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欠けたエピローグ⑤ 終幕

「……でも、受け入れるしか……ないんだよね。昴さんが悩んで出した『答え』だから……受け止めて……納得するべき、なんだよね……」

「違うぞ、志乃」

「え……?」


 俺はゆっくりと志乃に向き直った。


 悲しみに暮れる顔を見るたびに、胸が締め付けられる。


 俺は昴みたいに器用じゃないし、話が上手いわけではない。

 相手の気持ちを適切に理解して、その場に相応しい言葉を選べるわけでもない。


 志乃が大好きなあいつの代わりにはなれないけれど――


 俺は俺の言葉で、大切な妹に寄り添ってみせる。


「無理に受け入れなくていい。受け止める必要なんてない。お前は昴を――一生、許さなくていい」

「一生……?」


 新しい物語のためだから。

 大切な人の覚悟なのだから。


 だから許せって?

 納得してすべて受け入れろって?


 ――そんなもの、俺たちにとってはなにも関係ない。それは決して強制されるものじゃない。


「お前を泣かせたあいつのことを、俺は許すつもりないよ。……でも許さないからこそ、この悲しさに負けないで前に進めるんだ」

「前に……進める……」

「悲しくても、悔しくても、許せなくても……それをそのまま抱えて、進むんだ。自分の感情すら否定して、無理に思い込んで、納得したフリをして……。そんなことをしたら、自分が壊れちゃうだろ?」

「……うん」

「だから志乃、お前は昴をずっと許さなくていい。いつかまた会えたとき、今の気持ちを全部ぶつけてやるんだ。泣いて、怒って……叫んでやれ。そのためにも、今は俺と一緒に前に進もう?」


 志乃の悲しみは、志乃だけのものだ。


 だからこそ、無理に押し込めなくていい。

 今の気持ちを忘れないでほしい。捨てないでほしい。


 まだ気持ちの整理がつかなくても、いずれその想いが……志乃をさらに強くしてくれる。

 自分を奮い立たせる最大のエネルギーになる。


 俺は一歩踏み出して、そっと志乃の頭に手を乗せた。


「――いや、違うかな。志乃が兄さんのことを助けてくれないか? 志乃が一緒にいてくれたら、俺も悲しさに負けないで進めそうだからさ。むしろ、志乃がいないと迷って転んじゃうかも?」

「……ふふ、なにそれ。兄さん一人じゃ歩けないってこと?」

「ああ、そうだな。可愛い妹がいれば百人力ってやつだ」

「……そっか」


 志乃は俺を見上げて、指先で涙をぬぐった。


 その顔に、ほんの僅かだけど……たしかに笑顔が戻っていた。

 

 ……危ない危ない。


 志乃が笑った瞬間、今度はこっちが泣きそうになってしまった……。


「それなら……私も頑張らなきゃ。兄さんのためにも、昴さんのためにも……そして、私のためにも」

「ありがとな。志乃がいてくれて本当によかったよ」


 強くなくてたっていい。完璧じゃなくたっていい。

 ちょっとずつでいいから、俺たちは一緒に歩いていけばいいんだ。


 そのための――家族なんだから。


 さて。


 あと残っているのは……。


 俺は志乃から手を離し、もう一人の人物に目を向けた。


「渚さんは――」

「……嫌い」


 俺が声をかけるよりも先に、渚さんがぽつりと呟いた。


「ほんとに……嫌い……」


 その声には、珍しく震えがあった。


 淡々としていた渚さんの声が徐々に……そして確実に、揺れていく。


「やっと……やっと掴めたのに……辿り着けたのに……」

「るいるい――」

「大丈夫だよ、晴香。……わたしは、大丈夫だから」

「あいつの勝手なんて、これまで何回も見てきたから。今更あいつがこんなこともしても……わたしは……」


 そう言いながらも、渚さんの声は震えたままだった。

 

 俯いたままのその姿に、言葉よりずっと大きな感情が滲んでいた。


 渚さんが昴に抱いていた感情は、志乃とは似ているようで異なっている。


 彼女が言う『好き』や『嫌い』には、ただの言葉では言い表せないたくさんの想いが込められているんだ。


 なにを言うべきなのか。

 どんなふうに声をかけるべきなのか。


 俺が悩んでいると――


「……うん」


 視界の端で、蓮見さんが小さく頷いていた。


 ――あぁ、そうか。そうだよな。


 渚さんのことは、これまで彼女を一番近くで支えていた蓮見さんに任せたほうがいい。


 蓮見さんならきっと、渚さんに寄り添えるだろう。


「わた……しは……」

「るいるい」


 そう呼びかけながら、蓮見さんは渚さんのもとまで近寄ると――


 そっと……抱きしめた。


 涙を隠すように。

 悲しさを覆うように。


 その腕には、親友の痛みをすべて受け止めるような優しさがこもっていた。


 蓮見さんはゆっくりと渚さんの頭を撫でる。


「無理しなくていいよ。悲しいし……寂しいに決まってるもん。私だって、なにが正解なのかまだ全然分からない」

「晴……香……」

「だから、私たちと一緒に少しずつ前を向こう? 今日だけは……下を向いたっていい。いくらでも泣いたっていい。私はずっと……るいるいのそばにいるから」

「今日、だけは……?」

「うんうん。そうじゃないと、いつもみたいに青葉くんに馬鹿にされちゃうかもよ? 『ぷぷぷ、お前いつまで下を向いてるんだよ』って」

「……想像したらムカついてきた」


 涙混じりの声で、渚さんが呟く。


 恋愛感情とかそういうのを抜きにしても、渚さんにとって昴は特別な『友達』だった。


 いつも軽口を叩き合って、テンポのいい掛け合いをしては……見ている俺たちを楽しませてくれた。


 昴と話しているときの渚さんは、いつも知らない顔を見せていた。


 ……だからこそ、その喪失も深い。


 蓮見さんの言う通り、下を向いたっていい。泣いたっていい。


 それでも、渚さんなら――


「それに、青葉くんに負けないようにゲームの腕を上げないと……でしょ?」

「……うん。そうだね。……ありがとう、晴香」

「ううん、こういうのはみんなで一緒に乗り越えないと。私たちは一人じゃないんだもん」


 ――やっぱり、蓮見さんに任せてよかった。


「あーもう! ほんっっとに許しませんからね昴先輩! 司先輩、今度あったときはあの人にたっくさん惚気話を聞かせてやりましょうね!!」


 日向が突然声をあげたと思ったら、ずいっと距離を詰めてきた。


「の、惚気話って……」

「なんですか!? 嫌なんですか!?」


 その真っ直ぐな視線に、思わず俺は肩をすくめた。


 俺は俺の意思で、日向を選んだんだ。

 親友の転校で気持ちが揺らぐなんてことは……ありえない。


 昴には昴のやりたいことがあるように――


 俺にもやりたいことがある。

 この先も一緒に歩きたい人たちがいる。


 俺は微笑んで、日向に頷いた。


「……そうだな。話、山ほど聞かせてやろう」

「はいっ! もし忘れたりでもしたら、お菓子を百個くらい買ってもらいますからね!」

「おっと……それは忘れないようにしないとな」


 日向の無茶ぶりに苦笑しながらも、心の奥では温かいものが広がっていく。


 ――心配するなよ、昴。


 お前が大切にしていた大事な後輩と、大事な妹分は――


 これからも、俺がそばで守るよ。


「……まったく、私たちは本当にとんでもない友達を持ったものね」

「ホントですよ姉御ー! なんとかしてください!」

「無理よ。……って、誰が姉御――まぁいいわもう姉御で」

「おっ! 認めましたね先輩! 姉御先輩!」

「――日向?」

「はい調子乗りましたごめんなさい」


 月ノ瀬さんと日向のやり取りに、くすりと笑いが漏れる。


 そして俺は、最後に星那先輩へと目を向けた。


「星那先輩。あいつの手紙を届けてくれて、ありがとうございました」

「いや、私は彼の頼みを果たしただけだ。……でも、キミたちを見て改めて思ったよ」


 先輩は僅かに潤んだ瞳で微笑む。


「彼は……本当に素晴らしい仲間たちに出会えたのだな、と」

「そうですね。もちろん、仲間たちの中には先輩も入ってますよ」

「フフ、それは光栄だな」


 そうだ。


 昴、お前はこんなにも素敵な人たちと出会えたんだ。


 どれだけ勝手なことをしても。

 どれだけ一方的に消えても。


 それでも――こうして笑って見送ってくれる仲間がいる。


 お前との別れを悲しく思ってくれている。

 お前の覚悟に寄り添おうとしてくれている。


 ――なぁ、昴。


 これって、すごく幸せなことだと思わないか?


 俺はゆっくりと歩き、窓際に立つ。


 そして、真っ青な空を見上げた。




「――またな。俺たちは、お前を待ってるぞ」




 たとえどんなに離れていても、俺たちは同じ空の下で生きている。


 俺が見上げてるこの空を、どこかでお前も見ている。


 別れは悲しくて、いつだって寂しい。


 だけど……なんでだろうな。


 きっとまたすぐに、お前に会える気がするんだ。




 ――窓の向こうに広がる、透き通った青空。


 燦然と輝く『太陽』が、大地を柔らかく照らしていた。


 この空の光が、どうか――


 これから新たな道を歩くかけがえのない『親友』の道を。


 真っ直ぐに、優しく、温かく――照らしてくれますように。







 × × ×






 そして季節は廻り――


 また、あの季節がやってくる。


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