第343話 ラブコメの親友ポジも楽じゃない
おかしな話もあるものだ。
こんなにも魅力的な二人が、こんなにもどうしようもない男を好きになるなんて。
疑いたくても、信じたくなくても……俺は向き合わないといけない。逃げることは許されない。
だから俺も、その思いに答えを告げよう。
『選択』する責任が──俺にはあるのだから。
「……好き、か」
朝陽志乃。
司の義理の妹で……俺にとっても、いつの間にかすっかり大切な存在になっていた女の子。
いつだって可愛くて、いつだって素直で……。
俺のことを慕ってくれた。
家族のように想ってくれた。
何度も『好き』だと――言ってくれた。
彼女と出会えたから、俺は誰かと繋がることの『重さ』や、誰かに想われることの『怖さ』を知ることができたんだ。
そして――
渚留衣。
去年からのクラスメイトで、気が付けば司の次に関わりの深い存在になっていた。
口数が少なくて、無愛想で、不器用で……。
でも、その奥には誰にも譲れない自分だけの『核』を確かに持っていた。
堂々と俺のことを『嫌い』だと言いながらも、何度も『友達』だと言ってくれた。
嫌いになってくれたからこそ、渚は立ち止まることをやめなかった。
彼女と出会えたから、俺は自分自身と向き合い……『弱さ』を受け入れることができたんだ。
どちらも俺にとって、いろいろな意味で特別な存在になっていて──
この物語において、絶対に欠かせない存在だった。
だからこそ。
俺が出す『答え』は――たったひとつだ。
「──俺は、その想いに応えることはできない。二人を、そういう対象として意識したことは……一度もない」
夜空に咲いた花火を見上げながら、俺はハッキリと言葉にした。
濁すことなく、逃げることなく、嘘をつかずに――
俺の答えは、変わらない。
『明日以降』のことは抜きにしても、彼女たちの想いには応えられない。
恋愛感情を抱いたことなど、一度もないのだから。
それは恐らく、二人自身もよく分かっているはずだ。
俺の答えに、二人は。
「ふふっ」
「ふふ」
──笑った。
「やっぱりダメかぁ……振られちゃいましたね、先輩」
「うん、初めて告白して……初めて振られた」
「あ、ちなみに私は何度も振られてますからね。そこは先輩には勝ってますよ?」
「……さすがは志乃さん。まぁでも、これで改めてわたしの『目標』が見えた。今回はそのためのけじめ……みたいなものかな」
「目標……ですか?」
「そう、目標。……今は秘密だけどね」
想いを断られたのに、二人はどこまでも明るく……楽しそうに笑っていた。
……あぁ、そうだよな。
こんなに強くて、こんなに真っ直ぐな女子たちだからこそ――
俺なんかを好きになったんだよな。
俺の『答え』なんて、とっくに予想できていたはずなのに……。
「……ま、そこまで想ってもらえて嬉しくはあるけどな。……ありがとな、二人とも」
志乃ちゃんがいると、心が穏やかになる。
渚がいると、楽しい気持ちになる。
『恋』じゃなかったとしても、それでも――
二人は俺にとって、ちゃんと特別な存在だった。
特別といえばもう一人、『あの人』がいるけども……また方向性が異なる。
……というかあの人、後夜祭にはいなかったよな。
さすがに、そこに介入しようとはしない……か。
「渚先輩、聞きました? あの昴さんが『ありがとう』――ですって」
「うんうん、聞いた聞いた」
微笑みながら、二人はそんな会話を繰り広げる。
「その言葉が聞けたので……今回はこれで許してあげますか?」
「そうだね。今回だけはその答えで許してあげる」
「おーおー、そりゃありがたいことで。お優しい二人に想われて俺は幸せ者ですよ」
「そうですよ? 昴さんは幸せ者なんですよ?」
「もっと自覚したほうがいい」
「おぉう……手厳しい……」
本当に、俺は幸せ者なのだろう。
最高の親友がいて、最高の連中がいて。
こうして、こんな俺を想ってくれる最高の人たちがいる。
気が付けば形になっていた――『青葉昴』の縁。
でも俺は、その縁を……決して自分で望んだわけではない。これ以上、縁を広げるわけにはいかない。
だからこそ。
だからこそ――
すまない。
本当に、すまない。
× × ×
――花火が終わったあと、汐里祭は徐々に終幕の雰囲気に包まれていた。
「あっ、志乃さん。青葉も」
「どうしました?」
「なんだ?」
「晴香から連絡がきた。みんなで打ち上げをやろうって」
スマホを見ながら、渚が言った。
打ち上げ……。
それに、蓮見から……か。
「えっ、私もいいんですか?」
「もちろん。一緒に行こう、志乃さん」
「はい……!」
「打ち上げねぇ……。相変わらず蓮見はそういうのが大好きだな」
「晴香だからね。でも今回は、気持ち的にはいつもと『違う』はずなのに……すごいよ」
「……だな」
「……そうですね」
『結果』が分かっていたとしても、蓮見晴香が振られてしまったことは事実なのだ。
想いが報われない。
想いが届かない。
それはきっと――つらくて、痛くて、悲しいもののはずなのに。
こうして、明るくみんなを導こうとしてくれている。
やっぱりすげぇヤツだよ……お前。
――俺も、『準備』を進めないとな。
「俺はあとから行くわ。二人は先に準備して行っていいぞ」
「昴さんはどうするんですか?」
「いやー、実は先生に『お前、学校に荷物を置き過ぎだぞ』って怒られちゃってさ。いい機会だから、適当に整理しようかと。もう怒られたくないし」
「そんなこと言われたの? たしかにあんた、机の中とかロッカーとか……物入れまくってるせいで汚かったから納得だけど」
「はっはっは! 褒めるな褒めるな!」
渚にジト目を向けられながらも、俺は高らかに笑う。
だってさぁ……いちいち家に持ち帰るの面倒くさ過ぎない?
これは学校に置いておこう。
これは持ち帰るべきだけど……面倒だから置いておこう。
そんなことを繰り返していたら……いろいろパンパンになってしまったのは事実だ。
「そんなわけだから、とりあえず先に行っててくれ」
「分かった。じゃあ志乃さん、行こうか。一年生の教室まで付き合うよ」
「ありがとうございます、先輩」
渚は机から自分の鞄を手に取り、志乃ちゃんに声をかける。
「昴さん、昇降口で待ってますからね?」
「来なかったら鬼電するから」
「怖い怖い。行くっつーの。大人しく昇降口で待っとけ」
……さすがに、打ち上げくらいには行ってやるとしよう。
彼らの思い出として残しておくためにも、な。
とはいえ、『荷物整理』をしないといけないのも嘘ではない。
本来であれば一人でこっそり済ませようと思っていたのだが……二人が来てしまったから、適当に誤魔化すしかなかった。
「――青葉」
扉の前で、ふと渚が振り返った。
「どうした?」
「別に今言うことじゃないけど……明日からも、またよろしく」
「よろしくって……なんだよいきなり」
「なんとなく。あんたの雰囲気、ちょっと変わったから……改めてってことで」
「たしかに昴さん、少し雰囲気変わりましたよね。では私も……こほん。改めて、よろしくお願いしますね」
志乃ちゃんが可愛らしく咳払いをして、ぺこりと頭を下げる。
雰囲気が変わった……?
自分では分からないが、二人が言うということは本当なのかもしれない。
……とりあえず俺は静かに息を吐き、腰に手を当てる。
「――ああ、明日からもいつも通り……よろしくな」
「ん、よろしく」
「よろしくお願いしますっ」
これでいい。
余計な言葉なんて、いらない。
明日からもまた――『いつも通り』で。
「蓮見先輩も言ってましたけど、渚先輩……明日から大変そうですね。声とかかけられるんじゃないですか?」
「やめて志乃さん……ほんとにむり……絶対そんなことないから……」
「ふふ、それでは昴さん。またあとで」
「待ってるね」
「おう」
ひらひらと手を振り、二人を見送る。
「……ほんじゃま、とりあえず全部まとめて鞄に突っ込むか」
――と、行きたいところだったが。
二人が去ったあと、俺はひとつ深呼吸してから静かに窓際に立った。
先ほどまで、花火が打ち上がっていたあの空も。
『好き』
『好きです』
鮮やかな光の中で告げられた、彼女たちの想いも。
今日、この場所に辿り着くまでに歩んできた道のりも。
夢なんかではなく、すべて現実なのだ。
ここまで来るまでに、たくさんの苦労と思い出があった。
どれもこれも、この物語にとって欠かせない一ページで――
それらが積み重なって、無事に一つの作品が完成した。
しかし。
完成したからといって、終わりではない。
きっと、彼らの物語はこれからも続いていく。
幕は引かれても、拍手の余韻はきっと響き続けるのだから。
「――さて」
これまで、多くの人物がこの物語に登場してきた。
一人一人が明確な役目を持って、舞台に上がってきた。
そして、役目を終えた彼らは等しく舞台から降りていった。
で、あるならば……。
『青葉昴』も同様に、舞台から降りようと思う。
俺がやるべきことは、もう全部終わった。
願わくば――
これから先も、彼らの物語が幸せに満ちたものでありますように。
「……まったく、最後の最後まで予想外のことばかりでまったく飽きなかったぜ」
苦労はしたけど――それ以上に、楽しかった。
お前の親友でいられて、俺は幸せだった。
ラブコメの主人公みたいな男のそばで『親友ポジ』として、俺なりに青春とやらを楽しませてもらった。
揺らいだこともある。
迷ったこともある。
立ち止まりそうになったこともある。
それでも俺は……最後まで自分の道を歩ききった。
最後に。
これまで描いてきたすべての物語を踏まえて、この言葉で終幕とさせてもらおう。
やはり――
ラブコメの親友ポジも楽じゃない。