第310話 星那沙夜は秘策の準備に取り掛かる
「来場者も多いし、これは生徒会や実行委員も大変そうっすねぇ」
生徒会室へ向かう廊下の途中。
会長さんの後ろを歩きながら、俺はチラチラと周囲の賑わいを眺めていた。
「去年もそうだったが、二日目のほうが忙しくなるからな。司も玲も……ここからが本番だろう」
二日目は人の数も増え、汐里祭全体の後始末なども発生する。
となれば当然、実行委員たちの負担も増していくだろう。
人が増えればトラブルの芽も増えるし、終了が近づけば生徒たちも浮かれてくる。
だからこそ、より一層気を引き締めないといけない……ってわけか。
大変だねぇ……。
「会長さんは大丈夫なんすか?」
「ああ。生徒会は基本的にサポート役だからな。ありがたいことに、実行委員たちがしっかり動いてくれているよ」
とか言いながら、この人も裏でめっちゃ働いてるんだろうなぁ……と思いつつ、俺は「ほーん……」と軽く相槌を打った。
ま、なにも起きなければいいけど……。
とりあえず司も月ノ瀬も、せいぜい頑張ってくれたまえ。
俺みたいな一般生徒は、ニヤニヤしながら応援してるぜ。
……ちなみに。星那さんも、もちろん俺たちと一緒にいる。
会話にこそ混ざっていないが、会長さんの右後ろを歩いていた。
会長さんを挟むように、まるで三角形のような形で歩いているが……これにもちゃんと理由があった。
「ねぇねぇ、次はどこ行く!?」
「そろそろ四階に行かないと……」
「あ、もしもし? 今着いたいんだけどどこに――」
「二組の演劇楽しみだよね~! もうちょっとだよ!」
「お母さんお母さん、早く行こ!」
ワイワイ、ガヤガヤ。
廊下を進んでいる間にも、スタッフの生徒や遊んでいる生徒、そのほかにも来場客たちとすれ違うわけで……。
この人混みのなかでも、姿勢良く歩く会長さんの存在感は凄まじい。
その証拠に――
「あっ、生徒会長さんだ! こんにちは!」
「お店、最高でしたよー! またもう一回行きますね!」
「星那先輩! 今日もめっちゃ綺麗ですね!」
などと、すれ違う人たちからキャッキャと声をかけられていた。
なんなのこの光景。この人芸能人なの?
……いや、この学校だけで言えば芸能人みたいなもんかこの人。
それに対し、会長さんは――
「フフッ、ありがとう。キミたちも引き続き楽しんでくれたまえ」
髪をさらりと靡かせ、綺麗なスマイルにウインクまで添えて応じていた。
なんだこのイケメン。なんだこの王子様。
細かい仕草、声色、魅せ方、そのすべてが『見られる側』として百点満点だった。なんなんだよこの完成度……。
あれ……待てよ? おかしくないか?
似たようなことを俺もよくやってるのに……どうして俺はドン引きばかりなんだ? 黄色い声どころか灰色の声ばかりなんだが?
「……流石は沙夜様。一般生徒からも人気でございますね」
「それでも……あるな。もっと褒めてくれ椿」
やはり世の中は無情である。
× × ×
「さて、到着だ」
一階――生徒会室の扉前で、会長さんが満足げに言った。
一階は職員室や保健室などが並ぶフロアであるため、現在は比較的人通りは少ない。
生徒会室は汐里祭の期間中、特に利用されることはない。
たまに役員などが訪れるくらいで……今は空室となっているはずだ。
「んで、会長さん。ここに来てどうするんですか?」
「……椿はもう分かっているのではないか?」
俺の質問を、会長さんはそのまま星那さんへと流すが――
「……」
その星那さんはなにも言わず、ただ視線を逸らした。
この反応的に……ある程度は察していそうだな。
そんな星那さんの様子を見て、会長さんはフッと笑みをこぼした。
「では中に入ろうか」
扉を開け、会長さんが中へ。
星那さんがそのあとに続く。
俺もついて入ろうとした、その瞬間――
「おっと、昴。キミは入室禁止だ」
「え」
その言葉とともに、不意に胸を軽く押され……俺は数歩下がる。
あの、なんか出禁くらったんですけど。なんで?
「正確には……男子は入室禁止、だな」
「え、いやいやいやなんで?」
「昴、キミはそこで少し待っていてくれ。くれぐれも逃げ出そうとするなよ?」
「逃げ出すって……いや、だから――」
俺の言葉には耳を貸さず、会長さんはニコッと微笑みを浮かべ、そのまま扉をピシャリと閉めた。
「えぇぇぇ……」
一方的な展開に、困惑の声がこぼれる。
なんかムカつくから扉をバンバン叩いてやろうかな。
最大限の抵抗を見せてやろうかな。
……でも、そんなことをしたら先が怖すぎるな。やめとこ。
俺はため息をついて、扉のそばの壁に背を預けて立った。
「……ま、なんとなくこうなることは予想してたけどな」
男である俺は入室拒否。
女子組である会長さんたちだけが入室可能。
ここに来る前の、会長さんのあの言葉。
――『制服二人と、私服一人か。流石に少し浮いてしまうか……?』
いろいろな情報から、会長さんの言う『秘策』がなんなのか分かった気がする。
俺の想像通りなら……それはそれで大分面倒なことになりそうだけど。
……やれやれ。
特にやることないし、ひとまず待ってるか……。




