閑話48 朝陽志乃は応援する
「え、えっ……ししし、志乃……! あああ、あれって……! えっ、なんで……!?」
「日向ちゃん、しーっ。気持ちは分かるけど周りに迷惑になっちゃうよ」
よっちゃんが慌てて日向を押しとどめながらも、視線はしっかりとステージに向けたままで。
「……でも、これはさすがのよっちゃんも予想外の展開だなー」
いよいよ始まった、兄さんたちの最後の公演。
私たちは四回目の観劇で、ここまで毎回観に来ている。
物語の内容も、配役も、セリフも、もうなんとなく頭に入っている。
だからこそ――目の前に広がる光景に、みんなはこんなにも驚いているのだろう。
「で、でもよっちゃん……! なんで昴先輩が……!? そ、それに玲先輩じゃなくて……あの人って……え……!?」
目を丸くして舞台を指差す日向のその声も、驚きで震えている。
でも客席のざわめきは、日向一人のものじゃない。
ほかのお客さんも似たような反応をしている。
初めて観に来た人にとっては、別になんてことのない光景なんだろうけど……。
――私は、すでに知っていたから。
私は日向の指先を辿るように、再び舞台上へと目を向けた。
舞台の上、ライトに照らされる二人の人物。
その一人は、今作の主人公サンを演じる……昴さん。
そしてもう一人は――
「……うん、そうだね。昴さんと……渚先輩だよ」
「だ、だよね……!? あれ留衣先輩だよね……!? だ、だだ、大変身……!」
ドレスに身を包んだ渚先輩は、私たちが知っている普段の姿とは全然違っていて……。
眼鏡は外され、髪は真っ直ぐに整えられていて――ステージ用のメイクが、その美しさに磨きをかけていた。
多分、蓮見先輩にセットしてもらったのかな……?
「『俺はサン。一応、この近くに住んでるんだけど……。で、君は?』」
「『わたくしは……ううん、知らない人に教える名前なんてないわ』」
「『……なるほど、これはなかなか気難しいお貴族様だことで。ま、こんなボロボロの服を着てる男なんて警戒するに決まってるか。それは申し訳ない』」
「『……変な人』」
昴さんと、渚先輩の――
ううん……サンとルナのやり取りが舞台上で行われている。
その掛け合いは、兄さんと月ノ瀬先輩のときとは違う雰囲気を醸し出している。
けれど、それが『二人だけの色』としてしっかり成り立っていて……。
渚先輩の演技には、迷いはなかった。
「し、志乃……大丈夫……?」
気が付くと、日向が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫って?」
「だ、だって昴先輩と……渚先輩が……」
「あぁ……」
そっか。日向はきっと、私のことを心配してくれてるんだ。
私が昴さんを好きなことを知っているから。
「私は大丈夫だよ」
「そうなの……?」
うん、と私は頷く。
「むしろ……嬉しい気持ちのほうが大きいかも」
輪の外にいた二人が、自分の意思でその輪の中心へと歩み出してくれた。
私は私だけの想いを、昴さんに向けている。
渚先輩は渚先輩だけの想いを、昴さんに向けている。
繋がることの『怖さ』を、関わることの『重さ』を知ってもらうには、私だけの力では難しい。
先輩には先輩だけが持っている武器がある。
私にも、私にしか持っていないものを持っている。
だからこそ、私はようやく……本当の意味で渚先輩と向き合える。
昴さんが、やっとここまで来てくれた。
渚先輩が、やっと自分の想いに目を向けてくれた。
それだけで、胸の奥が温かくなった。
だって。
そのほうが渚先輩と『正々堂々』と戦えるでしょ?
でも――
あぁ……もう。
ただでさえ、強敵だったのに……。
もっともっと、手強くなっちゃうなぁ……。
「日向、とりあえず今は劇に集中しよ? ね?」
「う、うん……」
日向は困惑しながらも、前に向き直す。
心配してくれてありがとう、日向。
「――頑張ってくださいね」
私はそっと、舞台へ向かって祈るように呟いた。




