第308話 青葉昴は改めて意外に思う
「そういえば星那さん、会長さんの男装姿って見ました?」
三年三組へ向かう途中、俺は隣を歩く星那さんに問いかけた。
「もちろんでございます。お店に入ったわけではありませんが……遠くから、お姿を拝見いたしました」
即答だった。
しかし、語り方が妙にうっとりとしているのは……気のせいではないのだろう。
「ズバリ、感想は?」
「最高でした。あまりにも尊すぎて、一瞬魂がどこかへ旅立ってしまうかと思いました。実に素敵で……お美しくて……流石は沙夜様。なんて素晴らしい方なのでしょう……」
「尊すぎてって……。推し活してるオタクみたいなこと言いますやん」
そのうち、『沙夜ちゃんマジ天使。ハスハス』とか言い出しそうな勢いである。
なんにせよ、会長さんの男装モードはしっかりクリティカルヒットしたようだ。
男装モードといえば……。
昨日、実際に会長さんの接客を受けた感じ、あの人の所作は間違いなく星那さんを参考にしているのだろう。
つまり……だ。
仮に会長さんだけではなく、この人にも執事服を着させて接客をさせたら……とんでもないことになるんじゃなかろうか。
そうなると、廊下の端まで行列が出来そう。特に女性客。
……ちょっと見てみたい気持ちもあるな。
「じゃあ、もしも会長さんが男にナンパでもされたらどうします? あの見た目ですからねぇ……声をかけられてもおかしくはない」
現に星那さん自身も、先日ナンパされていたわけだし。
ありえない話……というわけではないだろう。
「………………」
「あれ、星那さん? どうしました?」
「あぁ、失礼しました。法で裁かれない範囲での始末方法を考えていました」
「怖いわ。始末方法とか言わないでください」
こえーよ。
この人が本気を出したら、それこそ会長さんに近付いた輩を社会的に始末しそうだよな。想像出来てしまうのが恐ろしい。
でも……もしも将来、会長さんが誰かと付き合ったり結婚したりって話になったら――
両親のほかにも、星那さんという最強のラスボスを超えないといけないんだろ?
それ、難易度ハードどころじゃないだろ。ベリーハードにすら収まるか怪しいぞ。
とはいえ、星那さんのことだから……。
なんだかんだで『沙夜様が選んだ人なら』とか言って、受け入れそうなところもある。
――もっとも、あの会長さんと釣り合える人がいれば……の話だけども。
とまぁ、そんなことを話しているうちに……俺たちは三年三組の前に辿り着いた。
「おー、やっぱりすげぇ列ですね。まだ午前中なのに」
遠目では見えていたが、やはり今日もしっかり列が出来ていた。
「当然です。沙夜様がいらっしゃるのですから。むしろ列が足りないのでは?」
「お、おぉう……」
サヤコン過ぎるよこの人。怖いよ。
店に入るわけではないため、俺は列に並ばずに教室の中を覗き込んだ。
お店はしっかり繁盛していて、男装スタッフの先輩たちが忙しなく接客に励んでいる。
ちなみに、クラスの男子生徒たちは裏方に回って、ドリンクの準備とかお金の管理とか……そういうサポート作業に徹しているらしい。
「はてさて、会長さんは……っと」
目を凝らし、会長さんの姿を探す。
「――あ、いた」
会長さん、発見である。
ちょうど紅茶らしきカップをテーブルに置き、優雅にお辞儀しているところだった。
あまりの麗人っぷりに、そのテーブルに座る他校の女子高生たちが目をうっとりさせている。
……そりゃ、あんな目にもなるよな。
あの人、この二日だけで大量のファンを作りそうだな。割と冗談抜きで。
「……そういえば星那さん、昨日も思ったんですけど」
「なんでしょう」
改めて会長さんの姿を見て、俺は隣に立つ星那さんに話しかける。
「会長さんのあの髪型って……」
ビシッと決まった執事服。
全開の麗人オーラ。
しかし、それよりも俺の目を引いたのは会長さんの髪型だった。
至って普通の……ポニーテール。尻尾はめっちゃ長いけど。
会長さんとは去年からの付き合いだが、髪を結っているところなんて全然見たことがなかった。
聞いた話では、体育の時間ですら結っていないようだ。
その理由は……直接教えてもらった俺と司は知っているのだけど。
むしろ、知っているからこその……『驚き』だった。
「そう……ですね」
少し間をあけて、星那さんは頷いた。
「家では、あのように髪を結って生活しているのですが……。人前では、とても珍しいことです。特に今日のようなお祭りの日に、あのような姿を見せるとは……私も同じく驚きました」
「ほーん……」
それはつまり――なにか、大きな心境の変化があったということ。
会長さんの気持ちは分からないが、あの人の中でいろいろな思いが動いているのだろう。
そんな気がした。
「……汗」
「んぇ?」
汗? いきなりなんの話だ?
星那さんの謎の呟きに対して聞き返した瞬間――
「――あ」
「……おや、目が合いましたね」
会長さんと、目が合う。
どうやら向こうもこちらに気づいたようだった。
会長さんは俺を見たあと、隣に立つ星那さんへと視線を移し……少し驚いたように目を見開く。
しかしそのあと、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
そして――
会長さんは俺たちになにかを伝えるように、小さく口を動かした。
その後、パチンとウインクをひとつ残して……教室の奥へと引っ込んで行く。
相変わらずかっけぇなぁ……。
現在の服装と、ウインクの仕草があまりにも合い過ぎている。
俺が男だったら間違いなく惚れてたな。あれ、俺男じゃなくなってる?
――とかいう、ふざけた冗談は置いておいて。
『少し待っていてくれ。落ち着いたらすぐに向かう』
会長さんは、恐らくそう言ってたはずだ。
「沙夜様を待ちましょうか」
「ですねぇ……」
制服へと着替えた会長さんが俺たちのところに来たのは、それから約十分後のことだった。