第293話 青葉昴は厄介らしい
「これまであたしが占ってきた人のなかで、ダントツで厄介な人間よ」
さて――
青葉昴くんのターン、ついにスタート! ……だったのだが。
どうやら最悪のスタートを切ってしまったようです。
「じゃあ……青葉、改めて準備はいい?」
「やだ! すばるやだ!!」
「昴さん」
「はい。準備バッチリです。いつでもどんとこいです」
駄々っ子戦法、失敗☆
小西は志乃ちゃんのときと同じように、一枚の紙を持ち上げる。
そこには俺の名前と、三つの質問への答えが書かれている。
「……いい? これはあくまで占いよ? 占いだからね? 変に信じないでね?」
「おい。そんな逃げ腰な占い師初めて見たわ」
「なんだか……私もまた緊張してきちゃいました……」
「俺の分まで緊張しておいて志乃ちゃん」
変に信じないで? って前置きが逆に怖い。
こんなことを言う占い師とか、むしろ面白過ぎるだろ。
どんだけヤバい結果が出たんだよ……って話だよな。
姿勢を正した小西の真っ直ぐな視線が俺に向けられる
その目には、どこか不安や心配が混じっているように見える。
「まず、青葉は……基本的に他人に心を許していないわね」
「あの、先生。いきなり言葉のナイフを投げてくるの、やめてもらっていいですか???」
『厄介な人間』と評された直後のこの剛速球。メジャーリーガーもビックリするほどのストレートである。
ド直球……それで鋭利過ぎる言葉に、俺は驚きより先に笑いがこみ上げてきた。
――他人に心を許していない、と来ましたか。
ここまですべて適当に対応したつもりだったけど、祭りの雰囲気に釣られて、多少本音が滲んでしまったのかもしれない。
だけど、どんなに切り込まれたって――
どう言われようが、どう思われようが――
今となっては、それすら些細なことだ。
好きなだけ『青葉昴』について話すといい。
「あなたに書いてもらった『名前』から読み取れることは――」
「読み取れることは?」
「他人に自分を知られたくない、自分を見せたくない……って感情ね。本当は上手く書けるのに、わざと崩して書いているような……そんな感じに見えるの」
小西は紙面を見ながら、ゆっくりと言葉を選ぶように話す。
一語一語が妙に重いせいか、隣の志乃ちゃんがなんとも言えない表情をしていた。
「青葉、あなた……今まで本気で丁寧に文字を書いたことある? 綺麗な文字を心がけたことってある? もしあるなら……それっていつ頃?」
「……あー、パッとは出てこないかもな」
「……なるほど」
小西の問いかけに、俺は咄嗟に思い出すことができなかった。
字に心を込めた記憶――
……。
…………。
――恐らく、ない。
学校の提出物やテストとかで、たまに『ちゃんと書いておくかぁ』と思った程度で、それが本気かと問われれば……間違いなくノーだ。
すべて義務感から来るもので、自分から丁寧な字を心がけたことは……うん、ないな。
空気が重くなったことを察し、俺は眉をキリッとさせた。
そして顎に手を当てて、真面目ぶったポーズをとる。
「ふむ……。つまり、ミステリアス系イケメンってことでよろしいか?」
「良く言えばそうなる……かもしれないわね」
「悪く言えば?」
「えっ……と……」
「よっし、言葉を選ぶレベルってことだな! ……先生、先に進んでください」
適当に書いた『青葉昴』という文字だけで、ここまで読まれるものなのか。
丁寧な字、綺麗な字……それに伴う心の在り方。
ただの筆跡に、そんな大層な意味が宿るものなのか。
たかが文字、されど文字――
侮ることなかれって感じだな。
「次に色についてだけど……青葉は『青』でいいのよね?」
「ああ。特にこだわりはないけど、それでいいぞ」
パッと思いついたものが『青葉』だったから、そこから取ってきただけだ。
たしか志乃ちゃんの好きな色であるピンクは、安心とか幸福とか……そんなことを言ってたよな。
果たして青は……?
「青は『忠誠心』や『知性』『冷静さ』などを表す色とされているの。もしも無意識に選んだのだとすれば、あなたの内面や本質を表しているのかもしれないわね」
「おぉ、なんかかっけぇなそれ」
忠誠心、知性、冷静さ。
字面だけ見たらめっちゃかっこよくない?
強キャラ感すごくない?
ここまでの情報を合わせると、現状クール系ミステリアスイケメンボーイってことで合ってる? 合ってるよね? ね?
「うーん……でも、あなたの『文字』と照らし合わせると、ちょっとアンバランスなのよね……。だからこそ、逆にあなたが掴みどころがない所以なのかも……? じゃあむしろ合ってる……?」
小西は思案するように口元にペンを当て、志乃ちゃんへと視線を送った。
「朝陽さんから見てどう? 青葉はそんな感じする?」
「忠誠心……」
呟くように、言葉を漏らした。
忠誠心……って言ったか?
「ん?」
「あっ、いえ……その、昴さんは頭もいいですし、普段はふざけていますが……大事なときには落ち着いている人なので……間違ってはないのかなと……!」
「そう……」
表情をハッとさせ、志乃ちゃんは慌てた様子で答える。
知性や冷静さを表す青。
他人を信用しない感情が出ている文字。
ここまでの小西の言い方から察するに……なるほどなるほど……。
たしかに厄介そうなタイプだなぁ、わし。
なんて、他人事のように俺は言葉を流す。
「和樹も言ってた『誰かのためにあそこまで出来る』っていう部分が、もしかしたら『青』の理由なのかもね」
「つまり、知性溢れるイケメンミステリアス系イケメンってことでいいか?」
「あなた話聞いてた……? それ何回目……?」
聞いてる聞いてる。
集中しまくって聞いてますとも。
つぶらな瞳で頷き返すと、小西は少し呆れた様子でため息をついた。
ついにコイツにまでため息をつかれるようになったぞ、俺。やったぜ。




