされたいよ。

 

 肩ツンツンとかされてさぁ! 『起きて~』とか小さい声で囁かれちゃってさぁ!

 そのあと『ふふ、怒られなくて良かったね』とか微笑んでもらっちゃってさぁ!


 あぁぁぁぁぁ………。


「ドロドロドロドロ……」

「青葉、お前溶けてんぞ」


 おっと、危ない。

 隣に座る広田に声をかけてもらったことで、俺はなんとか液体にならずに済んだ。


 固形に戻れ昴!


 シャキーン。


「………」


 とまぁ、仲良さげな二人を蓮見はなんとも言えない表情で見つめていた。

 横顔だからハッキリ分かるわけではないが。


 嬉しいような、寂しいような……そんな感情が含まれた顔だった。


 その理由も……なんとなく分かるけども。


 これは……どうしたものかな。


 そんなわけで。

 授業にまったく関係ないことを考えて……。


 一日目、昼の部の授業は終了した。


 ……やべ。マジで授業全然聞いてなかった。

 

 うーむ……ま、いっか☆


 そんなもんより飯じゃ飯ィ!

 授業より飯のほうが大事じゃ!


 × × ×


 授業は終わり、昼食の時間。

 先ほどまでの会議室と同じ一階に位置している大食堂に、俺たちは集まっていた。


 風流館の一階には大会議室や大食堂のほかに、浴室や広めのロビー、テラスといった施設があって……。


 俺たちが寝泊まりする客室は二階から上に用意されている。


「でよートシよぉ。オレ授業全然分かんなくてさぁ」

「ふっ、俺もだ拓斗。ずっと部活のことを考えていた」


 授業中の静かな雰囲気とは打って変わり、食堂はガヤガヤと楽し気な雰囲気に包まれている。


 食事時の席も班ごとで事前に決まっているため、俺たち青葉班は円形のテーブルを五人で囲むようにして昼食の時間と洒落込んでいた。


「ちゃんと集中しなさいよアンタたち……と言いたいけれど、私もちょっと緊張したわね」


 俺の右隣に座る月ノ瀬が口を開く。


「俺が近くにいたからか? たしかにそれはドキドキして授業どころじゃないよな、うん」

「ええ、それはそうね」


 俺の言葉に月ノ瀬は頷いた。


 ……え? 頷いた?


 もももももしかして、月ノ瀬ちゃんって俺のことを……!?


「アンタが後ろにいたら、いつ変なことされないか心配でドキドキだもの」

「あれ? ひょっとして俺……変質者かなにかだと思われてる?」


 好きとかそういう話じゃなかったわ。

 ただ俺を警戒してるだけだったわ。


「……防犯ブザーとか持っておいたほうがいいかしら」


 心配そうに月ノ瀬はポツリと呟く。


「失礼なっ! ちょっと月ノ瀬の背中にいやらしい視線を向けるくらいいいじゃな――」

 

 瞬間。


 気が付けば、二本の鋭い棒が俺の眼前に迫っていた。

 ピタッと……眼球から僅か一センチほどの距離で、その棒は止まる。


 それが『箸』だと……俺はようやく気が付いた。


「――誰の背中になんだって?」

「い、いえ! 大浦君の背中がガッシリしてて男らしくて惚れそうでしたって話でした!」

「よろしい」


 スッと箸は離れていく。


 ……ねぇ、ちょっと誰?

 二年二組に二人目のアサシンを送り込んだ人誰?


 明らかに今の、人間業じゃなかったよね?


 絶対特殊な訓練受けてる人の動きだったよね?


 月ノ瀬は何事もなかったかのように食事に戻っていった。


「青葉……お前、俺のことそんな風に思っていたのか……」


 はぇ?


 ふと左隣を見てみると、大浦が複雑そうな顔でこちらを見ていた。


「その気持ちは嬉しいが……すまん。俺はお前の気持ちには――」

「いや冗談だからな!? 本気にしないで!?」


 うっかり俺に変なキャラ付けされたらどうするのよ!


 ここはもう大天使ハスミエルに助けてもらうしか!


「助けて蓮見ちゃ――」


 月ノ瀬の右隣……円形であるため、場所的には俺の斜め右くらいの位置だが……。


 そこに座る蓮見に顔を向ける……が、その本人は心ここにあらずという感じだった。


 俺たちの会話にも入ってこようとせず、ボーっとした様子で黙々と食事を摂っている。


「蓮見?」

「えっ、あ、ごめん! ちょっとボーっとしてて……」


 俺の呼びかけに蓮見はハッとしてこちらを見た。


 ……ふむ。

 昼の授業の時間といい、今の様子といい……ちょっといつもの蓮見ではなさそうだ。


「晴香、アンタ大丈夫? なにかあったら言うのよ?」

「う、うん。ありがとう玲ちゃん。ごめんね?」

「ボーっとしてるとまーた青葉に変なこと言われるわよ?」

「たしかに……気を付けなきゃ……」

「おい。ここにその本人いるんだが?」


 変なことってなんだよ。

 

 まるで、いつも俺が変なことしか言わないみたいな……。


 ……いや変なことしか言ってないな俺。

 うーん月ノ瀬さんの勝ち!


 それにしても……蓮見がずっとあの調子だと困るなぁ。


 せっかくのメインヒロイン候補なのだから、積極的に動いてもらわなければ……。


 ……ここは一つ、サブキャラとしてやったりますかね。


 俺は小さく咳払いをし、再び蓮見に話しかける。


「変なことといえば……そういえばさぁ蓮見、聞いてくれよー! この間司がさ~!」


 わざとらしく……声を張って。

 俺は《《隣のテーブル》》まで聞こえるくらいの声量で話し始めた。


「帰り一緒に帰ってたんだけどー」


 すると、ガタっと椅子を鳴らす音が隣のテーブルから聞こえてきた。


「あ、おい昴! まさか変なこと話してないよな!?」


 スタスタと俺たちのテーブルのところまで歩いてくる一人の男子。

 

 ソイツ……司は焦った様子で俺に話しかけてくる。

 

 ゲヘヘ……来たぜ来たぜ。

 餌に釣られたお魚さんがよぉ!


「……はぇ? なんの話かなぁ~?」

 

 ムカつくほどにとぼけた顔をして。


 司は「お前なぁ……」と深くため息をつくと、そのまま蓮見に顔を向けた。


「蓮見さん、昴のヤツなにか変なこと言ってなかった?」


 突然司に話しかけられたことで蓮見の肩はビクッと震えた。


 大丈夫? なにか食べ物口に含んでなかった?

 もしモグモグ中だったらごめん。マジで。


 その心配は問題なかったようで、蓮見は慌てて手を左右に振った。


「う、ううん! なにも聞いてないよ!」

「……そっか。蓮見さんがそう言うなら大丈夫だね。もし昴になにかされたらいつでも言ってくれよ?」

「おい」


 さっきから君たちは俺をなんだと思ってるんだね?


 蓮見は司の言葉に頷き、嬉しそうに「ありがとう」とお礼を言っていた。

 その表情からは先ほどまでの『悩んでるオーラ』は感じられなかった。


 ちょっとは気持ち変わったかね、蓮見ちゃんよ。


「……あ、じゃあ俺もいいこと思いついた」


 どうやらなにかを思いついたようだった。

 なんだ? と俺は司を見上げる。


 その司は俺を見るとニヤッと口角を上げた。


 ……あ、これ嫌な予感がする。


 嫌な予感がするぞー!


「俺も渚さんに昴の変な話いっぱいしてやろっと。おーい渚さーん」

「はっ!? おま、マジでやめ――!」


 因果応報とは正にこのこと。


 自分の班のテーブルに戻っていった司は、隣に座る渚になにかを話していた。

 

 ――てかアイツらまた隣同士なのかよ。


 いや、そんなこと今はどうでもよくて!

 俺の黒歴史が大量にバラされてしまう……!


 今度は俺が椅子から立ち上がり、司班のところに行こうとすると――


「あっ、そ、そうだ青葉くん!」


 突然蓮見が声をあげ、俺を呼び止めた。


「え、なんだよ」

「……あ、いやその……えっと、そう! 青葉くんってたしか苦手な食べ物なかったよね?」


 苦手な食べ物……?

 なんでいきなりそんなこと……。


 とはいえ無視して司たちのところに行くわけにもいかない。


 俺はひとまず席に座り、蓮見の質問に頷いた。


「おお、ないぞ? なんでも食べちゃうからね、俺」

「アンタ、それで道端の変なもの食べて腹壊さないでよ?」

「なんでも食べすぎだろ俺。さすがにそんなことしませんって。……多分」


 珍しいものとかがあれば食べちゃうかもしれないけどネ。


「いやそこは多分なの……?」


 えぇ……と、月ノ瀬は呆れた視線を俺に向ける。

 

 なんだなんだ。そんな褒めるなって。へへ。


「んで? 苦手な食べ物がどうしたんだよ蓮見」

「あ、えっと……このメニューの中にさ、ちょっと私の苦手なものがあって……」


 蓮見が自分のお皿に視線を落とす。

 そこにはまだ手が付けられていない野菜炒めがこんもりと残っていた。


「あー……なるほど。なんか苦手なもんでもあったのか」

「うん。その、玉ねぎが……ちょっと」


 蓮見は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。


「おう、いいぜ。俺様が食べてやんよ」

「あ、ありがとう……!」


 蓮見はソソソっとお皿を俺の方に寄越す。

 

 俺は野菜炒めだけを自分のお皿のほうに移した。


 そうかそうか……蓮見って玉ねぎ苦手だったのか。

 そいつは初耳だ。


 まぁたしかに、玉ねぎが苦手~ってヤツは一定数存在しているイメージがある。


 ちょっと癖があるからなぁ……仕方ないっちゃ仕方ない。


 料理では結構役立つお野菜さんなのだけど。


「ほれ」


 お野菜の大移動を終え、お皿を蓮見のほうに戻す。


「ごめんね、いきなりお願いしちゃって」

「うむうむ。いいんだよ。おじさん優しいからね」

「アンタ誰よ……」


 それにしても。


 仲が良い相手とはいえ俺は異性だ。

 全然手を付けていないとはいえ、自分の食べ物を異性に簡単に渡すなんてこと……あるか?


 いや、まぁあるか。別におかしくないか。


 だけど月ノ瀬は美味しそうに食べていたし、コイツにあげたほうが無難であったはずだが……。

 アレか。女子だしそんないっぱい食べられないか。


 そうなったら男にあげるのがいいかもしれないな、うん。


 ふへへ……美少女からもらった野菜炒め。……ごくり。

 わぁ! 昴くん変態!


 ――ふと、蓮見の様子を見てみる。


「……ふぅ」


 ……お?


 蓮見はなにかにホッとしたように胸を撫で下ろしていた。

 

 苦手なものを食べずに済んだからか?


 それとも……。

 

 思えば俺にお願いしたこともそうだが、タイミング的にも少し違和感がある。

 

 まるで俺が司たちのテーブルに行くのを止めるかのような……。


 ………。


 はん……?


 ――コイツ、もしかして。

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