第278話 朝陽志乃は相変わらずピュアである
司に対して感じた違和感。
渚の成長。
周囲の環境、そして人間たちは徐々に……徐々に変化を見せていく。
気掛かりなことは多くあるが――
今はそれよりも、彼女のところに行かなければ……。
× × ×
「ひゅー! 美人さんはっけーん! そこの黒髪のおねーちゃん、暇なら俺と遊ばね?」
「え、えっ! あ、ご、ごめんなさい、私――って、昴さん……!?」
諸々の都合が終わり、体育館の外にやってきた俺は、一人で待っている志乃ちゃんを見つける。
そんな志乃ちゃんに俺は、チャラ男のようなテンションで声をかけた。
案の定、突然の事態に焦りまくっていた様子だったが……俺の顔を見た瞬間、驚いたように目を見開く。
へっへっへ……ドッキリ大成こ――
「――昴さん」
空気が――凍る。
…………。
人通りが多く、ガヤガヤと騒がしい雰囲気……のはずなのに。
志乃ちゃんが俺の名前を呼んだ瞬間、周りが一斉に静かになった。
いや、実際は全然そんなことないんだけど。すべて俺の思い込みなんだけど。
そう思ってしまうくらい……志乃ちゃんの低く、冷たい声が……俺のハートに直接攻撃を仕掛けてきた。
にっこりと笑って、志乃ちゃん様は素敵な素敵な笑顔を私めに向けてくださる。
「そういうの……私、よくないと思います。――ね?」
「ほんっっっっとにすみませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!」
人が多い体育館外。
老若男女問わず、行き交う来場者。
彼らの視線を一身に集めて、一人の美少女に深々と頭を下げるイケメン男子高校生がそこにはいた。
……つーか、俺だったわ。
「も、もう昴さん……! 目立っちゃうのでやめてください……!」
「さああせんでしたああああああ!!」
「昴さんっ! と、とりあえず場所移しますよ……!」
周りをキョロキョロと見て、志乃ちゃんは羞恥で顔を赤くする。
……ちょっと目立つの楽しくなってきちゃったな。
「ほ、ほら行きますよ……!」
「うぉぉっ……!」
ガシッと……小さな手が俺の手を掴んだ。
目立ってしまったことで焦り出した志乃ちゃんは……俺の手を掴んで早足で歩きだす。
俺はただ引っ張られるようにして、そのあとを付いて行った。
× × ×
場所を移動して――一階の廊下。
人通りがまだ少ないところまで来ると、志乃ちゃんが安心したように息をついた。
「とりあえず……ここまで来れば大丈夫そうですね……」
「うむうむ。そうだな!」
「そうだな、じゃありません! すごく恥ずかしかったんですからね……!?」
ぷりぷり怒ってる志乃ちゃんも可愛いなぁ……。
まぁガチのお怒りモードだったら、可愛いとかそういうこと言ってられないんだけど。
どちらかといえば、今は呆れのほうが強いだろうし……怒りレベルで言えばそこまで高くはないだろう。
これでも付き合いは長いからね。
状態を見ればすぐに分かるわけよ。ふふふ。
「昴さんのああいうところ……本当に直したほうがいいと思います」
「そっかぁ」
「ちゃんと聞いていますか? 私は真剣に――」
「真剣なのはいいんだけど……。あのさ、志乃ちゃん」
遮るように言うと、志乃ちゃんは眉をひそめて小さく首をかしげた。
おっとこれは……さては全然気付いてないな?
別のことで頭がいっぱいになってたから仕方ないんだろうけど……。
俺はなにも言わず、視線を手元に落とした。
「どうかしたんです――か」
俺の視線を辿るように、志乃ちゃんも同じく自分の手元を見る。
彼女の目に映るのは――
未だに繋がれた、俺たちの手だった。
小さな手から、確かな体温が伝わってくる。
離そうにも、あまりにもガッチリ握られていたため離すことができなかった。
「…………」
志乃ちゃんはただ無言で瞬き。
「……………………」
もう一度、瞬き。
そして――
「~~~~~!!!」
可愛らしいお顔が一気に真っ赤っかに茹で上がった。
「あっ、ご、ごめんなさい……! わ、私っ……えっと……!」
「くくっ、めっちゃ慌ててるじゃん志乃ちゃん。かわうぃ~!」
「わ、笑わないでくださいっ!」
あたふたと取り乱し、勢いよく手を離す志乃ちゃんを見て俺は笑う。
面白くて……可愛くて……。
やっぱりこの子はいつも素直で、考えていることがすぐに顔に出てくる。
見ているこっちが微笑ましい気持ちになるところは、この子の魅力だろう。
……何度も話には出しているが、出会った当初だったら全然考えられなかった。
あの絶対零度志乃ちゃんも、今となっては非常に貴重な思い出である。
笑わない。
冷たい。
突き放すような口調。
……マジで今の姿からは想像できないよな。俺ですら驚きだもの。
「ごめんって。そりゃもうがっしり掴まれてたものだから……そんなに俺の手を離したくないのだとばかり! ……なんつって! はっはっは!」
「そ、それは……」
冗談めかして高笑いをするも、志乃ちゃんは顔を赤くしたまま俯いた。
前髪の毛先を指先で弄り、俺のことをチラチラ見ている。
……おかしいな。予想してた反応と違うぞ。
もっとこう……『い、いい加減にしてください!』みたいな反応を期待してたんだけど……。
志乃ちゃんはなにか言いたげな様子で、口をもごもごとさせる。
そして――
「……離したくないに……決まってるじゃないですか……」
超ド級の爆弾を容赦なく落とした。




