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第276話 朝陽司は相変わらずシスコンである

「お疲れー皆の衆! 一回目より良くなってたぜ!」


 舞台袖に向かうと、司たちが撤収作業を行っていた。


 俺が陽気に声をかけたことで、視線がこちらに集まる。

 

 どこ行ってたんだよ青葉ー……とか、お疲れ~……とか、クラスメイトたちからさまざまな言葉が返ってきた。


 それに対して、適当に返事をしていると――


「お疲れ、昴」


 すでに衣装から制服へと着替えていた司が、台本などの荷物を手に持って近付いて来た。


 月ノ瀬や蓮見、渚は道具類の整理をしながらほかの連中と話している。


 ……やっぱり渚のヤツ、マジで交流の幅が増えたなぁ。


 今までだったら大抵蓮見とセットだったのに、今はほかの女子たちと楽しそうに雑談をしていた。


 二年の十月だぞ、むしろやっとかよ……って言われたらどうしようもないけど。


 まぁ、るいるいのことは今はどうでもいいのよ。


「今回は客席で観てたんだろ? 違和感とかなかったか?」

「特にねぇな。客の反応も良かったし、こりゃ明日はもっと増えるんじゃね?」

「そうか。月ノ瀬さんが言った通りになっちゃったら……プレッシャー凄いなぁ」

「体育館をいっぱいに……ってやつだろ? 割と現実的なラインになってきたかもな」


 SNSを見てみたら、午前と比較してさらに感想が増えていた。


 観客数が増えていたのはもちろん、劇全体のレベルも上がっていたことが要因だろう。贔屓目なしに、それは素直に感じた。


 残すは明日の午前、午後の二回。


 このままいけば、マジで体育館埋まるかもなぁ……。


「……そうだな。もっと……頑張らないと」

「おぉ。やる気満々だねぇ」


 司はギュッと拳を握り、呟いた。


 なんだか並々ならぬ想いを感じるが……なんにせよ、やる気があるのはいいことだ。

 

 当初は『俺でいいのかなぁ』と弱音を吐いていた司も、今では立派な主役をこなしている。


 たしかに容姿や演技といった面において月ノ瀬玲という存在感はかなり大きい。


 評価の半数以上は、月ノ瀬に対する声が多いのも事実だ。


 だけど……お前だって全然負けてないんだぜ。


 むしろ、あの月ノ瀬と対等に渡り合えていることを誇ったほうがいい。


「そういえば昴」

「んぁ?」

「お前、このあと志乃と一緒に回るんだって? あいつが嬉しそうに話してたよ」


 司がニヤリと笑い、俺の肩を軽く叩く。


 いつの間にそんな会話を……。


 志乃ちゃんが嬉しそうに話す姿を想像できてしまい、複雑な気持ちになった。


「なにニヤニヤしてんだよ。こんなろくでもない男と遊ぼうとしてるんだぜ? 兄として心配に思えっつの」

「なに言ってるんだよ。そんなの今更言うことか? お前以上に安心して志乃を任せられるヤツはいないよ」


 優しい表情で……司は言う。


「お、お兄さん……!」

「やめろ。俺を兄と呼んでいいのは志乃だけだっ!!! それはお前でも許さないぞ!」

「シスコンめ」


 なんか……同じような話をついさっきもした気がする。

 多分気のせいだな、うん。そういうことにしておこう。


 ……それにしても。


 お前以上に安心して――か。


 その言葉に、俺は冗談めかして答えることしかできなかった。


 司が志乃ちゃん関連のことで嘘を言うことはない。


 シスコン兄貴が誰よりも大事な妹を『任せられる』なんて言うことは……それくらい最上級の評価なのだ。 


 司には悪いが、俺には……重すぎる。


 俺はとても……そんな真っ当な人間ではない。


「つーか、そういうお前こそ……このあと日向と一緒に回るんだろ?」


 逃げるように、俺は話題を変える。


 予想外の質問だったからだろうか。司はすぐに答えることなく、パチパチと瞬きをした。


「そうだけど……なんで知ってるんだ?」

「日向から聞いた。うるせぇくらいに自慢してきたよ」

「あー、なるほど……」


 本当にうるさいくらい話してたからな。


 志乃ちゃんやよっちゃんは、常時アイツの話に付き合わされているのか……大変そうだなぁ。


 俺だったら、途中でスマホを弄りだす自信しかない。


 俺は腰に手を当て、くくっと笑みをこぼした。


「どうせ日向のヤツからしつこく誘われたんだろ? 『行きましょうよ先輩~! あたしと遊んでくださいよ~! きゃるるん~!』みたいな」

「ははっ、今のは日向の真似か?」

「おうよ。似てただろ?」

「本人が聞いたら絶対怒るぞそれ……」


 そんときゃもう、俺様のアイアンクロー炸裂よ。


 ……アレだな。日向に対する扱いが雑過ぎて、そのうち志乃ちゃんにガチで怒られそうだな俺。


 でも、雑なのはお互い様だよな……。


 アイツと関わるようになった中二の頃は、もう少し気を遣ってたと思うんだけどなぁ……。ま、いっか!


 とりあえず日向が話していた通り、司はこれからアイツと会うようだ。


「大変だろうけど……日向の相手、頑張りたまえ。アイツがお前をしつこく誘うのはいつものことだしな」


 遊びに行きましょうよ~! とか。

 お話しましょうよ~! とか。


 日向はいつも、持ち前のハイテンションと強引さで司に絡んでいる。


 それは中学時から変わらない、アイツだけの武器だ。


 司のようなタイプを相手にする場合、日向みたいな性格のほうが案外上手く行くのかもな。


 知らんけど。


「……いや」


 ……ん?


 俯いて、司はポツリと呟く。


「どうした?」

「……なんでもない。それよりも、志乃のことは頼んだぞ。変な男が近付いてきたら守ってくれよ!」

「……」


 一瞬感じた――違和感。


 しかし、具体的にはなにも言えない。


 なんだ? 今の違和感は……なんだったんだ?


 ここで急に黙るわけにはいかないため、とりあえず俺は胸を張ってドヤ顔を見せた。


「任せておきたまえ! あの子は俺の妹みてぇな――」

「だからお前の妹じゃないって言ってるだろ!!!」

「めんどくせぇこのシスコン……」


 カッと目を見開き、司は強く言い放つ。


 普段は穏やかのくせに、志乃ちゃんのことになると俺以上に元気になるなコイツ……。


 うーむ……別に、そこまで変わった様子はなさそうだな。


 表情や雰囲気もいつも通りだし、なにか異変があったようにも思えない。


 やっぱりさっきの違和感は……俺の気のせいだったのか――?

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