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第38話 彼らは自然の息吹を感じる

 バスに揺られて一時間少しほど経っただろうか。

 

 一面建物ばかりだった景色が、気が付けば自然でいっぱいになっていた。

 

 灰色や黒といった人工的な景色ではなく、緑や茶色が広がっている。


 ほぇー……同じ都内でもこんなに景色変わるもんなんだなぁ……。


 そんなわけで、無事に合宿所に到着である。


「あーこれは紛うことなき自然の香り。う~ん酸素っ!」


 バスから降りた俺は、大きく伸びをして息を吸う。

 

 なんとも澄んだ空気に思わず感動をしかけてしまった。

 

 いかにも『街!』って雰囲気の場所も好きだが、俺はやっぱりこういった自然溢れる場所のほうが好きなのかもしれない。

 森ガールならぬ森ボーイかもしれない。あ、ちょっと違う?


 無事に生徒たちが降りたことを確認すると、大原先生は皆に声をかける。


「このあとは、第一グラウンドで合宿の開会式を行うからそのまま移動してくれ!」


 「うぃ~」と生徒たちは返事をしてグラウンドに向かってダラダラと歩き出す。


 今回お世話になる合宿所の名前は『風流館(ふうりゅうかん)』。


 事前に見た資料では、建物は大きく敷地もかなり広かった。


 俺たちのような学習強化合宿だけはなく、それこそスポーツ合宿や社員研修、林間学校等、さまざま用途で利用されている合宿所らしい。


 まだ駐車場だから全体像は見えないが……。


 グラウンド二つに、キャンプスペースやバーベキュー場、体育館といった施設もバッチリ用意されているようだ。


 なんでも合宿所の責任者と汐里高校の校長先生が同級生のようで、その縁でこうして毎年、学習強化合宿という行事を開催できているとのこと。


 どちらにしろ、普段とは違う環境ってだけでワクワクしてくるものがある。


「ほら昴、俺たちも行こうよ」


 棒立ちで自然を満喫していると、司に背中を叩かれる。


 しかし俺は歩き出さず、両手を大きく広げた。


「俺は今……自然を浴びている……!」

「急になに言ってんだお前は」

「空気が美味い! 緑が多い! 暑いけどあのコンクリート特有の嫌な暑さじゃない!」


 六月下旬ということもあって、それはもうバッチリ暑い。

 こうしている間にも額には汗が滲んでくるほどだ。


 だけど、いつも感じるものとは違う『暑さ』に心地よさすら感じていた。


「おぉ……ありがとう太陽……」


 太陽……バンザイ……。

 自然バンザイ……。


「ほら司、青葉。遊んでないでさっさと行くわよ」


 月ノ瀬が声をかけながら俺たちの横を通り過ぎていく。


「そうだね。蓮見さんたちもほら、昴は放っておいて行こう?」

「あ、うん!」

「だね」


 おい、放っておくな。

 俺を一人で置いていくんじゃない!


 という心の叫びは届かず、司たちも月ノ瀬を追うように歩いて行ってしまった。


 ったく……感情が薄いヤツらめ。

 

 この大自然を見てなにも感じないと言うのか!


 見ろこの駐車場を!

 あちこちに草や花が生えていてそれはもう素敵な――


「おん?」


 俺は駐車場をグルッと見渡し、とあるものを見つけて目を向けた。


 おいおいおい。


 自由に生えるあの草たちに混じって伸びているアレは――!


「山菜じゃねぇか!」


 ピューンと飛び出すように走り出し、俺は山菜の前に向かう。


「おぉぉ……これが生山菜……」


 普段では絶対にお目にかかることのない生の山菜たちが目の前に広がっていた。

 

 おおぅ……わらびに……これはゼンマイか?

 ちょっと旬は過ぎてるけどまだ生えているのか……。


「これって……まさかミズか……!」


 根のほうがちょっと赤みがかっている感じ……ちょっとミズっぽい。

 

 そんな山菜たちのお出迎えに俺は一人で感動していた。

 だってね、ほら。俺こんなんでも家で結構料理するし。いや、せざるを得ないし。


 だから山菜とか興味あったりするのだ。

 とはいえ詳しいわけではないから、細かい部分は全然分からないが……。


 ――あ。


 ちなみに俺が家にいない間、母さんには絶対に自炊をするなとしつこいくらいに言っておいた。

 事前に日持ちをするものは作っておいたし、足りなかったらスーパーだのコンビニだので買ってくれ……と。


 頼むぞ青葉花。


 家に帰ってキッチンが事件現場みたいになってたらもう暴れるぞ俺。


「ほかの場所にもあったりするのかな……」


 とはいえこの感じ、自生というよりかは誰かに管理されているっぽい気はする。


 ひょっとして合宿所の人の趣味なのだろうか?


 お願いしたらちょっとだけ持ち帰らせてくれないかな。

 無理かな。


 なんて、しゃがみ込んでぼんやり山菜を眺めていると……。


「……あんた、なにしてるの?」

 

 後ろから気だるそうに声をかけられた。


 振り向くとそこには、呆れた顔で俺を見下ろす渚がいた。


「なに……って見てくれよ! この生山菜! いやーすげぇよなー」

「いや全然分からないんだけど……」


 キラキラと目を輝かせる俺に対して、渚はいつも通りジトっとした目をしている。

 キラキラのキの字も無い。


 ……あれ?


 というかなんでコイツ、ここにいるんだ?


 俺は渚を見上げて首をかしげた。


「お前、なんでここにいんの? 司たちと一緒に行ってなかったっけ?」

「ん? あぁ……。せっかくだから晴香と朝陽君だけにしてあげようかなって。隙を見て離れた」

「なるほど。そゆことか」


 コイツもコイツなりにいろいろ考えてるんだねぇ……。


「で、気が付いたらそもそもあんたもいないし」

「ははーん? それで俺が心配になってここまで引き返してくれたと? なんだおめぇ可愛いところあるじゃ――」

「いや別に。わたし個人としては、あんたもここに一緒に植えてやろうかって感じなんだけど」

「心配のかけらも無かったっ!」


 俺が山菜になっちゃったらどうするのよ!


 揚げ物は嫌なのでせめておひたしにして食べてください。


 食べてほしいな♡


 うわキッショ。


「はぁ……あんたになにかあったら朝陽君たちが困るでしょ。ほら、行くよ」


 俺に白けた目を向けて、渚はため息。

 あ、まーたコイツため息ついているよ。


 マジで俺、ため息製造機なのかもしれない。


 主に渚専用みたくなってるけど。


 まぁでも、さすがにそろそろ移動しないと大変か。


 もう少し山菜を見ていたいけど……。


 遅れたら大原隊長に鉄拳制裁されてしまう。

 それだけは避けねば……。


「へいへい。行きますよっと」


 俺は立ち上がり、先に歩き出した渚の隣に並ぶ。


 たしかに気が付けば、俺たち以外の生徒はみんな前を歩いていた。

 

 あのまま山菜と戯れてたら遅刻もあり得たかもしれない……。

 おそるべし山菜ちゃん。


「あんたさ」


 歩きながら、渚は俺に話しかける。


 もちろん前を向いたままで。


「山菜好きなの? 割と夢中で見てたし」

「好きは好きだけど……興味があるってほうが正しいかもな。こういう風に料理してみてぇな……とか、そういう興味」


 普段は山菜を使って料理する機会は少ない。

 美味しい山菜料理がたくさん存在していることは知っているし、いろいろ触れてみたいとは思っている。


 無駄に調理法とかだけ調べて、実際にはそんなに扱ったことがないアレである。


「え」

「え?」


 そんな俺の返答に、渚は意外そうに声をあげた。


「あんた、料理するんだっけ」

「あれ? 言ってなかったっけ?」


 あれ?

 そういえば渚たちには話したことなかったかもしれない。


 司や志乃ちゃん、日向なんかはとっくに知ってることだし。


 あらまぁ……。


「初耳。じゃあ毎日のお弁当も?」

「そゆこと。どう? 我料理男子ぞ? 惚れる? てか惚れてる?」

「うざ……」

「うざはやめて? なんか純粋に傷つく!」

「ふふ、いい気味」


 渚は俺を貶し、小さく笑う。


 うざいだのキモいだのうるさいだの……むしろ言われない日は無いかもしれない。


 言っちゃえばアレだね、デイリークエストだね。


 【ミッション】渚から貶される。


 どんなクエストやねん。


 そんでもってしっかり毎日クエスト達成しとるわ。

 俺泣いていい?


「料理好きなの?」


 続けての質問。


「青葉家は最初、親父が料理してたんだよ。母さんはもうそこらへんダメダメでさ。もう壊滅的なのよ」

「へぇ、そうなんだ」


 うんうんと頷く。


 俺はまだ子供だったから、ちゃんと親父に料理を教わったわけではないが……。

 基礎的な部分は親父から話を聞いたものが占めているだろう。


 母さんが好きな味とか。嫌いな味とか。


 そういったものを……特に亡くなる前によく教わったものだ。


 ――『これから昴が花の専属シェフになるんだ。大変なお客様だけど……頼んだよ?』


 って。


 本当に大変だぜ、料理長さんよ。


「で、ガキの頃その親父が死んで……俺が料理するしかなくなって。でもまぁ……やってみると意外と楽しくてな」

「……えっ」


 ピタッと渚が立ち止まる。


 数歩ほど歩いたところでそれに気が付き、俺は振り向いた。


「おう? どうした渚。トイレか?」

 

 なんて冗談を言ってみるものの、渚はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


 今の話を聞いてなんでそんな顔……。


 ――あぁ。


 ……そういうこと。

 

 なんだよ。

 そういうところはちゃんとしてるんじゃねぇか。


 俺は腰に手を当て、ニヤッとする。


「んだよ渚? ひょっとして父親の話聞いちゃって申し訳ないよ~! って思ってんのかぁ?」

「そ、それは……」


 やれやれ。


 いつものあの猛獣っぷりはどこに行ったのやら。


「ニッシッシ。るいるいのそういうシュンとした姿も可愛いじゃないの~! あとで司たちにも教えてやろっと」

「は、はぁ……!? あんた、そんなことしたらホントに埋めるから……!」

「おー怖い怖い。逃げろ~っと」


 俺は小走りで駆け出す。


 うむうむ。

 やっぱりお前はそうやって怒ってるほうが合ってるって。


 いつもみたいに噛みついて来ればいいのよって話。


「あーもう……! あんたの《《そういうところ》》――」


 渚は俺を追うように歩き出す。

 こっちは小走りで、向こうは歩き。


 当然追いつかれることはないのだけど。


「嫌い……!」


 なんて叫びが届いてきて。


 人がせっかく気を遣って空気を変えてやったのに……。

 

 嫌いだなんて失礼な娘だ。プンプン。


 まぁ、でも。


 お前はずっとその調子であってくれ、渚。


 × × ×


 ちなみに。

 

 合宿の開会式は暑い中立たされて結構しんどかったです。

 なんかお偉いさんの話が長くてしんどかったです。


 いいことを言ってるのは分かるんだけど……とにかく長くてしんどかったです。


 渚はもう暑さとかそういうのにやられてフラフラしてたし……。

 その渚を蓮見がしっかりフォローしてあげてたし……。


 退屈だったから、前に立ってる司にちょっかいかけてたら月ノ瀬に睨まれるし。


 ――そんなこんなで。


 波乱(?)の学習強化合宿編、ここに開幕。

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