第307話 青葉昴は無事に見つける
星那さんを探すために、俺は三年生のフロアまで足を運んでいた。
あの人の役割は本来、会長さんのそばにいること。
なにかあれば、即座に動けるように――
だから、少なくとも三年三組の近くにいるはずだと思っていた。
思っていた……のだが。
「……おや。見つかってしまいました」
――驚いた。
まさか、一切の模倣をすることなく……
星那椿のまま、ただ廊下に立っているなんて。
誰かに成りきり、人混みに溶け込む。
まるで影のように、気付かぬうちに『そこ』にいる。
それこそが……俺の知る星那椿だったのに。
だけど今、星那さんは――
窓辺に寄りかかり、穏やかな表情でこちらを見ていた。
その姿に、俺は思わず息をのむ。
廊下には笑い声や呼びかけが飛び交い、行き交う人の流れは絶えない。
だけど星那さんの立つその一角だけが、まるで時間が止まったかのように……静謐だった。
その光景は、たしかに俺の目を奪っていたのだ。
って、なに考えてんだ俺は。
余計な思考を振り払い、俺は星那さんのもとへと歩いて行く。
「あんな厄介な条件を付けてくるもんだから、トリッキーな隠れ方でもしてると思ったんですけどね」
通行人一人一人をじっくり観察する覚悟もしていたし、それなりに労力は必要だろうと思っていたんだけども……。
「私もどうしようかと思っていたのですが……。考えごとをしていたら、つい時間が経ってしまいまして」
「考えごと?」
「はい。どうすれば、この世の富と名声をすべて手に入れられるのか……と」
「絶対嘘じゃん。大嘘じゃん。いつからそんな大海賊みたいな人になったんすか」
なにを考えているのか知らないし、そもそも本当のことなのかどうかすら怪しいけど――
まぁ、すんなり見つけられたならそれでいいか。時短出来てハッピー。
そもそも、星那さんの考えを分かった試しがないし。
どうせ会長さんのことでも考えていたのだろう。
だとしても、すんなり見つけられてしまったことは……驚きだけども。
それにしても、この人……。
どうして、こんなに穏やかな顔をしているんだ?
なにかを嬉しそうに、あるいは喜ばしく感じているかのような……。
どちらにしても、星那さんから『心』のようなものを感じるなんて、なんとも珍しいことだった。
「では、行きましょうか」
「え、どこにですか?」
俺の問いかけに、星那さんは小さく首をかしげる。
「沙夜様をお迎えに行くのでしょう? 貴方様は私が提示した条件をクリアしました。約束通り、ご希望にお応えしましょう」
「あ、あぁ……なるほど」
いろいろ拍子抜けではあるけど、出された条件をクリアした事実は変わりはない。
……不可解なことが多いから、スッキリはしないけどな。
「それに――」
「それに?」
星那さんは俺から視線を外し、周囲をチラッと見た。
「これ以上、じっとここにいると……さらに目立ってしまいそうなので」
……あ。
ふと周りへ意識を向けると、星那さんの言う通り、いくつもの視線がこちらに向けられていた。
いや、こちらというか……正確には星那さんへと向けられた視線だろう。
昨日に引き続き今日も私服姿ではあり、その容姿はやはり周囲を目を引きつける。
クールでミステリアスな雰囲気に、誰もが美人だと答えるであろう圧倒的な美貌。
そしてスタイルまで完璧ときたら……それこそ、モデルかなにかと勘違いされてもおかしくないレベルだ。
同じ空間にいれば、俺まで目立っちまう。
「申し訳ございません……私の容姿が優れているばかりに、注目を集めてしまって」
「ぐぬぬ……事実だからなにも言い返せねぇ!」
マジで事実だから!
というか、そんな自意識の高いセリフを口にしているわりには、表情がまったく変わっていない。
実際、本人は微塵もそんなことを思っていないのだろうが……。
無表情から繰り出されるコミカル発言は、未だに慣れない。
「ですが、昴様の容姿も相まって……かもしれませんよ?」
「ほう。それはつまり、俺様が超絶イケメンってことでいいですか?」
「あ……はい。たしかに地球温暖化は深刻な問題ですね。私たちに出来ることは……」
「うん、なんの話? 話の飛び方酷過ぎない? そっちから話を振ってきたのに?」
淡々と小ボケをかます星那さんに、俺はため息混じりにツッコミを入れる。
ったく……この人を相手にすると、いろいろな意味で疲れる。
俺が呆れた視線を向けると、星那さんがふと口元に手を添え――
「……」
――あれ? もしかして今、笑って……?
「……さて」
しかし次の瞬間には、もういつもの無表情に戻っていた。
俺の気のせいだったのかもしれない。
まぁ……なんでもいいか。
星那さんはこちらを見ると、ゆっくりと告げた。
「期待していますよ、昴様」
……え?
やべぇ、なんの話だ? 期待?
無言で眉をひそめる俺に、星那さんは淡々と続けた。
「文化祭の楽しさ、というものを……私に教えてくれるのでしょう?」
――『汐里祭……いわゆる文化祭の楽しさってもんを教えてあげますよ』
……おい誰だよ、そんなこと言ったヤツ。
テンションに任せて適当なこと抜かしてんじゃねぇぞ。
……仕方ない。
自分で蒔いた種だ。
ここは素直に刈り取るとしよう。
「ふっふっふ、この昴くんに任せてくださいよ! あ、ただし……お安くありませんからね?」
「言い値でお支払いします。おいくらですか?」
「ぐっ……お嬢様の財力恐ろしや……!」
「では……改めて行きましょうか。これ以上、沙夜様をお待たせするわけにはいきませんので」
「へいへーい。了解っす」
軽口もそこそこに、俺たちは並んで歩き出した。
「……」
結局。
どうしてこの人は『星那椿』のままで、俺を待っていたのだろう。
どうしてわざわざ『見つけて』なんて条件を出してきたのだろう。
そして。
――『……おや。見つかってしまいました』
俺が見つけたとき、どうして星那さんはあんなに穏やかな顔をしていたのだろう。
見つけられて驚いたとか。
予想外の事態に困惑したとか。
そういった感情は……一切見えなかった。
いったい……どうして。
いくら考えても――
それだけは、分からなかった。
もしかして。
そもそも、最初から見つけられることを望んでいたのか――?
いや、まさか……な。




