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第296話 朝陽志乃はいつだって彼に寄り添いたい

「――んで、お望みの占いはどうだったよ志乃ちゃん」


 二年四組を出て、少し歩いたところで志乃ちゃんに問いかける。

 

 廊下の人混みは昼頃よりは少なくなってはいるが、それでもまだ混み合っていた。


 でも……三年生エリアの廊下ほどではないな。


 やはり校内でも屈指の人気生徒である会長さんの男装はえぐい、ということですね。


「その……凄かったです。的確に言い当てられたこともありましたし、アドバイスまでいただけたので……」

「だよなぁ。あの小西ちゃんがあんなに穏やかになってて、そっちも驚いたぜ俺は」


 文字や質問から相手の感情を読み取る力。

 それに加えて、自分なりのアドバイス。


 およそ学生レベルを超えているであろう『占い』に、素直に感心である。


 あの調子なら、明日はもっとお客さん来るんじゃねぇかな。


 もっと評判になっていいレベルだろ、アレ。


「それは……昴さんがちゃんと向き合ってあげたからだと思います」

「え?」


 呆けた反応をすると、志乃ちゃんが笑みをこぼした。


「昴さんが本音で向き合って、言葉をかけてあげたからこそ……小西先輩も自分を振り返ることが出来たんじゃないでしょうか」

「えー、そうか? 俺なんかより君や渚の功績のほうがデカいだろ」


 志乃ちゃんや渚がアイツらを許す選択をしなければ、俺は別の行動を取ったに違いない。


 この結果は、二人の優しさがあってのことだ。


 俺はただ……そこに乗っかっただけに過ぎない。


「そんなことありませんよ。私には分かりますから」

「なんで? ……はっ! まさか志乃ちゃんも占いに目覚めた……!? 『占いの館・シノ』開業フラグ……!?」

「ち、違いますから……!」


 でも志乃ちゃんは占い師というより……カウンセラーのほうが向いてそうだ。


 相手を信じ込ませるそれっぽい言葉や、良くも悪くも相手を誘導するような巧みな話術なんてとても出来そうにない。


 この子は嘘をつけないし、なにより相手の痛みを自分の痛みとして寄り添える子だ。


 カウンセラーとか教師とか……そっちのほうが向いてそうではある。


 ……養護教諭とか似合いそうじゃね? 白衣を着た大人な志乃ちゃん……見たくね?


「と、とにかく……私には分かるんです!」

「分かるの?」

「はい。女子の直感と言いますか……なんていうか……」

「なんていうか?」

「~~~~!! 昴さんには内緒っ!」


 志乃ちゃんは俺からふいっと顔をそむけ、頬を膨らます。可愛い。


 うーむ……。


 これもまた、複雑な乙女心――というものだろうか。


 志乃ちゃんは『むぐぐ……』と口を結んだあと、モヤモヤを吐き出すようにため息をついた。


 そして……視線を落として――ポツリと呟く。


「『自由』に寄り添ったり、一緒に歩いてくれたり、時には背中を叩いてくれる存在……」


 それはつい先ほど、小西から言われたことだった。


「昴さん」


 穏やかな声で、俺を呼ぶ。


「どしたよ」

「昴さんの強さにも、弱さにも……私はありのままの昴さんに寄り添いたいって思ってる。一緒に歩きたい……って思ってる」


 ――一瞬、周囲の音が聞こえなくなる。


 それほどまでに、志乃ちゃんの言葉は真っすぐ俺に飛んできた。


 優しさや、好意。


 さまざまな感情が含まれた――言葉を。


()()()()()に……いつか自分以外の『誰か』と答えられるように……。願わくば……それが私だったら嬉しいけど――」


 最後の質問。


 自分がもっとも安心して接することが出来る対象を問う――あの質問。


 少し恥ずかしそうに志乃ちゃんは視線を逸らし、息を吸って……吐いて。


 呼吸を整えたあと、もう一度俺を見た。


 綺麗な桃色の瞳が――こちらに向けられる。


 俺はなぜか……目を離すことが出来なかった。


 志乃ちゃんは綺麗に微笑みを浮かべ――



「私はいつだって、昴さんの隣にいるからね?」




 もうそこには、出会った頃の面影はなく。

 

 笑顔がよく似合う、素敵な女の子の姿があった。


 朝陽司の妹――それだけだったのに。


 いつからだろうか。


 こんなにこの子を……見守っていきたいと思うようになったのは。


 一人の女の子に対して、ここまで大切だと思ったのは初めてだった。


 たとえそれが、彼女が抱くもの(恋愛感情)とは異なる感情だとしても。


 それだけは……事実だった。


 あぁ……そうか。


 この子はもう……こんなにも穏やかで、綺麗で、素敵な笑顔を浮かべられるようになったんだな。


「そりゃあ――」


 乾いた笑いを浮かべて……俺は……。




「……頼もしいな」




 そんな薄っぺらい言葉で返事をすることしか出来なかった。


 心がこもった、温かい言葉。

 相手を想った、温かい感情。


 その温かさを理解出来ない今の俺には――きっと。


 彼女たちと、向き合うことなんて出来ないのだろう。


 たとえ向き合ったところで、俺程度の人間には……なにも返すことが出来ないのだから。


 × × ×


 ――その後、汐里祭が終わるまで俺は志乃ちゃんと共にいろいろな場所を回った。


 各クラスの出し物や、ただベンチに座って雑談など……。


 何気無い……本当に何気無い時間を過ごした。


 途中、志乃ちゃんが見せてくれたあの言葉と――




『昴さん、楽しいね!』




 満開の花のように、無邪気に笑うあの笑顔を――


 俺はこの先も、恐らく忘れることはないのだと思う。


 渚や小西の変化。

 井口と伊藤君の現状。

 司の優しさ、志乃ちゃんの思い。

 会長さんや、星那さんが抱えるもの。


 さまざまな記憶や記録を、俺のなかに刻んで――


 汐里祭一日目は終わりを迎えた。


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