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第333話 戸惑いながらも、彼女は求める

「え、私?」 


 自分を指差す月ノ瀬に、俺はこくりと頷く。


 まだ……肝心なところを聞いていない。


 ()()が分からない限り、話を進めることはできない。


「百歩譲って、俺が舞台に上がるとして……お前はそれでいいのかよ? 相手役が俺になるってことだぞ?」

「あぁ……そのこと」

「どうなんだよ」


 俺の質問に対し、月ノ瀬は顎に手を添える。

 

 そのまま、考える素振りを――見せることなくにこりと笑った。


「嫌よ?」

「そうだろ――っておい、さすがに即答し過ぎだろうが。いい笑顔で嫌とか言うんじゃねぇ」


 あまりに潔いその返答に、思わずツッコまずにはいられなかった。


 どう考えても、月ノ瀬のモチベーションは司の存在がかなりの割合を占めていたはずだ。


 いくら月ノ瀬と言えど、その司が欠ければ、多少なりとも思うことだってあるに違いない。


 この一線が崩れない限り、俺が舞台に上がるという選択肢は絶対に存在しない。


 そう……思っていたのに。


「そりゃ即答するわよ」

「じゃあこの話は……」

「だから――」


 話は終わり――とはならず。


 月ノ瀬は視線を外し、俺の隣……つまり渚へと目を向けた。


 そして。


「昴の相手は……留衣、あんたに任せるわ」


 いつの間に潜ませていた――もう一つの爆弾を、躊躇することなく落とした。


「……えっ?」


 月ノ瀬の言葉の意味を咀嚼しきれず、渚はパチパチと瞬きを繰り返す。


 本当に自分へ向けて言ったのかを疑っているのだろう。

 渚は周囲をキョロキョロと見回したあと……もう一度「え?」と声を漏らした。


 おいおいおいおい……。


 マジか。マジかよ。コイツらやりやがった。


 司のヤツ、本当に自分の周りの『すべて』を巻き込むつもりか……!


「つ、月ノ瀬さん……? 任せる……って、な、なにを……?」

「言葉通りよ。昴の相手を……つまり『ルナ』をあんたに任せるってこと」

「え、え……え。……え? ま、ま待って月ノ瀬さん。全然付いていけないんだけど。ど、どうして……?」

「そもそも、私も実行委員なのよ? 司一人の応援だけじゃ全然足りないわ。連絡がつかないのは数人って言ってたでしょ」


 突然の展開に渚はあたふたと取り乱すが、月ノ瀬は冷静に答える。


「そ、そうだけど……だからって……」


 そうだ。


 司は初めから『実行委員数人と連絡がつかない』とハッキリ言っていた。


 すべて事前に用意していた策なのだとしたら……。


 俺が月ノ瀬に『質問』することまで見越していた、ということだろう。


「いい? 私じゃ昴の相手は務まらない。最高の劇を作るには、それに相応しい配役が必要なの」

「配役……?」

「そうよ。昴のすべてを引き出すにはアンタが必要なの。ううん……アンタが適任なのよ」


 月ノ瀬は曇りのない瞳で渚を見る。


「司を除いて、この中で青葉と一番向き合おうとしてきたのは誰? 理解しようとしていたのは誰?」


 話を止めに入りたかった。介入したかった。


 でも俺は……なにか縛られるように、二人の会話を黙って見ていることしかできなかった。


 まるで、話の続きを望んでいるかのように――


「アンタはサブキャラなんかじゃないわ、留衣。立派なヒロインなのよ。アンタも……舞台に上がるときが来たのよ」

「舞台に……」

「ええ。突然こんなことを言い出してごめんなさい。いきなり過ぎて驚いたわよね。混乱しているわよね。でも……このタイミングで言わないと、アンタの奥底まで届かない気がしたから」


 月ノ瀬の話が進むにつれて、渚の表情から焦りが消えていく。

 揺れていた瞳が、少しずつ落ち着きを取り戻していた。


「あの場所に立てば……留衣、アンタが抱く『その感情』を理解できるかもしれないわ。そして……引っ張り上げなさい。どこかの誰かさんをね。それはきっと……アンタにかできないと思ってる」


 渚が抱く感情の意味。

 引っ張り上げる相手。


 そこに深く関わっているであろう『誰かさん』は、二人の会話を聞いてただ静かに息を吐く。


 渚は月ノ瀬の言葉を受けたあと、迷うように視線を動かし……やがて蓮見の顔を見つめた。


 幼馴染であり親友である蓮見なら、渚が今考えていることなんてすぐに分かるだろう。


「晴香……」


 僅かに揺れたその声に……蓮見は微笑んだ。


「玲ちゃんの言う通りだと思う。るいるいならやれるって、私は心の底から思ってるよ」


 不安そうな親友の肩に、蓮見はそっと手を乗せた。


「大丈夫、るいるいは一人じゃない。理解したい人が……向き合いたい人がいるんだよね?」


 渚の性格の考えれば、人前に出るなんて了承するとは思えない。

 

 しかも、大人数の目に晒されることになるのだ。


 ――あくまでも、以前の渚だったら……の話だが。


「どうするか決めるのはるいるいだから。どんな答えを出しても……私は否定したりなんかしないよ。るいるいは……どうしたい?」


 親友だからこそ、一番の理解者だからこそ……余計な言葉なんていらない。


 これまで共に過ごしてきたからこそ――表情で、心で……想いを伝えあえる。


 渚はなにも言わず、自分の肩に置かれた蓮見の手に触れた。


「……うん」


 蓮見は最後まで穏やかな表情で頷き、渚から一歩離れた。


 ここまで驚くような成長を見せてきた渚。


 コイツがいったいどんな答えを出すのか。

 『キラキラ』の場所に手を伸ばすのか。


 俺はそれが――


 なぜか、気になってしまった。


「えっ、マジ!? これ、青葉と渚さんのペアが見れるってこと!? やべー、オレテンション上がってきたぜ!」

「ああ。そういうことだな拓斗。……でも、今は少し静かにしておけ」

「お、おう悪い。……ん? なぁトシ、もしかして二人を練習に付き合わせてたのってまさか……」

「……さぁな」


 聞こえていた広田と大浦のやり取りに、俺は思わずガシガシと頭を掻いた。


 思えば、俺と渚はやたらと練習に付き合わされていた。


 司と月ノ瀬が不在のときは、その穴を埋めるために俺たちに代役を頼んでいた。


 その理由の一つとして、今の状況を予見していたからか……。


 自分たちの練習にもなり、俺と渚の演技を見て、それに合わせる練習にもなる。


「ったく……なるほどな。ここまでやられると、逆にスッキリしてくるわ」


 俺は盛大にため息をついた。


「だから司と月ノ瀬は……午前の劇のとき、あんなに気合が入ってたんだな。すべてを出し切るみたいに。あれが最後かのように」


 二人は、本当にすべてを出し切ったのだ。

 午前の劇を最後にするつもりだったから。


 文字通り――最後の役目を果たすために。


 俺だけじゃなくて、渚にも伏せていたのは……同じように強引にでも選択の機会を与えるためだろう。


 仮に事前に伝えようものなら『わたしには相応しくないから』とか、いろいろな理由をつけて断っていたと思うから。


 考えれば考えるほど、すべてが腑に落ちていく。


「くそ……ホントにやられたぜ。あんなに素直だった司くんが、こんなに隠し事が上手くなっちゃってまぁ……俺は悲しいぞ」

「それは申し訳ない。自分でも酷いことをしてる自覚してるよ。めちゃくちゃなことをしてると思う」

「ああ、めちゃくちゃだよ。そうまでして……お前は()()をやり遂げたいのか?」

「やり遂げたいよ。どんなに酷く言われても、責められても……これが俺の選んだことだから」


 迷いのない言葉とともに司は頷いた。


 特定の誰かに対して、深入りするようなヤツじゃない。

 

 誰に対しても優しいが、それは誰に対しても同じ接し方をするということ。


 幼少期の経験のせいで身につけてしまった――無意識の壁。


 そんな司が、積み重ねてきたものを犠牲にしてまで成し遂げようとしている理由。


 否定されたとしても、進もうとしている理由。


 それが――俺という存在。


 いつだって司は、俺にだけは本心を打ち明けてくれた。向かい合って、対等な存在として話そうとしてくれていた。


 それを拒んでいたのは――


 ほかでもない、俺自身なんだ。


「……青葉」


 小さく聞こえてきたのは、渚の声だった。


「んだよ」


 渚は一度を伏せ、再び俺を見る。

 やはり、その瞳は揺れていない。


「あんたはどう思う。わたしがルナをやれるって……ほんとに思う? あんたの……正直な言葉を聞かせて」


 正直な言葉……か。


 以前の渚だったら、絶対に無理だっただろう。


 でも――今は。


 無自覚ながらも、徐々に変化して……前を向いて、小さな一歩を踏みだしたコイツならば……。


「『相手』が誰かってのは置いておいて……。やれるんじゃねぇの、お前なら」

「……ほんとに? わたし、人前になんて全然立てないよ。演技だって下手だよ。あんたも知ってるでしょ?」

「んなこと、言われなくても分かってるっての」


 それでもお前は、あの日堂々と戦っていた。


 人前に立てないなんて言う人間が、あんな場所で戦えるわけないだろうが。


「つーかお前、別に演技は下手じゃねぇぞ」

「……え?」

「上手いとも言えないけどな。たしかにぎこちなさはあったが、そんなのは誤差だ。どうでもいい」


 司にも、月ノ瀬にも、それ以外の連中にも……。


 俺は演技の上手さを求めたことなんて一度もない。


 広田の言う通り、俺たちはプロでもなんでもない。

 お金をもらって、あの舞台に立っているわけではない。


 学生演劇だからこそ、自分たちの好きなことを思い思いに表現できる。


 俺が求めていたのは――たったひとつ。


 司の記憶、そして思い出に残るかどうか……それだけだった。


 だからこそ、余計に失敗させたくなかったのだ。


「お前に足りないのは……いつだって『覚悟』だったじゃねぇか。お前がその気になれば……苦手なもんなんて簡単に乗り越えられるだろ」


 会話が苦手なので、コミュニケーションが苦手なのに――


 俺は自分なりの言葉で、自分のなりの行動で……いつも俺と向き合おうとしていた。


 諦めることなく、お前は何度だって俺の前に現れては、好き勝手にいろいろな言葉をかけてきた。


 ――苦手を乗り越えようとする覚悟。


 それができる渚なら、十分な演技を見せられるはずだ。上手い下手なんて、どうだっていい。


 それに昨日と今日、練習中にコイツの演技を見てきて……俺は思ったんだ。


 もしかしたら、月ノ瀬玲とはまた違った『ルナ』を演じられるんじゃないか……って。


 それが――俺が伝えられる正直な言葉だった。


 同時に。


 胸の奥にズキリと痛みが走った。


 渚に向けた言葉のはずなのに、自分自身にも向けられたような――


「……そう」


 渚はボソッと返事をする。


「――なら、証明して」

「は?」


 返ってきた言葉は予想外のもので。


 俺は思わず聞き返した。


「今の言葉もそうだけど……午前の劇のとき、あんたがわたしに言ったことを……証明して」

「俺がお前に言ったこと……?」


 午前の劇。

 渚に言ったこと。


 ……。


 あー、そういうことかよ。


「正直な言葉……なんでしょ」


 震えを抑えた声で、渚は続けて言った。


 いつものような無愛想な言葉からは、渚が抱えるさまざま複雑な感情が伝わってきた。


  ――『お前は十分、あの場所に立てる人間だと思うぞ。お前がどう思ってんのかは知らねぇけど……月ノ瀬たちになにも負けてねぇよ』


 ……ほらな。


 やっぱり、余計な言葉だったじゃねぇか。


 お前と話すと……いつもそうだ。



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