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第329話 青葉昴は予感する

 実行委員と連絡がつかない――


 その一言が教室内に落とされた瞬間、空気がピリついた。

 

 ついさっきまでの熱気が嘘みたいに引いて、代わりにざわりとした不穏が広がっていく。


 「星那先輩、とりあえず今の状況を教えてもらっていいですか? ……はい、はい」


 司の声が低く響く。

 

 神妙な面持ちで、スマホ越しの会話に耳を傾けていた。


 ざわついた雰囲気が支配する中で、司は会長さんと話していた。


 会話の内容までは聞こえない。

 

 けれど、その表情と声色だけで……胸の奥で嫌なざわめきを感じる。


 連絡がつかない実行委員。

 汐里祭終盤に伴う忙しさ。

 

 そして……司への連絡。


 嫌な予感が的中してしまったとしたら――


「……分かりました。こっちでも考えてみます」

『ああ――すまな――しく頼む』

「いえ。仕方ないですよ」


 微かに聞こえてきたのは、たしかに会長さんの声だ。


 その後、司は何度か言葉を交わしたあと電話を終えた。


 静寂に包まれた教室内で、最初に声を出したのは……月ノ瀬だった。


「ねぇ司、不穏な言葉が聞こえてきたのだけど……。どうしたの? 星那先輩からなのよね?」

 

 そう問いかける月ノ瀬の表情も強張っている。


 司はスマホをしまい、俺たちをぐるっと見回したあと……こくりと頷いた。


「簡単に言うと……担当の実行委員数人と、連絡がつかないみたいだ。そのせいで今、運営の一部が滞ってる」

「おいおい、マジかよ」


 まさかの展開に、口をついて出る。


 汐里祭が終盤へと突入したことで、実行委員は一気に激務になっているはずだ。


 それなのに、音信不通って……。


 このタイミングでトラブル発生は……なかなかキツい。


 司は困ったように眉をひそめ、話を続ける。


「それで、非番の実行委員たちにも順番に連絡してるらしい」

「なるほどな。だからお前のところにも応援要請が来た……ってところか?」

「うん。それに人手不足のせいで、ちょうど問題が起きてる最中……って」

「なんだよそれ最悪じゃねぇか」


 電話の雰囲気からして、なんとなく察してはいたが……。


 実際にこうして聞かされると、事態は想像以上に深刻らしい。


「で、でも……このあと本番もあるし、朝陽君と月ノ瀬さんがいなかったら……」


 珍しく、渚の声に焦りが混じる。


 しかし、渚の焦りは至極当然のことだ。


 二人はこの演劇において、文字通り核となるべき存在だ。どちらが欠けても、まともに成り立たない。


 司自身もそれを分かっているからこそ、どうすればいいのか悩んでいるのだろう。


「星那先輩も、それは承知してた。『キミたちに強制はしない。どうするかは二人の判断に任せる』って。余裕がないみたいで、それ以上は全然話せなかったけど」

「……私もちょうど今、実行委員長から連絡がきたわ。想像以上にバタついてるみたいね」


 司に続いて、月ノ瀬がスマホを見ながらそう報告してきた。


 教室の空気は一変し、先ほどまでの笑顔や談笑はすっかり消えていた。


 聞こえてくるのは……廊下からの喧騒だけ。


 どうするか決めるのは、司と月ノ瀬の判断。

 強制はされていないから、断ることだって可能。


 だが――二人の性格を考えればどうだ?


 選択を委ねられたのは、むしろ残酷なことかもしれない。


 緊急事態だ、今すぐ来てくれ。

 なんとかするから、二人は劇に集中しろ。


 どちらのパターンだとしても、せめてそう言い切ってさえくれたら……悩むことはなかっただろう。


 実行委員としての責任。

 劇の主役としての覚悟。


 板挟みの想いのなかで……どんな答えが出せる?


 司と月ノ瀬は、困っている人を放っておいて、自分のことを優先する――なんてことは絶対に出来ない。


 仮にこのまま本番に臨んだとしても、そのことがずっと気がかりになって、まともにパフォーマンスが出来ないかもしれない、


 どちらを選んでも、なにかを失う可能性がある。


 だったら。


 ここで取るべき行動は――ひとつだろ。


「――俺の出番だな」


 教室内に俺の声が響く。


「昴?」

「昨日、言っただろ? なんか問題があったときは、俺がビシッと解決してやるってな」

「え?」

「お前はこのまま劇を優先しろ。実行委員のほうは、俺がなんとかしてやるよ」


 即断即決。

 

 迷ってる暇なんてない。


 大事なのは、誰が今動くべきか――それだけだ。


「なんとかって、お前……」


 極論……公演時間の変更さえ出来れば、まだここまで苦労することないだろう。


 しかし、体育館で行われる出し物の時間はキッチリ決まっている。下手にズラすと、他のクラスに多大な影響を及ぼすことになる。 


 もちろん、教師にお願いすればなんとか調整は効くのかもしれないが……それはあくまでも最後の手段だ。


 ほかの手段でカバー出来るのであれば、それらを優先したほうがいいに決まっている。


 ここで考えるべきことは二つ。


 実行委員の問題を解決すること。

 最後の本番をしっかり成功させること。


 後者は司と月ノ瀬がいなければ、達成することはできない。しかし、そのためには前者の要因が妨げになってしまう。


 で、あるならば……前者と後者、どちらも達成させる必要がある。


 そのためにはやはり――ここは俺が動くべきだ。


「劇の成功には、お前の存在が必要不可欠だ。実行委員のことは任せて、お前は劇に集中してくれ」


 実行委員のメンバーとか、仕事内容とか……そういったことは一切知らないけど。


 ……ま、それでもやるしかねぇだろ。


 司は思案するように顎に手を添え、目を伏せた。


「……そうだよな。なにかあったら俺が解決する、お前たちは自分のやるべきことを――って昴が言ってくれたもんな」


 ああ。


 ――『なんか問題があったら、俺がバシッと解決してやるからよ。お前たちは自分のやるべきことに集中してりゃいい』


 まさか、本当にそんな事態になるとは思わなかったけどな。


「そういうことだ。分かっただろ?」

「分かった」


 司は決心したように、確かな意思を持って頷いた。


 もう、その瞳には迷いはなかった。


「とりあえず、どこに行けばいいのかだけ教えてくれ。そのあとのことは、俺が良い感じに対処――」

「昴」


 言いかけた言葉を、司がピシャリと遮った。


 ……おかしい。

 

 コイツ、なんでこんなに真剣な顔をしてるんだ? なんでこんなに真っすぐな目をしてるんだ?


 これから本番に臨むから?

 気合が入ってるから?


 いや、違う。そんなんじゃない。


 まるで、なにか託すような……。


 ――託す?


 その瞬間、俺の背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


 待て。


 待て待て。


「俺は俺のやるべきことをやる。だから――」


 いやいやいや……そんなはず――


「昴、劇のほうは――()()に託すよ」


 ……は?


 告げられた言葉を前に、俺は思わず立ち上がった。


「お前にしか、頼めない」


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