第298話 渚留衣は安心する
少し間をあけて──
「そういえば、小西と会ったぞ」
「え」
何気ない一言。
それに対し、驚きや困惑が込められた『え』とともに、渚が勢いよくこちらを向いた。
俺はニヤリと笑い返し、話を続ける。
「お前といろいろあった……あの小西だ」
「……なんで」
渚の疑問はごもっともである。
秘密にする理由もないし、素直に話してやることにしよう。
「志乃ちゃんのリクエストに応えて四組に行ったんだよ。んで、そんときたまたま顔を合わせた」
まさか……と思ったら、本当に顔を合わせることになったからな。
それも、あんな意外な形で。
「あの件で反省したせいか、すっげぇ穏やかなヤツになってた。多分……アレが素なんだろうな」
「そうなんだ……」
「ああ。森少年とも改めて話をしたみたいで……。アイツらなりに、新しいスタートを切ってるみたいだぜ」
現在の小西の姿を見たら、きっと渚は驚くことだろう。
えぇぇぇ!? あの小西さんがこんな知的雰囲気のギャルに!? って腰を抜かすに違いない。
そのまま眼鏡が割れてもおかしくない勢いだ。
……ギャグ漫画かな?
――冗談は置いておいて。
実際、自分の行いを顧みて行動を改めるのは簡単なことではない。
自分がやってきたものの程度は大きければ大きいほど……その壁は高くなっていく。
小西や森君は……その壁を越えようともがき、歩み始めている。
そのつらさや覚悟、苦しみは……俺にも分かる。
ま、せいぜい頑張れ。
自分を変えて前に進むか、変えられずに潰れるかは……お前たち次第だ。
「だから……もうあんなことは起きねぇと思うぞ。だから安心したまえ、るいるい」
腕を組み、ドヤ顔を見せつける。
すると渚は反射的に顔をしかめた。
「安心したまえって……原因の一端を担ってたヤツがそれを言う?」
「おっと」
「大元の原因は小西さんと森君? ……だけど、焚き付けたのはあんたでしょ。どんな思惑があったのかは知らないけど」
「おおぅ……痛いとこ突かれるとすばるん困っちゃうん☆」
テヘっと可愛く笑うと、渚が思いっきり嫌そうな顔をした。失礼な。
――まぁ、事実なんだけど。
渚の言う通り、あの一件があそこまで面倒くさく膨れ上がった原因は、すべて俺にある。
そうなるように、俺自身が仕向けたのだから。
渚を泳がせたのも俺。
小西を焚き付けたのも俺。
すべては解決……ではなく解消させるために取った行動だ。
その結果、ああなった――ってわけで。
「ともかく、だ。お前や志乃ちゃんの説得の甲斐あって、小西が真っ当な人間になってたぞ……って話だ」
「あんたもでしょ」
「んぇ?」
渚は間をあけることなく、すぐに話を続ける。
「あんたの言葉も……小西さんに届いてたでしょ。むしろ……あんたの言葉のほうが、小西さんにとって大きかったんじゃないの。知らないけど」
「おいこら最後の一言」
「少なくともわたしはそう思ってる。それに、志乃さんも同じことを思ってるんじゃないの」
「……どうだかな」
淡々と紡がれる言葉を前に、思わず苦笑がこぼれる。
――『昴さんが本音で向き合って、言葉をかけてあげたからこそ……小西先輩も自分を振り返ることが出来たんじゃないでしょうか』
ったく……揃いも揃って似たようなことを言ってきやがる。
「とりあえず、渚にもよろしくって言ってたぜ。四組は占いをやってるから、気が向いたら行ってみろ。アイツの占い、結構ガチだからな」
「分かった、ありがと。……ちょっと安心した」
「安心?」
「うん。小西さんのこと……心配だったから」
……なるほど。
渚の表情を見れば、その言葉が嘘じゃないことはすぐに分かった。
「そうかい。お人好しだねぇるいるい」
「るいるい言うな」
「……むむむ? 『そうかい』と『るいるい』って語呂、よくね? 大発見だぞこれは……!」
「は? バカなの?」
呆れたようにため息をつく渚の横で、俺はくくっと笑う。
俺にも利用され、小西から理不尽に詰められ……。
どうすればいいか悩み、一人で問題を抱えた。
そして志乃ちゃんを守るために、苦手としている部類の相手に立ち向かった。他でもないコミュ障のお前が……だ。
小西望の一件においては――渚。
一番頑張ったのは、間違いなくお前だと思うぜ。
俺がどうとか、志乃ちゃんがどうとか……それ以前に。
お前が小西から逃げなかったからこその――現在だからな。
アイツの謝罪や感謝の言葉を、もっとも受けるべき人間はお前だ。
……ま、こんなこと本人には言わないけど。
「あっ、青葉! あと渚さんも! ちょっと頼みがあるんだけどいいかー!?」
話が落ち着いたところで、広田が俺たちに声をかけてきた。
どうやら演者組の練習も、ひと段落ついたようだ。
「どうした広田。可愛い女子の紹介なら無理だぞ。お前は黙ってサッカーボール蹴っとけ」
「ひどくねーか!? そんな頼みじゃねーっつの!」
「じゃあなんだよ」
俺が改めて用件を尋ねると、渚も小さく首をかしげた。
「今さ、サンとルナが絡むシーンをやってるんだけど……。二人がいないから、どうもしっくりこねーんだよな」
「実際アイツらいないからな。そりゃそうなるだろ。……で?」
広田はパンッと両手を合わせ、懇願のポーズを取った。
「だからさ、青葉と渚さん……ちょっと手伝ってくれね? 青葉がサン役で、渚さんがルナ役で……練習に混ざってくれよ! 頼む!」
……。
…………。
「「え」」
呆けた俺と渚の声が重なった。
こういうの何度目???