第37話 いよいよ学習強化合宿が始まる
「青葉班! 整列!!」
「「おう!!!」」
「お、おー……」
「……なにこれ」
学校の駐車場にて俺は腕を組み、偉そうな態度で目の前のヤツらを見る。
いや、偉そうではないな。
実際俺は班長。つまり偉い。
班員である広田と大浦は野太い声をあげてピシッと背筋を張った。
一方で女子メンバーである蓮見と月ノ瀬は、いまいち元気がない様子である。
本日からいよいよ学習強化合宿。
駐車場に集合した俺たち二年二組は、班員が揃っているかの確認作業を行っていた。
班長が班員を確認し、その後担任に報告する。
やることは簡単だ。
他の班は和やかな雰囲気で確認作業を行っているが、俺はそんなもの認めん!
「よし! では番号!」
俺の掛け声によって、まずは広田が声をあげる。
「いち!」
「に!」
続いて大浦を大きく声を上げた。
ふっ、なかなかやるな男子ども。
──が、しかし。
続く番号が聞こえてこない。
「蓮見ィ!」
まるで鬼教官のように俺は怒鳴り上げる。
「は、はい!」
「おめぇなにしてんだ! 団体行動乱すな!」
「私なんで怒られてるの!?」
ったく、今時の女子は……。
自分の番号すら言えないのかね?
やれやれ……。
「え、なんなの? むしろ二人はなんですんなり受け入れてるの?」と困惑している様子の蓮見を見てため息。
「もう一回!」
「いち!」
「に!」
うむうむ。
平田と大浦に関しては文句無しだ。
素晴らしい。さすがは運動部だぜ。
ここまでは問題ない。
さて、お次は……?
「……さ、さん」
蓮見は顔を赤くして控えめに声を出す。
「聞こえねぇなぁ! なんだって!?」
「さ、さん!」
フッ、やればできるじゃねぇか。
「よし! 次!」
いよいよ残る班員は一人。
ソイツがしっかりと腹から声を出してくれれば青葉班は問題なしだ。
「……よん」
しかしソイツ……問題の月ノ瀬はめんどそうな表情で雑に番号を言った。
……やれやれ、コイツもなのか。
ここは班長である俺が厳しく言ってやるしかあるまい。
俺はカッと目を見開く。
「なにしてんだ月ノ瀬! 腹から声出せ!」
「はぁ? そもそもなんでこんなこと……」
「てめぇ! もうお嬢様キャラとっくにやめてんだろうが! こんなんもできないなら大人しくなんちゃってお嬢様に戻りやがれ!」
「アンタぶっ飛ばすわよ!?」
ぶっ飛ばすだぁ?
とてもお嬢様キャラを演じていたヤツの台詞とは思えない。
今更だけど、ホントに別人のようになったなぁ月ノ瀬……。
俺はもちろん今の月ノ瀬のほうが好きだけども。
でも今はそんなことは関係ない!
口の悪い班員にはお仕置きをしなければ……へへ……。
俺は少し離れた場所にいる司に顔を向けて、口を開く。
ちなみに司や渚が所属している班の班長は、地味に司だったりする。
「司くーん! 月ノ瀬がお前のことす──」
「よ、よん! よーん! はぁはぁ……これで文句ないわよね!?」
俺の言葉を遮り、月ノ瀬は慌てて声をあげた。
なんだか睨み付けられているが……なんでだろうね。昴くんワカラナイ。
しかし、しっかり声を出してくれたことは事実だ。
班長としてお褒めの言葉を授けてやろう。
俺は「うんうん」と深く頷き、そして……ニヤッといやらしい笑みを浮かべる。
「必死すぎてウケる(笑)」
「──アンタ絶対ここに埋めてやるわ」
「ちょっ、玲ちゃん! 落ち着いて! 青葉くんも! やり過ぎないの!」
まさに俺に飛びかかろうと一歩踏み出した月ノ瀬を、蓮見が必死に抑える。
「離しなさい!」だのなんだの叫んでいるが、そこはガッチリホールドされていた。
やるなぁ蓮見……。
一方の俺はそんな光景を「フハハハハ!」と高笑いを浮かべて眺めていた。
「俺を班長にしたのは誰だ!? そう! お前らだ! なら責任持って大人しく俺の言うことを聞けい!」
有無を言わさず班長にされたことを根に持ってるわけじゃないよ。ホントホント。
昴くん嘘つかない。
「最低の班長だ!?」
蓮見がなにか言っているが無視しておこ。
知らん知らん。
「青葉のヤツ、楽しんでんなー」
「月ノ瀬さんにあんなこと言える男って青葉だけだよな」
広田と大浦はなにやらコソコソ話している。
月ノ瀬に哀れんだ目を向けているが……なに話してんだ?
まぁいいや。
班員の確認は済んだし、先生に報告でも──
「あ。おい青葉」
先生のところに向かおうとしたところ、広田に呼び止められる。
「んだよ?」
広田は俺の背後の『ある場所』に目を向けていた。
なんだ?
なにか面白いものでも見つけたのか?
どれどれ、俺も後ろを向いてみるか。
俺は振り向こうと――
「さっきから渚さんがすげぇ形相でお前のこと見てるぞ。大丈夫か?」
したところですぐに身体を正面に戻す。
ヒョェ──。
「大丈夫だまったくもって問題ないというかあっちを見るな殺られるぞ」
「そんなダラダラ汗を流した顔で言われても……」
「これは暑さだ。決して冷や汗じゃない!」
今振り向いたらダメだ。
『そこ』を見た瞬間、俺の物語は終わってしまう。
なんか背後からゴゴゴゴって圧を感じてるけど気のせい。絶対気のせいだもん。
「よ、よーし! 青葉班オッケー! 解散!」
ここはサッサと報告を済ませてバスに乗り込む!
先手必勝!
「逃げたな」
「逃げたぞ」
「逃げたよね」
「逃げたわね」
班員が呆れた様子でなにか言っているがそれも無視!
自分に都合が悪いことは全部無視だ。だって班長だからね!
全国の班長に聞かれたらボコされそう。
「大原隊長! 青葉班全員揃っております!」
移動用の大型バスの前で待機していた先生のところまで向かい、ビシッと報告を済ませる。
「誰が隊長だ。……うっし、青葉班問題なしっと。じゃあバスに乗り込めー」
「イエッサー!」
ふぅ……任務完了。
あとは適当にバスに乗り込んで知らん顔してれば──
「──青葉」
その声は。
俺の背後から聞こえてきた。
ゾクっと、背中に悪寒が走る。
振り向いたらダメだ。
振り向いたらダメだ。
ガクガクと肩が震える。
カチカチと歯が鳴る。
耐えろ俺。
この恐怖に耐えるんだ。
しかし。
俺の右肩にピトッと……手が置かれる。
ヒェ──!
振り向いたらダメなのに。
俺は……ゆっくりと……振り向いてしまった。
そこには──
「話が──あるんだけど」
眼鏡をかけた薄緑の鬼がいた。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
× × ×
「怖い……鬼、鬼がいた……」
時間は進み、移動中のバス内にて。
現在、バスは合宿所に向かって走っていた。
合宿所は同じ都内ではあるが、山の中に建てられているため、田舎っぽい雰囲気が漂う場所のようだ。
そんなバスの中で。
俺、青葉昴は震えていた。
「あれはお前が調子乗ったのが悪いな、昴」
バスの一番左後ろ……その前の座席に俺と司は座っていた。
通路側の司は俺を見て楽しそうに笑っている。
「鬼……鬼が……」
「――誰が鬼だって?」
後ろから声が聞こえてくる。
ふと、左の窓を見てみると……。
窓越しに俺を睨む薄緑の鬼の姿が映っていた。
ヒエッ……。
「あはは……やっぱ青葉くんってるいるいには弱いよねー」
その渚の隣に座る蓮見が苦笑いを浮かべる。
俺たちの後ろの座席は一番後ろということで、五人掛けになっている。
俺の後ろに渚、その隣に蓮見、月ノ瀬……と続いていた。
「青葉、あんた次に晴香たちに変なことやらせたら――」
「やらせたらなんすか……?」
なにされるんですか、ボク。
命だけは……どうか命だけは……。
「帰りの席、トランクにしてもらうから」
「え、あの床下の?」
「そう」
「リアルなお仕置きやめてっ!」
たしかにバスのトランクの空間、あそこちょっとワクワクするけどさ。
中はどんな感じなんだろうってちょっと思うけどさ。
さすがにあそこに入って帰るのはキツイって。
暗いし、絶対いろんなところにぶつかるし。
怖すぎるって。
「……あっ。そうね、留衣。むしろコイツはバス乗らなくていいんじゃない?」
おおっと?
月ノ瀬がさも名案かのように意味不明なこと言い出したぞ?
「いいね月ノ瀬さん、採用」
「サラっと採用すんな! 俺もバス乗らせて!?」
うんうん頷いていた渚に思わずツッコミを入れる。
あー怖い。
やっぱり月ノ瀬と渚って絶対仲良くなれるって。
似てるもん。性格。
「やっぱさー」
ふと、通路を挟んで俺たちの隣の座席に着いていた広田が口を開く。
「青葉と渚さんって仲良いよなー」
ニヤニヤと。
――あ、ヤバい。
俺はとっさに身を乗り出し、広田に声をかける。
「広田、悪いことは言わない。それ以上はなにも言わないほうがいい! マジで。ホントに。リアルに」
しかし対する広田は、自分の発言の愚かさに気が付いていない。
呆けた顔で首をかしげていた。
「なんでだよ? 渚さんって口数少ないし、それこそ青葉と話すときくらいしか――」
「広田君」
その瞬間、広田がビクッと肩を震わせる。
あ、無駄だったわ。
大人しく俺の言うことを聞いておけば良かったものを……!
夏なのにも関わらず、俺の周囲だけ温度が異常に低い気がする。
ちょっと? バスに雪女乗せた人誰?
「なにか――言った?」
先ほどまでニヤニヤしていた広田の顔は強張り、冷や汗をダラダラと流していた。
まるでバスに乗る前の俺である。
いやー……見てる分には面白いな。
普段の俺って、周りから見ればこんな感じなの?
「いえなんでも! なにも言ってないです!」
物凄い勢いで首を左右に振る広田を、渚は冷めきった目で見ている。
こわー……。
「……はぁ。ホントにやめてよね」
渚はため息を漏らす。
なんか……アレだね。
渚って俺に関係することになると、いつもため息をついている気がする。
……ってことは。
俺のせいで、その分渚の幸せが減ってしまってるってことぉ!?
くそ、これは責任持って俺が幸せにしてあげるしかねぇ。いや無理だな。諦めよ。うん。
「……わりぃ、青葉」
広田は小さく俺に謝罪をする。
「気にするな。以後気を付けたまえ。……マジで」
命が惜しかったらな。
「仲良し……といえば、部活の先輩からこんな話を聞いたんだが」
続いて口を開いたのは、広田の隣に座る大浦。
お前は頼むぞ。
これ以上あの鬼を怒らせるわけにはいかんのだ。
「どうしたの大浦くん?」
蓮見が話の続きを促す。
「二日目にキャンプファイヤーがあるだろう?」
「あ、そうみたいね。私も気になってるのよ。でもそれがどうしたの?」
キャンプファイヤーとかいう、いかにもなラブコメイベント。
それが二日目の夜に用意されているのだ。
なんでも、昔から続く学校の伝統らしい。
とは言っても、特別なことはなにも無くて……。
燃え上がる火をみんなで見て『すげ~!』ってするだけ……だったはず。
「そのキャンプファイヤーにはな……とあるジンクスが存在するらしいんだ」
ジンクス? と俺たちは同時に首をかしげた。
ジンクスとは……これまた『それっぽい』話が出てきたなオイ。
楽しくなってきたぜ。
「内容は至ってシンプルで、一緒にキャンプファイヤーを見た男女は仲が深まる……と。そんなジンクスがあるようだぞ」
「え? でも文化祭でも似たようなジンクスなかったっけ?」
司の質問に大浦は頷く。
「ああ。あっちは『花火が上がったときに触れ合っていた男女は結ばれる』ってものだろう? たしかに似たようなものだな」
今、サラっと出てきた『文化祭のジンクス』は生徒の間では有名な話だった。
俺たちの学校では、文化祭最終日に行われる後夜祭時に盛大な打ち上げ花火が行われる。
その花火が上がったとき、互いに触れ合っていた男女は結ばれる……なんて。
そんな、よくあるジンクスである。
去年の文化祭では、蓮見がそのジンクスを気にして司と一緒に花火を見ようとしていたのだが……司の鈍感主人公パワーによって見事失敗していた。
来年こそは……! と意気込んでいたのを思い出す。
たしかに、キャンプファイヤーのジンクスはそれと似たような感じなのだろう。
「だよね。みんなそういうの好きだなぁ……。なぁ昴?」
司は他人事のように俺に話を振る。
「え、あ、え。……そうっスね」
「どうしたんだよ」
「別に???」
いやお前、感じないのかよ。
後ろから伝わるこの圧を……!
「へぇ、ジンクス……キャンプファイヤー……」
「……今年こそ」
「晴香と朝陽君を上手く……」
ボソボソと三人娘は独り言を呟いていた。
各々から凄まじいやる気を感じる。
まぁ、そうだよな。
今の話を聞いたら……黙ってなんていられないよな……。
二日目の夜が非常に心配である。
――にしても。
「ジンクス……ねぇ」
花火だのキャンプファイヤーだの、なにかとジンクスを作っちゃうあたり実に高校生って感じだ。
それはそれでラブコメ展開が盛り上がるから、俺は嫌いじゃないけども。
キャンプファイヤーを一緒に見た男女……か。
文化祭のジンクスと違って、ずいぶん条件が緩く感じる。
しかも『結ばれる』ではなく『仲が深まる』というあたりがまた胡散臭い。
とはいえ、俺たちのような高校生からしたらこういった話は大好物だ。
『それっぽい』ものであれば細かい部分はなんでもいい。
これは男子も女子も、きっとキャンプファイヤーのときはソワソワするんだろうなぁ。
――と、なると。
「俺のやるべきことは……」
ジンクスだろうがなんだろうが、利用できるものはとことん利用させてもらおう。
元より……俺の願いはたった一つなのだから。
さまざまな思惑を持つ生徒たちを乗せて……。
バスは目的地へと向かっていく。