第326話 二人は再び練習に付き合う
渚の言葉を受けて、さっそく大浦がお願いしたこと。
それは、現在不在である司と月ノ瀬の代わり――
つまり、昨日のようにサンとルナとして劇の練習に付き合ってくれ……ということだった。
予想通りの展開に、俺は小さくため息をつく。
しかし、一方の渚は――
「……うん、分かった。がんばる」
一拍だけ間を置いて、すぐに了承していた。
少しは恥ずかしがったり、戸惑ったりする態度を見せると思ったが……。
一度代役を経験したせいか、そこまで抵抗感はないように見えた。
これもまた、ひとつの成長……かね。
俺は頭の後ろで手を組み、ひゅーっと軽く口笛を吹いた。
「おーおー、ノリノリじゃねぇかるいるい。まぁ、せいぜい頑張ってくれたま――」
「は? あんたもやるんだけど。あと、るいるい言うな」
「んぇ?」
「大浦君の話、聞いてなかったの。朝陽君と月ノ瀬さんの代わり……って言ってたじゃん。つまりあんたも必要ってこと。分かった?」
しれっと逃れようとした俺を、渚は淡々と詰める。
呆れたようにこちらを見上げる瞳は、相変わらず気だるげだった。
「えっ! なにそれ楽しそう!」
便乗するように元気な声をあげて、キラキラした目を俺たちに向けてきたのは――蓮見。
うわぁ、すっげぇキラキラしてる……。
子供みたいな目をしてやがる……。
「青葉くんとるいるいが代役!? 私、すっっごく見たい!」
「だってさ、青葉。晴香もこう言ってるよ。……あと、嘘じゃなくてほんとにそう思ってる顔だよこれ」
「えぇぇぇぇ……見るだけだと思ってたのによぉぉぉ……めんどぉ……」
そういえば昨日の練習時、蓮見は教室にいなかったんだよな。
つまり、代役を務めていた俺たちのことを見ていないわけで……。
コイツの性格を考えれば、こんなにキラキラした目をするのも頷ける。
俺たち……というより、どちらかと言えば渚を見たい気持ちのほうが大きそうだけど。
期待の眼差しを向けてくる蓮見から、俺はすっと目を逸らす。
「……あっ、そうだ!」
俺が返事を渋っていると、広田がなにかを思いついたように声をあげた。
「なぁ青葉! ちょっといいか……!」
「え? ……うぉっ!」
次の瞬間、広田が急に俺の肩を組んで引き寄せてきた。
そのまま蓮見たちに背中を見せるように、向きを変える。
「……いきなりなんだよお前」
「なぁ、もし手伝ってくれたらよ……」
周囲に聞こえないように、広田は声をひそめてニヤッと笑った。
コイツのこの顔、腹立つな。引っぱたいてやろうか?
とか思っていたら――
「オレが密かに集めた、我が校が誇る美少女ブロマイド集をあげるぜ?」
なん……だと……!?
「お前っ……! もちろん一年から三年まで揃えてるんだろうな……!?」
「ったりめーだろ? オレを誰だと思ってやがる」
「広田大明神……! さすがはサッカー部が誇る非モテの頂点……!」
「おい」
「ふふふ……ふふふふ……」
それなら話が違ってくるぜ。
俺は広田から離れ、そのままフラフラとした足取りで教室の中央へと向かう。
「青葉くん……?」
心配そうな蓮見をよそに、俺はカッと目を見開いた。
「しゃあ!! やるぞお前ら! さっさと位置につけ! ダラダラしてる時間はねぇぞ!」
「……いや、なに急にやる気出してるのあんた。さっきまで面倒とか言ってたじゃん」
「うるせぇぞ渚! ほら、さっさと準備しろ! 俺はこんなにやる気に満ち溢れている!」
「は……?」
美少女ブロマイドが俺を待っている!!
この学校はなぜか美少女が揃ってるからな!
ふふふ……ふふふ……ふへへ……。
「ねぇねぇ広田くん、青葉くんになに言ったの? なんか、すごいだらしない顔をしてるんだけど……?」
「それは……男同士の秘密ってやつだぜ。なぁ青葉ー!」
「なぁ広田ー!」
「よ、よく分からないけど……青葉くんがやる気になってくれてよかったね、るいるい!」
「……怪しい。絶対ろくでもないことだって」
ジト目を向けてくる渚はスルー。
今だけは全力で無視だ。
「蓮見さん、スタートの合図を出す役をお願いしていいか?」
それぞれが位置についたことを確認すると、大浦が蓮見に言った。
「もちろん! よーい……ハイッ! ってやつだよね?」
「ああ、それだ」
「やった! 実は私、それやってみたかったんだよねー! わくわくしてきた……!」
「……可愛いな」
「同感だぜトシ。……って、お前彼女持ちだろーが」
「……」
「目を逸らすな目を」
……ま、ブロマイド云々は置いておいて――だ。
どうせ、残す公演はあと一回のみ。
ここまで成功を収めてきたのは、コイツらの努力があったからだ。
俺だけでは間違いなく、ここまでのものを作り上げることは出来なかっただろう。
司も、月ノ瀬も、それ以外も……。
全力で励んだからこそ、ここまで来ることができた。
だったら、気が済むまで手伝ってやるのも……俺の役目だろう。
すべては、理想の終幕を迎えるために。
俺にできることを――最後まで。
それに……広田からあんなことを言われたら、嬉々として応じるのが――
コイツらが知っている、お調子者の『青葉昴』だろう?
「とりあえず……よろしく頼むぜ。青葉、渚さん」
「へーい。ほどほどに手伝ってやるよ」
「うん。月ノ瀬さんほど上手くはできないけど……わたしなりにやってみる」
――そんなこんなで、俺と渚は再びサンとルナを演じた。
もちろん、あくまで代役だ。演技のレベルは本人たちには及ばない。
コイツらの練習が第一で、少なくとも俺はそれを手伝っているだけに過ぎない。
それでも、渚は終始真面目に取り組んでいた。
台本を見ながらも自分なりに演技をして、みんなの力になろうと努力していた。
俺はその姿を……隣でずっと見ていた。
× × ×
そして、練習が一区切りついた頃――
「みんなお疲れ様……って、まだ練習をしてたのか? すごいな……」
「あら、昴と留衣も手伝ってくれてるじゃない。ありがとね、二人とも」
実行委員の仕事を終えた司と月ノ瀬が、教室に戻ってきた。
いよいよ本番目前。
俺と渚の代役としての出番は、これで終わりのはずだった。
そう。
はず、だったのだ。