第332話 青葉昴は己に問われる
──だが、ここではい分かりましたと簡単に折れるわけにはいかない。
「良い劇を作りたいってのは理解した。だったら尚更、俺が出るわけにはいかないんじゃねぇの? それで万が一、しくじったらどうするんだよ」
「どうするって……そんときはそんときじゃねーの?」
「ああ、そのときだな」
広田と大浦が顔を見合わせて、頷き合う。
そして、広田がニヤリと笑って話を続けた。
「だってオレたち、別にプロじゃねーじゃん。もちろん、やるからには成功させたいけどよ……大事なのはそっちじゃなくて、オレたちがどう思うかじゃね?」
「どう思うか……?」
「おう。オレたちが全員納得して、全力でやって、それでもしも失敗したんなら仕方ねーなぁって思うけどな。それも思い出になるだろ?」
軽いノリで言う広田の言葉に、周囲に座るクラスメイトたちもこくりと頷いた。
……俺は、コイツらの努力をすぐ近くで見てきた。
慣れない演劇。
慣れない演技。
もともと経験があったわけでも、知見があるわけでもないのに……一から積み重ねて、今日という日まで来ることができた。
それなのに……。
「まっ、よく分かんねーけど……決めるのはお前なんだろ? 好きなようにやればいいと思うぜ?」
「そうだな、強制するつもりはない。青葉、お前が決めてくれ」
コイツら……どこまで俺を信じてやがるんだよ。
もし俺がしくじったら?
俺が舞台をぶち壊したら?
そうなったとして……悪く言われたり、ガッカリされるのは俺だけじゃない。お前らまで巻き添えになるのに……。
……ホントに馬鹿じゃねぇの。
俺みたいなヤツに……そこまで期待するとか。俺のことなんて、全然知らねぇくせに。
……いや。知らないのは俺も同じか。コイツらが抱えている熱い思いを、俺は全然知らなかった。
知ろうとすら――していなかったのだから。
「ねぇねぇ青葉君!」
広田たちとは少し離れた席に座る女子が、挙手をして声を上げた。
「大浦君も言ってたけどさ……私たち、朝陽君に気を遣ったわけじゃないよ? そもそも、嫌だったら断ってるし。青葉君には任せられない! ヤダーって!」
「そうそう! あたしたちは単純に、青葉くんが劇に出たらどうなるのかなーって、どんな感じになるのかなーって、見てみたかっただけ!」
目をキラキラさせて、口々に思ったことを言ってくる。
「お気楽なこと言いやがって……。どうしてそう思ったんだよ」
「え? だってー、青葉君ってイケメンじゃん? 黙ってれば……だけど。ほんとに。黙ってればだけど」
「おい最後。なんで二回言った?」
「だから絶対、舞台映えするって思ったもん! 実際、昨日青葉君の演技を見て『これはいける! 絶対映える!』って思ったし!」
冗談みたいなやりとりの裏に、俺に対する確かな信頼があった。
下手をしたら、劇そのものが破綻してしまう。
年に一度きりしかない、大切な思い出を壊してしまう。
それなのに……俺になら任せてもいいと。俺になら託してもいいと。
そう、本気で思っているのが伝わってきた。
「舞台ってさ、別に誰のものじゃないもん! だったら、青葉君が立ったっていいでしょー? てか、見てみたい! 普段から自分でイケメンイケメン言ってる青葉君のガチ演技、見てみたい!」
「おー! たしかにな! 青葉、お前だってうちのクラスの一員なんだぜ? もしお前が出るっていうなら、嫌がるヤツなんて誰もいねーよ!」
「お前らなぁ……好き勝手言いやがって……」
あちこちから湧き上がる声に、俺はなにも言い返すことが出来なかった。
その熱が一段落したところで、再び声を上げたのは――司だった。
「昴。いろいろ話してきたけど……俺はお前を、無理やり舞台に上げるつもりはないよ。広田が言ってたように、みんなが納得する形にしたいから」
「みんな?」
「ああ。もちろん、お前を含めた『みんな』だ」
「……いらねぇ猿芝居しやがって。だったら、こんな面倒なことをしないで……最初から素直に言ってくりゃよかったじゃねぇか」
「それじゃあ、お前は絶対に出てくれないだろ? 適当な理由をつけて、逃げていたはずだ。下手すれば……汐里祭そのものに来なかったかもしれない」
……否定は出来ない。
多分……いや、間違いなくそうしていた。
俺という人間をよく理解しているからこそ、コイツは俺を欺くことを選んだ。
ずっと味方だったヤツが、敵側に回ると厄介って話は、よくアニメとかゲームで出てくるけど……。
この状況と似たような感じなのかね……。
「お前と向き合えて、且つ選択できる状況を作り出す……。それが、俺のやりたかったことだよ」
「……なんつー手間のかかることをしてくれてんだよ」
「ありがとう」
「褒めてねぇっつの」
くだらない理由。
くだらない芝居。
でも司は、望んだ通りの展開をここに作り上げた。
俺が逃げられない状況を。
そして、司の望みを伝えたうえで……俺自身に選択させる状況を。
「主役なんだから、お前が責任を持って最後までやれ……って意見も分かるよ。たしかにその通りだと思うし」
「じゃあやれよ」
「お前の答え次第かな」
即答である。
司のヤツ……いつからこんな面倒くさい男に……。
「そういうわけだから……昴、どうだ? 舞台に立ってみないか?」
「……どういうわけだよ。断る」
「分かった。それなら今回の公演は中止に――」
「待て待て待て。決断早すぎるだろ!」
「言っただろ? 実行委員のピンチは事実なんだ。さっきも言った通り、お前が行っても状況は変わらないぞ」
俺一人のためだけに、こんなことを――
なんでだよ。
なんでお前はいつもいつも、そこまでして……俺を引っ張り上げようとするんだよ……。
「……昴。どうしてお前は舞台に上がりたくないんだ? まずはその理由を聞かせてほしい」
司は落ち着いた様子のまま、俺に問いかける。
「お前に限って緊張とか不安とか、そういうのじゃないだろ? まさか、また資格がどうの……って言うつもりじゃないよな? さっきのみんなの言葉を聞いて、まだ同じことを言えるのか?」
「それは……」
「本当に嫌なら……どんな理由でもいい。それを聞かせてほしい。心の底から嫌だって言うのなら、俺も諦めるよ。一方的に選択を突き付けているのは俺の方だし」
舞台に上がるのを拒む理由。
スポットライトを拒む理由。
緊張なんてしていない。不安なんてない。
すべての登場人物のセリフも、動きも、演出も……頭に入っている。
出来るか出来ないか……という話になれば、もちろん出来るだろう。過信ではなく、事実として言い切っていい。
――じゃあ、どうして拒む?
理由なんていくらでも出せる。
これは司の劇なんだ。
司が主役だから、ここまで作り上げたんだ。
そこに俺が関わるなんてないだろ。
なにより、俺にそのつもりは……。
――本当にそうなのか?
問いは、止まない。
――分かってるだろ? それらしい理由で誤魔化してはいるが……実際は違う。どうして舞台に上がりたくないんだ? まだ目を逸らすのか?
……うるせぇ。
――お前は司たちを見てなにを思った? なにを感じた?
司の問いに答えられずにいた俺に、『俺自身』が問いかけてくる。
俺は思考を追い出すように頭を振り、司から視線を外した。
まだだ。
まだ、最後の一線が残っている。
それを解決しない限り、この先に答えには辿り着かない。辿り着くわけにはいかない。
「……だいたい、月ノ瀬はどうなんだよ」
「え、私?」
突然話を振ったことで、月ノ瀬は自分を指差した。
そう、お前だ。
この劇の主役はもう一人――お前だろう?