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ラブコメの親友ポジも楽じゃない!  作者: 緑里 ダイ
【最終章】?月編
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第345話 彼女たちは青葉昴に問う

 転校初日。

 

 時間は進んで――昼休み。


「あれ、青葉君!? 転校したんじゃなかったっけ?」

「やっぱり青葉だよな! 二組の転校生ってお前だったのかよ!」

「うっわ青葉くんだ! なんでここにいるの?」

「おいコラ、うっわはおかしいだろ。大人気イケメン、昴くんが帰ってきたんだぜ? もっと褒め称えろ。はっはっは!」

「「「あぁ……全然変わってない……」」」


 トイレから戻る途中の廊下で、オレは次々に声をかけられていた。


 感動の再会――みたいな展開にはならなかった。

 半年ぶりなんて、そんなもんだろう。


 雑な絡まれ方に、こっちも自然と肩の力が抜ける。


 こういう扱いをされたほうが、オレには性に合っている。


 軽口を返しながら教室へ戻ると、クラスはすっかり昼休みモードだった。


 弁当を広げて談笑するグループ。

 スマホ片手にぼーっとしてるヤツ。

 廊下で騒ぐヤツなどなど……。


 学校が変わっても、昼休みの空気感というのは同じだった。


 そんな中、自分の席に戻ってきたオレは――ふと違和感に気づいた。


「あれ? 司たちはどこ行ったんだ?」


 教室を出る前まではいたはずの司、蓮見、月ノ瀬の三人がどこにもいなかった。


「……晴香たちは委員会の仕事。朝陽君はその手伝い」


 ぼそっと答えたのは、隣の席でスマホを操作していた渚だった。


 黙々とゲームをしている姿を見るのは久しぶりのはずなのに……。

 なぜか、そんな感じがしない。


 『ゲームをしている渚留衣』というのは、それほどまでオレの中で根強く残っていたのだろう。


「ふーん。お前は?」

「わたしは()()でやることがあるから、ここにいる」

「なるほど?」

「……」

「……」


 ピタッと、会話が止まる。

 

 渚は何事もなかったかのようにゲームを続けていた。


 ――正直に言えば。


 渚には無視でもされるか、冷たく突き放されるんじゃないかって思っていた。

 勝手にいなくなったのは……オレなんだから。


 それなのに。


 渚はオレを無視することもなく、転校について深堀りすることもなく……。


 ただ『いつも通り』に――オレと会話をしていた。


 まるで、昨日も普通に顔を合わせていたかのように……平然と隣の席に座っているのだ。


 それが本当に意外で……。

 むしろ、こちらが反応に困るほどだった。


 月ノ瀬や蓮見とも少し話したが、やはりオレに思うことはたくさんあるようで……。


 それでも渚だけは――()()()()()のだ。



『生徒さんのお呼び出しをしまーす』



 唐突に、校内放送が流れる。

 女子の声で……尚且つ聞き覚えのある声。


「この声……蓮見か? アイツ、放送委員にでも入ったのか?」


 ハキハキしていて滑舌が良いこの声は、蓮見で間違いないだろう。


 新学期になって放送委員にでも所属したのか?


 なんて呑気に思っていたのも束の間――


『本日、三年二組に転校してきた生徒さん。至急、生徒会室まで来てください。繰り返します。本日、三年二組に――』


 おいおい。生徒会室に呼び出されるなんて……三年二組のそいつ、なにをやらかしたんだ?


 ん? あれ?


 三年二組に転校してきた生徒……って。


「え、なに、え……オレ?」


 オレ以外いないよな?


 まだなにもしてないのに、まさかの初日から呼び出しコース?


 意味が分からずにポカンとしていると――


「ほら、行くよ」


 渚が席から立ち上がり、ちらりとオレを見た。

 いつの間にかゲームを中断し、スマホをポケットにしまっている。


「なにぼーっとしてるの。呼び出されたの、あんたでしょ」

「いや、そうなんだろうけど……なんで渚も?」

「頼まれてたから。逃げないように連れて来いって」

「『別件』ってそういうことかよ。別に逃げないで素直に行くってのに」

「……あんたにそんな信用、あると思う?」

「……ねぇな」


 即答できるくらいには自覚してる。

 今のオレに対する信用なんて、間違いなくゼロだろう。


「でしょ。行くよ」

「りょーかい」


 先に歩き出した渚に付いていくように、オレも歩き出す。


 教室を出て、生徒会室に向かって廊下を歩いている道中――


 やはり、視線を感じた。


 半年前にいなくなったヤツが、こうして歩いているだけでも驚きだろう。


 それに、先ほどの校内放送の件もある。

 注目されるな……というほうが無理な話だ。


「……あんたさ」

「なんだ?」


 前を向いて歩いたまま、渚が淡々と話しかけてくる。


「前の学校でも……そんな感じだったの」

「そんな感じ?」

「ふざけたり、適当言ったり……そういうノリ」

「あー……まぁそうだな」


 少し考えてから、オレは肩をすくめた。


「長年()()でやってきたから、なんていうか……もう染み付いちまってんだよな。でも……作ってるわけじゃない。オレはもう、オレの思うように振る舞っているつもりだ」

 

 『お調子者のやべぇヤツ』。


 それこそが、汐里高校における青葉昴という男に対する認識だったはずだ。


 前の学校でオレの性格が大きく変化した、ということはなく……。


 明るく適当に、程よくふざけて……。


 やはり、オレにはそれが合っているらしい。


「……そう。でも、少し雰囲気は変わったかもね」

「お、そうか?」

「あんたからずっと感じてた『不自然さ』がなくなってる。……知らないけど」

「最後の一言で台無しじゃねぇか。つーか、久々にその『知らないけど』を聞いたな」


 懐かしいテンポに思わず笑ってしまった。


 それ以上会話は続くことなく、お互いに黙って目的地へと向かう。


 このやりとり。

 この空気感。


 すべてが本当に『いつも通り』で……。


 だけど、ひとつだけ気になることがあった。


 司、月ノ瀬、蓮見、渚と話をしてきたが……。


 渚との視線だけが、まだ一度も――交わっていない。


 × × ×


 『生徒会室』。


 プレートにそう書かれた部屋の前で、オレは立ち止まる。


 呼び出しの理由も、待っている相手も――オレには分からない。


 だけど、心のどこかでは答えは出ていた。


 扉の向こうには『アイツら』がいるんじゃねぇかな……って。


 生徒会室……か。


 当たり前だけど、もうあの人はこの学校にいないんだよな。卒業して、新しい生活を送っているはずだ。


 彼女のことはきっと、司たちが笑顔で送り出してくれただろう。


「なにしてるの。早く開けて」


 隣に立つ渚がオレを急かす。


「分かってる」


 オレはもう、逃げるわけにはいかない。

 目を逸らすわけにはいかない。


 よし、と小さく呟いて扉を開ける。


 その先には――



「やっと来たわね。待ってたわよ――問題児(転校生)さん?」



 生徒会長の席に座り、こちらに向かって微笑みかける金髪美少女――月ノ瀬玲がいた。


 その両脇には、蓮見と司が並んで立っている。


「やっぱり、お前らが待ってたか」

「まぁ予想はつくわよね。留衣、昴を連れてきてくれてありがと」

「……ん」


 渚はオレの横をすっと抜けて、部屋の隅に移動した。


 オレは静かに扉を閉め、月ノ瀬たちの前に立つ。


「逃げるつもりはない。お前たちの話は……全部聞くつもりだ」

「へぇ? 昴、やっぱりアンタ……少し雰囲気が変わったわよね」

「うん、それは私も思ったかな。自然になったっていうかなんていうか……落ち着いた気がする」


 月ノ瀬と蓮見が次々に口を開く。


 ここに来る前、渚にも同じようなことを言われた。

 

 月ノ瀬たちからも……そう見えているのだろう。


「……さて。教室では落ち着いて話せなかったから、ちゃんと話したいって思ってたの。『ここ』なら……それに相応しいでしょ?」

「ってことは、やっぱりお前――」

「えぇ、そうよ」


 オレの問いを遮るように月ノ瀬は頷いた。


 ここに月ノ瀬がいて、蓮見が校内放送でオレを呼び出して……。

 

 渚が言っていた『委員会』という言葉。


 つまり――



「私、星那先輩のあとを継いで『生徒会長』になったの」



 堂々と言い切ったその表情には、確かな自信が宿っていた。


 そこまで驚きはなく、素直に受け入れられた。


 あの星那沙夜のあとを任せられる人間がいるとしたら、それは月ノ瀬が相応しいって思っていたから。


「驚かないのね?」

「お前なら納得だからな。おめでとう……って言ったほうがいいか?」

「ありがとう、昴」

「ちなみに、私は副会長なんだよー! 玲ちゃんを全力サポート中なんだから!」


 はいっ! と元気よく手を挙げる蓮見に、オレはつい苦笑する。


「あぁ……それも納得だ」 


 この二人がコンビで生徒会を動かしているなら、誰も文句なんて言わねぇだろ。

 

 むしろ安心感すらある。


「司と渚は?」

「俺はただのヘルプ要員だよ。星那先輩のときと同じようにね」

「わたしも……そんな感じ」


 司は穏やかに、渚はそっけなく答える。


 やはり渚は……オレと目を合わせようとしない。


 二人は手伝い係か。

 そっちのほうがしっくりくるかもな。


 どこかの組織に所属して、そこの場所に縛られるのは似合ってないし。


「というわけで、今回は生徒会長として……突然いなくなったどこかの問題児(馬鹿)と話をしようと思ってね」

「なんでも言っていいし、なんでも聞いてくれ。オレは隠すつもりも、逃げるつもりもねぇ。全部答えるよ」

「……やっぱり変わったわね、アンタ」


 四人分の視線を一身に浴びながらも、オレは目を逸らさなかった。


 今までみたいに適当にはぐらかしたり、笑ってごまかしたりすることは……もうない。


 その意思がちゃんと伝わったのか――


 月ノ瀬はゆっくりと微笑んだ。


「アンタに言いたいことは山ほどあるけれど……。まずは、ひとつだけ聞かせなさい」


 月ノ瀬が少しだけ声を落とし、オレを見つめる。


「なんだ?」


 静寂が落ちる。

 空気がほんの一瞬、張り詰めた。


 そして……彼女は言った。

 




「――私たちのいない『物語』は、楽しかったかしら?」



 その言葉に、生徒会室の空気が変わった気がした。

 

 司も、蓮見も、渚も……誰も言葉を発しない。


 きっと、思っていることはみんな同じなのだろう。


 今朝、司にも似たような質問をされた。


 ならば……オレの答えは決まっている。




「ああ。――楽しかったよ」



 胸を張って、真っ直ぐに。

 嘘じゃない……本心のままをぶつける。

 

 この答えは、もしかすると彼女たちを傷つけるかもしれない。


 でも、月ノ瀬は――



「ふふっ」



 笑った。


 満足そうに、嬉しそうに。


 柔らかな笑みを浮かべていた。


「なら良かったわ。黙って転校していなくなったんだから、それくらいは堂々と言ってくれないと困るもの」

「そうだね。もし『つまらなかったー』とか『退屈だったー』とか言ってたら……さすがに私も我慢できなかったかな」


 冗談めかして言っているが、二人の言葉に偽りはないのだろう。


「アンタの顔を見れば分かるわよ。嘘じゃない……ってね」


 月ノ瀬が目を細め、優しく言った。


「じゃあ、細かい文句は()()にして……まずはこれを言わせなさい」

「私も言いたい!」


 二人が視線を交わし、同時に頷く。

 そして再び、オレに向き直った。




「おかえりなさい、昴」

「おかえりなさい、青葉くん!」




 記憶に焼き付いた懐かしい『笑顔』で……オレを迎えてくれた。




「――ただいま」




 声が震えないように、なんとか平然を装う。

 

 本当にコイツらは……ずっと優しすぎる。


 怒鳴ってもいい。

 責めたっていい。


 それなのに……こんなにも温かい言葉をくれるなんて……。


「そのお人好し具合も相変わらずだな、お前ら」

「そう? 逆にアンタは素直になってて……変な感じがするわよ?」

「半年前の青葉くんだったら『へっ、別に俺がなにしようが勝手だろーが!』って言ってたよね、絶対!」

「おい待て蓮見。今のはオレのモノマネか? やるならクオリティにこだわって――」




 ――コンコンッ。



 和やかな空気を破るように、生徒会室の扉がノックされた。



『月ノ瀬先輩、突然ごめんなさい。今日の放課後についてお話があって……』

『こんにちはー! あたしも遊びに来ちゃいましたー! 開けますね!』

『あっ、ちょっと日向……! だからまずは返事を聞いてからって……!』

『えー! いいじゃん別に! おりゃー!』



 二人の女子の声とともに、勢いよく扉が開く。



「ご、ごめんなさい先輩! 日向がまた――」

「どもー! せーんぱい! お昼一緒に食べましょ――」



 その瞬間――


 『彼女たち』の目に、オレが映った。


 忘れるはずのない声。

 忘れるはずのない姿。


 一人は茜色の髪をツインテールにした、相変わらず元気そうな少女。


 そして、もう一人は。


 艶やかな黒髪を()()()()()()可愛らしい少女。


 川咲日向。

 朝陽志乃。

 

 二年生へと進級していた二人が、オレの前に姿を現した。


「なっ……なんで……」


 志乃ちゃんがオレを見て、声を震わせる。


 あまりの動揺に、持っていたプリント類をどさっと床に落とした。


「う、うそ……!? えっ!? 昴先輩!? なななな、なんで!? え!? なんで!?」


 信じられないものを見るかのように、日向は目を見開いている。


「……校内放送、二人も聞いてたでしょ?」


 月ノ瀬が言葉を挟む。


「あっ……あぁ! 言われてみればたしかに! 三年に転校生が来たーって噂になってましたもん! ……え。じゃ、じゃあもしかして――」

「そうよ。それが……昴よ」

「えぇぇぇぇ!?」


 日向の絶叫が生徒会室に反響する。

 

 どうやら相変わらずの元気娘らしい。


 どう声をかけるべきか……。

 なにを言って話を切り出すか……。


 言葉を探し始めた、その刹那だった。



「っ……!!」



 志乃ちゃんが、なにも言わずに生徒会室から飛び出してしまった。


「志乃!」

「ちょ、ちょっと志乃!?」


 司と日向が慌てて呼びかけるも、返事はない。


 ……無理もない。


 突然いなくなって、なにも言わずに連絡も絶って――

 

 最後まで自分勝手に自分たちを振り回し続けた男が、目の前にいたのだから。


 オレは扉に向かって咄嗟に伸ばした手を……グッと握った。


 ――馬鹿かオレは。なにやってんだよ。


 司のように、笑って迎えてくれると思ったか?

 月ノ瀬や蓮見のように、笑顔で『おかえり』って言ってくれると思ったか?


 うぬぼれてんじゃねぇぞ。


 歯を噛み締め、動けずにいた――そのとき。




「行って」




 静かに響いた声。

 それは、渚の声だった。



「志乃さんを追いかけて。あんたには……その責任がある。もう逃げないんでしょ」



 視線を落としたままで……。

 でも、その言葉には確かな芯があった。



「だから早く――行って」



 その一言が、オレの背中を押した。

 

 月ノ瀬たちは何も言わず、ただオレを見ている。


 お前はどうするんだ――と。


 その瞳がそう問いかけていた。



「――分かった。ありがとう、渚」

「……」


 渚に向かって頷いて、オレは歩き出す。


「日向、あとでゆっくり話そう。お前たちの話、たくさん聞かせてくれ」

「……!!」


 すれ違いざま、日向の肩をポンと軽く叩いて生徒会室を出る。


「はいっ! 絶対ですよ! あたしが満足するまでいっぱい聞いてもらうんですからー! 覚悟しててくださいよ昴先輩ー!」


 元気な声に背中を押されるようにして、オレは走り出した。


 追いかけたところで、なにを言えばいいのか分からない。

 どんな顔で、あの子と向き合えばいいかのも分からない。


 それでもオレは――決めたんだ。


 どんなに不器用でも。

 どんなに不格好でも。


 もう、逃げない。


 彼らと全力で向き合うために。


 ――オレは、ここに帰ってきたのだから。


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