第309話 星那沙夜は秘策を用意している
「すまない二人とも、待たせた」
階段の踊り場――比較的人目を避けたその場所に、制服へと着替えを済ませた会長さんが姿を現した。
あのまま教室の前で待っていると、流石に目立ち過ぎるからな。
床に付いてもおかしくないほど長く、それでいて艶やかな髪を靡かせる会長さんの姿は、俺たちのよく知るいつもの姿だった。
……何度思ったか分からないけど、マジで髪なげぇな。普通なら痛みまくって大変なんじゃないの? 星那パワーにより痛みが無効化されるの?
という疑問は置いておいて、俺は会長さんに向かって気さくに手を振り上げた。
「ういっす。お店は大丈夫なんすか?」
「ああ。……そもそも、キミが言ったのだろう? 時間を調整して上手くやれ……と」
「……はて。そんなこと言ったような、言ってないような……はてはて……」
なにかあっても俺は責任取らないヨ。やだヨ。
「やれやれ……。とりあえず、お店のほうは問題ない。私がいなくても、残った皆で上手くやれるだろう」
たしかに、会長さんが飛び抜けて目立っていただけで、他の先輩たちもレベルがかなり高かった。
美人揃いだし、もはやお祭りらしからぬ『本物感』があった気さえする。
もしかすれば、今日という日のためにむちゃくちゃ勉強してきたのかもしれない。
そんなことを思っていると、会長さんの視線が俺の隣へと移った。
「お疲れ様です、紗夜様」
「うむ」
頷いて微笑む会長さんは、どこか嬉しそうに見える。
いや。見える……というか、実際に嬉しいのだろう。
形は異なるとはいえ、会長さんは一度星那さんにお断りされているわけで……。
家族にも等しい仲である人が、こうして一緒に来てくれているのだ。嬉しくないはずがない。
「キミもな、椿。まさか、昴と一緒に来るとは……驚いたよ」
「それが……断っても断っても強引に誘われた挙句、最終的に無理やり連れて来られました……。とても恐ろしかったです」
「昴、話がある。今から体育館の裏まで一緒に来てくれ。そして、そのまま家に帰れないと思ってくれ。いいな?」
「いやいやいやいや全然よくねぇけど!?」
ゴゴゴゴ、と凄まじい圧を向ける会長さんに俺はブンブンと首を振る。振りまくる。
「つーか星那さん、めちゃめちゃ自然に嘘つくのやめて!? 自然過ぎてツッコミが遅れたんですけど!?」
「つい」
「つい、じゃねぇわ!」
「昴様、私は貴方様より年上です。なぜタメ口なのですか?」
「今!? それ今言うこと!?」
マジでこの人らは……。
どちらか一人だけでも厄介なのに、二人で来られるといよいよ収拾がつかなくなる。
危うく俺、体育館裏で社会的に抹消されるところだったぞ?
星那家秘密の地下牢とかに放り込まれてもおかしくない勢いだったぞ? あるのか知らんけど。
俺はわざとらしく咳払いをして、場を仕切り直す。
変に勘違いされる前に、さっさと弁目しておこう。
「『一緒に回りませんか』って誘ったら、条件つきでオッケーされて。で、それをクリアしたからこうして一緒にいる……って感じです」
「ほう? 条件?」
会長さんが眉を寄せ、俺の話に興味を示す。
……まぁ、別に隠すようなことじゃないし、この人相手なら話してもいいだろう。
星那さんも、俺の話を止める様子はないし。
「校舎にいる私を見つけてみろ──って、そんな条件でした」
その瞬間、会長さんの目が僅かに見開かれた。
俺を見て、星那さんを見て――
そして、目を細めて小さく笑う。
「フフ……なるほど。そういうことか」
笑みとともに頷いた会長さんは、まるですべてを理解したような顔をしていた。
細かい内容はまったく話してないのに……。
『条件』を聞いただけで、もう星那さんの真意を理解できたのか……?
「やけに椿の機嫌がいいのは……それが理由か。納得したよ」
えっ──?
「……」
その一言に星那さんはなにも言わず、ただ会長さんを見つめている。
機嫌がいい――?
いや、まぁ……たしかに今日の星那さんは、普段より少しだけ柔らかいっていうか……。穏やかっていうか……そんな感じはするけども。
「マジすか……?」
「マジ、だ。『私を見つけて』……か。フフ……なかなか粋な条件を……なるほど……しかしある意味、椿らしい条件か……」
独り言のように、会長さんが口元に手を添えながらブツブツと呟いた。
「椿、キミは──」
「沙夜様」
ここで、ようやく星那さんが話に割って入ってきた。
「それ以上、なにかを仰るのなら……しばらく貴方様の部屋の掃除はいたしません。ご自身でなさってください」
「おっと……それは困るな。キミが掃除をしてくれないと、私の部屋が大惨事になってしまう」
「そうでしょう」
「……仕方ない。ここは大人しく従うとしよう」
……というやり取りを、俺は黙って見ていた。
部屋が大参事とか、気になるところはあるが……。
会長さんが、星那さんになにを言おうとしたのかは分からない。
しかし、ずっと一緒に過ごしてきたこの人だからこそ分かるものがあるのだろう。
無関係の俺は、とりあえず適当に流しておくのが吉だ。
二人に踏み込むつもりはないし、踏み込めるとも思っていない。
「さて。ではさっそく、行動開始といきたいところだが……」
会長さんはそう言うと、ちらりと星那さんの服装に目をやった。
つま先から頭まで、ゆっくりと視線を這わせるように見ていく。
そして、なにかを思案するように顎に手を添えた。
「制服二人と、私服一人か。流石に少し浮いてしまうか……?」
「あー、それはたしかに?」
そもそも、美女二人っていう時点でだいぶ目立ってるけど。
「まぁ、今更そんなことを気にしても――」
「待て。私にひとつ、考えがある」
俺の言葉を遮るように、会長さんは言った。
「考えっすか?」
「ああ。こんなこともあろうかと、《《秘策》》を用意している」
「秘策……?」
会長さんはニヤリと悪戯っぽく笑う。
秘策とは……いったいなんだ? ちょっと不安なんだけど。
「そのために、まずは場所を移動するとしよう」
「沙夜様、どちらへ?」
「フフ、よくぞ聞いてくれた。その場所は――」
ひと呼吸、置いて。
「生徒会室だ」
――生徒会室?
「……嫌な予感がしてきました」
星那さんの呟きは、喧騒の中に溶けていった。
× × ×
――移動中。
「椿」
「なんでしょうか」
「強引とか、無理やりとか言っていたが……。あれは、キミなりの照れ隠しか?」
「……なんの話でしょうか」
「フフ、まぁいい」
数歩分の沈黙を挟んで。
「椿」
「はい」
「……見つけてくれて――良かったな」
「……はい」




