第343.5話 月日は巡り、再びあの季節がやってくる【後編】
「青葉くん……元気にしてるかな」
それぞれが黙ってしまった中、蓮見さんがぽつりと呟いた。
「……きっと元気にやってるわよ。新しい学校でも、また変なことばかりしてるんじゃない?」
「……」
月ノ瀬さんは笑って言うが、渚さんはなにも言わずに俯いたままだった。
あいつがいなくなった――去年の十月。
あっという間に転校の話は広がって、俺もいろんな人に聞かれた。
『あの青葉が?』と……信じられないという顔で。
それも無理もない。
昴は良くも悪くも目立つ存在だったから。
汐里祭の演劇の件もあったから、尚更だろう。
そこから修学旅行があって、年末年始が過ぎて、星那先輩の卒業式、新学期――
時間は着実に流れていって……俺たちも少しずつ、前を向いて歩き出せるようになっていた。
でも……やっぱり。
――お前がいないと寂しいよ、昴。
「ひょっとして、今年も誰か転校してきたりしてね?」
沈みがちな空気を変えるように、俺は冗談めかして言った。
「あら? ひょっとしてアンタ……また今年も女子とぶつかったんじゃないでしょうね?」
「えっ?」
「あっ、朝陽くんならありえる……!」
「ありえる。登校中、謎の美少女とぶつかったり遭遇してたりしてそう。……去年もそうだったし」
「いやいや、そんなこと起きてないって! 今日は普通に登校してきたから!」
月ノ瀬さんとぶつかって、転校してきたのがまさかの彼女で――なんて。
そんな出来事も、もう一年前になるのか。
本当に……あっという間だな。
「あ、そういえば晴香。今日の昼休みに打ち合わせをしたいのだけど……」
「いいよ玲ちゃん! ほかの子たちにも声かけとく?」
「うーん……今回は私とアンタだけでいいわ。たいした話でもないし」
「分かった!」
「……二人とも忙しそうだね」
「留衣も来ていいのよ?」
「むり。今日から新しいイベント始まるし。がんばって」
「るいるい即答!」
教室のざわざわとした空気。
三人の楽しそうな会話。
そんないつも通りの光景を見て、俺はふいに笑顔がこぼれた。
……まだ、心の中にぽっかり空いた穴が埋まったわけじゃない。
でも、この光景は――やっぱり好きだ。
チャイムが鳴るまでの間、俺たちは雑談に花を咲かせたのだった。
× × ×
「おーし、お前ら揃ってるな」
教室の扉が開き、声とともに一人の男性教師が入ってくる。
俺たち三年二組の担任――大原先生だ。
三年連続で同じ担任ということもあり、俺たちにとってはもはやお馴染みの先生だった。
オールバックに無精ひげ、スーツスタイルという、いつものスタイル。
「それじゃ、朝のホームルームを始めるぞー。細かい連絡はあるにはあるが……俺が面倒くさいからカット!」
相変わらずの適当加減に、ハハハッと笑い声に起こる。
今日も例によって、すぐにホームルームが終わるのだろう――と。
誰もが、そう思ったとき。
「――が、大事な連絡事項が一つある。それだけはカット無しだ」
先生はそう言うと、バンッと教卓を叩いた。
大事な連絡事項……?
学校行事とか、テストとかの話かな?
――あれ?
ふと、なにかが胸の奥でざわついた。
この『流れ』……なんだか、覚えがある。
「フッ、喜べお前ら。――特に女子諸君」
白い歯を見せて、ニカッと笑う先生。
「……やっぱり」
「……司?」
隣に座る月ノ瀬さんが、俺の呟きに反応する。
これ、先生……ひょっとして狙って言っているのか?
俺の予感が正しければ――
「今日からこのクラスに転校生が来る! それもイケメンだ! はい拍手!」
『ええ~!』
突然の報告に、女子たちが一斉に盛り上がる。
男子は男子で「イケメンだと……!? ちっ……!」と毒づいている。
……けど俺は、そのどちらにも加われなかった。
転校生自体は珍しい話でもないし、特に驚くことではない。
だけど、これって……
すると、先生がちらりとこちらを見た。
――そしてなぜか、少しだけ笑った。
まるで、俺の心の中を読んでいるかのように。
「そんじゃ、サクッと紹介するぞ。入って来てくれー!」
先生は俺から視線を外し、教室の外に向かって声をかける。
胸騒ぎはより一層大きくなり――そして。
『ういーっす』
扉越しに聞こえてきた声に。
ドクン、と心臓が跳ねた。
「……え?」
「ね、ねぇ……今の声って……」
月ノ瀬さんと蓮見さんが、同時に震えた声を漏らす。。
ガタン、と後ろから椅子の音が聞こえてきた。
恐らく、渚さんも気付いたのだろう。
もちろん……俺もだ。
去年と同じ流れ。
扉越しの向こうから聞こえた、あの声。
もしかして。
いや、そんなまさか……。
さまざま考えが頭の中を駆け巡り、俺の鼓動はさらに早まっていた。
『失礼しゃーっす!』
扉が開かれる。
――瞬間、教室内の時間が止まった。
騒がしさも、ざわめきも、全部。
ただ一つ、『彼』の足音だけが響く。
僅かに癖のある灰色の髪。
整った顔立ちに、澄んだ青の瞳。
身長は俺よりも高く、堂々と胸を張っている。
彼は教壇に立ち、俺たちに身体を向ける。
教壇に立った彼は、俺たちを見渡して――
ニヤリと笑った。
「よっ、お前ら半年ぶりだな! オレは青葉昴。このスーパーイケメンフェイスを……まさか忘れてねぇよな?」
再び巡ってきた、この季節。
俺たちの物語が――また動き出した。