表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
407/475

第301話 朝陽司はあえて感謝を伝える

 さて……と。


 いろいろ長かったが……これが『最終日(さいご)』だし、改めて気合を入れていこう。


 まだ終わったわけではない。

 まだゴールに辿り着いたわけではない。


 たとえ結果がどうなろうとも――


 俺は俺に出来ることをただ全力に……。


 最後まで、俺のままで走り切るだけだ。


 × × ×


「おーおー。昨日より人が入ってるんじゃねぇの、これ?」


 二年二組の教室のドアから廊下を覗き、俺は感心したように呟いた。


 汐里祭二日目が幕を開けて、現在は午前の自由時間。


 昨日にも増して校内は熱気に満ちていて、各クラスの元気の良い呼び込みの声も聞こえてくる。


 先ほど見かけた感じ、井口や小西のクラスも人が並んでたし、アイツらも忙しくなりそうだな。


「昴」

「うい? どうしたよ」


 スマホを弄っていた司が顔を上げて、俺の名前を呼んだ。


 今は実行委員の担当時間ではないようで、司と月ノ瀬は二人とも教室でくつろいでいた。


 月ノ瀬、渚、蓮見の三人は女子トークで盛り上がっていて、教室内全体はどこか平和な空気に包まれていた。


 あと数時間もすれば、午前の部の公演が待ち構えている。


 各々そこに向けてコンディションを整えているようだ。


 SNSを見た感じ、俺たちの劇が目当てでやって来る観客も多そうだからな。


 司はまだ緊張している様子はなく……落ち着いた様子で俺に質問を投げかけた。


「お前、このあと予定あるのか?」

「なんでそんなこと聞くんだよ」

「別に理由はないよ。ただの雑談だ。……で、どうなんだ?」

「ひみつ♡」

「……………」

「無言で引くのやめろ。せめてリアクションちょうだい!!」


 ジトーっと冷たい目を向けてくる司に、思わずツッコミを入れる。


 このあとの予定……ね。

 まぁ、あるにはあるけど……。


 今ここで話しても、ややこしくなりそうな気がする。


 となれば、ここは適当に躱すことが無難だろう。


「そういうお前はどうなんだ……よ」


 そう聞いた瞬間、俺は言葉を詰まらせた。


 なぜか?


 それは俺が質問をすると同時に――


 司がニコォ……と、それはもう『満面のハッピースマイル』を浮かべたからだ。


 あぁ……うん。

 一瞬で分かったわ。


 この顔を見ただけで、このあとなにがあるのか分かったわ。


「志乃が誘ってくれてさー! 一緒に回ってくる!」

「だと思ったわ」


 司くん、ニコニコである。

 

 目をキラキラさせ、言葉遣いも無邪気な少年みたいになっていた。


 相変わらずのシスコンっぷりに、俺はくくっと笑う。


「それなら、妹と一緒に楽しい思い出を残してこいよ。お兄ちゃん?」

「誰がお義兄ちゃんだおい。それは許してないぞ!」

「絶対『おにちゃん』の字、違っただろ。めんどくさ。めんどくさいよこの兄」


 大好きな妹と一緒に汐里祭デートとか……。


 そりゃあ、こんなに上機嫌になるのも頷ける。


 志乃ちゃんも志乃ちゃんで、日向たちや俺以外にも、兄と過ごす時間をちゃんと作ろうとしているのだろう。


 司はいつも穏やかで優しい男だが、妹が絡むとより一層優しく……それでいて、楽しそうな顔つきになる。


 それは兄だけではなく、志乃ちゃん()も同様で――


 ……二人を見ていると、『家族』というものに血の繋がりなんて関係ないのだと思い知らされる。


 素晴らしい兄妹だよ、ホントにな。


「じゃ、俺はそろそろ志乃を迎えに行ってくるよ」


 司はスマホをポケットにしまい、席を立った。


 誰かと連絡を取ってるように見えたが……なるほど、志乃ちゃんか。分からんけど。


「おうよ、楽しんでこい。志乃ちゃんによろしくな」

「うん」


 そう言って、司がドアのほうに向かおうとした――そのとき。


「……あ、そうだ昴」

「んだよ」


 司はなにかを思い出したかのように表情をハッとさせて、再び俺を見た。


「志乃のやつ、昨日すごく喜んでたよ」


 ふっと笑みをこぼして、司は話を続ける。


「お前と過ごした時間のこと、家で楽しそうに話してくれた」

「……んな報告いらねぇって」

「兄としてはちょっと複雑だけどな。でも……志乃が楽しいと思えることが一番だから」

「そうか」

「そうだよ。だから……ありがとな、昴。やっぱりお前が『相手』で本当に良かった」


 穏やかに、優しく、真っすぐに。


 妹を想い。

 

 そして――親友を想い。


 司はいつだって、俺たちのことをよく見ている。


 俺の事情を誰よりも理解していながらも……感謝の言葉を惜しまない。躊躇することなく、何度でも口にするのだ。


 『ありがとう』――と。


 それに対して、俺がどんな反応を見せるかなんて……分かり切っているはずなのに。


 俺を対等な存在だと思っているからこそ……。

 対等な親友だと思っているからこそ…。


 司は俺に対して決して遠慮することはないのだ。


 文字通り、『想いは言葉にしないと伝わらない』――ってところか。

 

「ほれ、さっさと行け。お前が迎えに行かないと、志乃ちゃんが知らない男にナンパされちゃうかもしれねぇぞ?」

「なっ……! それは絶対に許せないぞ! 待ってろ志乃、今お兄ちゃんが行くからな!」


 先ほどまでの、穏やかモードはどこに行ったのやら――


 司はくわっと目を見開き、勢いよく教室を飛び出して行った。


 ……妹絡みだととことん情緒が迷子になるな、アイツ。


 あんなテンションで来られたら、流石に志乃ちゃん『え、兄さんキモッ』って言っちゃうでしょ。そんな志乃ちゃんヤダ!


 ……人によってはご褒美なのか? 口が悪くなった志乃ちゃんもアリなのか?


 ま……とりあえず。


 せいぜい楽しんでこいよ、朝陽兄妹。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ