第305話 星那椿は考える
「これは会長さんのお願いであって、俺のお願いではありません」
他人を頼ることが少ない会長さんのお願い。
彼女にとって、とても大切なお願い。
「あの人は、あなたに『祭りを楽しんでもらう』ことを望んでいます。俺と、会長さんと……あなたの三人で遊びましょうよってお誘いですね」
『お気持ちは嬉しいですが……先ほども申し上げた通り、お断り――』
「いいんですか?」
星那さんの言葉を遮った。
『……なにがでしょうか』
「あなたが誰よりも慕い、誰よりも想っている会長さんの願いを断っても……いいんですか?」
星那さんの考えていることは、よく分かる。
自分なんかのことを考える必要はない。
自分なんかに時間を割く必要はない。
そんなものより……ほかのことを気にして欲しい。
ほかのことで楽しんでいて欲しい。
『笑顔』の条件に――自分は必要ない。
そう思う気持ちは……分かる。
正直、めちゃくちゃ分かる。
恐らく星那さんは、このあと再び断ってくるだろう。
なぜならば――
『沙夜様の願いだからこそ……お断りするのです』
ほら、な。
予想通りだ。
「自分とあの人は対等ではない。だからこそ、肩を並べて楽しむ時間なんて不要。あの人を想うからこそ、違うところを見て、笑っていてほしい――ってか?」
『……』
沈黙。
それはつまり、肯定を意味していた。
あぁ……面倒くさい。
この意思の強さ。
この純粋な想い。
うざいくらいに折れない、真っすぐな心。
分かる。
分かってしまう。
この人と話していると……胸騒ぎのような感覚に襲われるんだ。何度も……何度も。
――『お気遣い、ありがとうございます』
昨日見た、あの寂しげな背中が……脳裏に残っていた。
――『消えていたはずの光。見失っていたはずの自分。椿のなかで芽生えているそれを……私は見逃したくはない。絶対にだ』
――『いや、キミがいい。私がそう望んでいる』
頭に過ぎるのは、俺を真っすぐに見つめる……あの赤い瞳。
想い合う二人。
近くて、遠い二人。
思っていることは同じなのに。
互いのことを大切に思っているのに。
同じ方向を向くことなく――背中合わせで立っている。
この人たちと関われば関わるほど……どうしようもない苛立ちが湧き上がる。
まるで……どこかの誰かを見てるようで。
「……なら、誘い方を変えましょう。これでも嫌って言うなら、もう俺はなにも言いません」
元より、無理強いをするつもりなんて微塵もない。
これが最後だ。
「星那さん、以前言いましたよね? 一般的な学生体験とは無縁だった――って」
『……言いましたね』
先日、星那さんと出かけたときに聞いた言葉だった。
その言葉、そして昨日の姿……。
それらを思い返しながら、気が付けば俺は――
「汐里祭……いわゆる文化祭の楽しさってもんを教えてあげますよ。だから、少しだけでもいいんで俺に付き合ってください。これは星那沙夜の頼みではなく……青葉昴個人の頼みです」
どうしてここまでしているのか、自分でもよく分からない。
こんなことをしても、俺の目指す場所にはたどり着けない。
この物語において、俺の今の行動に意味はない。
もちろん、会長さんや星那さんへの借りを返すためではある。
会長さんの頼みを聞かないと、のちのち面倒なことになりそうだから……という気持ちもある。
――けれど。
言葉に出来ない焦燥感のようなものが……ずっと心の奥で渦巻いていた。
『昴様の頼み……ですか』
「そうです。無理なら無理でいいっす。そしたら話は終わりなので」
『ちなみにですが……付き合ってください、というのは愛の告白でしょうか? それなら丁重にお断りしなければいけませんが……』
「んなわけあるか! 自意識過剰か!」
『唯我独尊、が私のモットーでございますので』
「絶対嘘じゃん。そんなわけないじゃん。星那さんとは一番程遠い言葉じゃん」
めんどくせぇ……。
まぁ、俺の頼みだからって了承されるとは思っていない。
別にそんな期待なんてしていない。
――のだが。
『……ふふ』
小さく聞こえてきたその声が、俺の耳に届いた。
この人、今……笑って――?
『かしこまりました』
……え?
『昴様の申し出、お受けいたします』
「マジかよ」
『えぇ。マジ、でございます』
自分でも驚くほど、拍子抜けしてしまった。
あんなに即答で断ってきたのに……。
どういう心境の変化だ?
『ただし、条件があります』
「条件?」
『これから私が出す条件をクリア出来たら……貴方様、そして沙夜様と一緒に汐里祭を回ることを約束しましょう』
うわぁ……なんかややこしいことになってきたんだけど……。
条件ってなんだ……?
お金は全部お前が出せ、とか?
愛しの沙夜様と一言でも会話をしたら刺すぞ、とか?
ちょっとでも楽しくなかったら顧問弁護士を呼ぶぞ、とか?
「……で、条件ってなんすか?」
恐る恐る尋ねると――星那さんはさらりと言った。
『私を――見つけてください』
……んぇ?
一瞬、意味が分からなかった。




