第302話 青葉昴は確認する
「相変わらずシスコンねぇ……司のヤツ」
ふと、後ろから月ノ瀬のため息まじりの声が聞こえてくる。
俺が振り返ると、月ノ瀬が呆れた様子でドアのほうを見つめていた。
その言葉に、俺は「そんなん今更だろ」と同じく呆れテンションで返事をする。
「でも、司のシスコンばかり目立ってるけど……。志乃ちゃんもちゃんとブラコンだからな」
司が普段からあまりにもアレだから目立っていないだけで……。
志乃ちゃん自身、司のことが大好きだ。
付き合いの長い俺は、学校以外での朝陽兄妹の姿もよく知っているわけで……。
良いことがあればお互いに報告し合い。
悩みがあれば相談し合う。
つらいことがあったとしても、二人でちゃんとここまで乗り越えてきた。
司にとって志乃ちゃんが支えになっているように……。
志乃ちゃんにとっても、司は間違いなく心の支えになっている。
親友だの、昔馴染みだの、そういうものを一切抜きにして……客観的に見ても二人の関係性は素敵だと思う。
見ていて微笑ましいくらい、あの二人は仲良し兄妹なのだ。
――だからこそ。
この先志乃ちゃんになにかあったとしても……そばには司がいる。司がいてくれる。
だから……なにも心配することはなかった。
「仲が良くていいじゃない。私にはきょうだいがいないから、ちょっと羨ましいくらいわ」
「あー、お前一人っ子っぽいもんな。じゃあ、俺のことを『昴お兄ちゃん♡』って呼んでもいいんだぜ?」
「え、きもちわる」
「やめて。素の反応やめて! あたしだって傷つくのよ!?」
おっと。乙女昴ちゃん失礼。
「あいにく、私が欲しいのは弟か妹よ。呼ぶならアンタが『玲お姉ちゃん』って呼びなさい」
「姉御♡」
「だからそれはやめなさいって言ってるでしょ」
「師匠♡」
「誰が師匠よ。姉要素がどこにもないじゃない」
でも実際、たしかに月ノ瀬には妹というより姉っぽい。
雰囲気や性格、普段の言動などなど……『お姉ちゃん感』がすごいもんな。正確には姉御感だけど。
もしも、こんなに頼りになるお姉ちゃんがいてくれたら、人生いろいろ安心出来そうだな。怖そうだけど。
――さて、と。
雑談はこの辺にしておいて。
「月ノ瀬、それと……蓮見」
「なによ?」
「あっ、私? どうしたの青葉くん?」
月ノ瀬だけではなく、蓮見にも声をかける。
椅子に座って渚と雑談していた蓮見が、俺を見上げて首をかしげた。
特に名前を呼んでいない渚も、こちらを見ている。
今回は渚に用がないからスルーするとして……。
「お前ら、このあとって誰かと回る予定でもあんの?」
「うん! 私はるいるいと一緒に回るんだ~! ね、るいるい!」
「そうだね」
仲が睦まじいことで。
仲良し親友コンビ万歳。
「月ノ瀬は?」
「私は日向と。昨夜連絡があって、そのときに誘われたのよね。断る理由もないし一緒に遊んでくるわ」
「お~日向ちゃんと! さすが師弟コンビだね!」
「誰が師弟コンビよ」
「……月ノ瀬の姉御」
「留衣? ボソッと言うのやめなさい?」
ほーん、月ノ瀬は日向と一緒か……。
それはちょっと予想外だったぜ。
やっぱり日向のヤツ、なんだかんだで月ノ瀬のことを慕ってるみたいだな。
月ノ瀬自身も日向のことは『手がかかるけど、放っておけない可愛い後輩』……みたいに思っていそうだし。相性は合ってるっぽく見える。
思えば姉御だの師匠だの……月ノ瀬をそんな風に呼び始めたのは日向だった。
「それで昴、用はそれだけ? 私たちになにかあるの?」
「あぁ……」
ここまでは、あくまで前フリ。
俺は二人に視線を合わせ、静かに口を開いた。
これ以上の寄り道はなし。単刀直入だ。
「お前ら――『後夜祭』、どうするつもりだ?」
その一言に、月ノ瀬と蓮見がピクリと反応する。
渚もハッとしたように二人の顔を見て、息をのんだ。
細かく言葉にしなくても、俺の言いたいことは伝わっているはずだ。
後夜祭――その一言で。
知りたいのは……ただ一つ。
お前たちの意思だ。
「……」
「……」
二人は互いに顔を見合わせたあと、再び俺へと顔を向ける。
その顔はとても真剣で……。
瞳には――覚悟のような光が宿っていた。
橙色の瞳。
空色の瞳。
美しい二つの輝きが――俺を見つめる。
そして、ゆっくりと。
口を開いた。
「―――」
「―――」
静かに紡がれた『答え』を前にして……。
「ぇっ……」
渚が思わず、声を漏らした。
そして俺は……目を細める。