第275話 朝陽志乃はしっかり怖い
わーきゃー騒ぐ日向はさておき、俺は次によっちゃんへと目を向けた。
「よっちゃんも久しぶりだな。元気だった?」
「お久しぶりですー昴さん先輩。元気も元気、超元気ですよ」
よっちゃんと話すのは……たしか森君のことについて聞いたとき以来か?
それにしても……。
志乃ちゃんと日向という高レベル美少女と並んでも全然劣っていないあたり、ポテンシャルの高さが伺える。
ロングヘアーの志乃ちゃん。
ツインテールの日向。
サイドテールのよっちゃん。
髪型の違いも、なんだか見ていて面白い。
「それはなによりだ。……劇を観てるとき、変なこと思わなかったか?」
「えー、変なことってなんですかぁ? ぬふふふ……ふふふふ……」
「あーこれ分かってるわ。絶対分かってて言ってるわコイツ」
付き合いが浅い女子相手に、コイツとか言っちゃってるからねもう。
もう俺のなかでよっちゃんは『ヤバい後輩』としてインプットされているため、わざわざ気を遣う理由がないわけで……。
「ちなみによっちゃん的にはー。主役コンビもいいんですけどー……序盤に出てきた男性貴族コンビの組み合わせも結構グッドです」
「やっぱり分かってんじゃねぇか! 聞いてねぇことをわざわざ言わなくていいから!」
「へへ、それほどでもー」
「褒めてねぇから」
というか、その貴族コンビって広田と大浦のことじゃねぇか! なんか余計に複雑だわ!
たしかに司と月ノ瀬を除いたら、ペアであれこれやっているのはアイツらしかいないわけで……。
流石はよっちゃん。例えサブ要因だとしても、カップリング要素は見逃さないやべー女である。
流石とか思いたくないけど。カップリングとか思っちゃった自分自身がちょっと怖いけど。
眼鏡をキラッと光らせるよっちゃんと、ガッツリドン引きしている俺。
対照的な様子ではあるが――
「ふむふむ。よっちゃんって昴先輩と結構仲良いんだねー!」
どうやら日向には仲良さげに見えたらしい。
……コイツはなにを見てたんだ?
どこを見たら仲良しって発想になるんだ?
楽しそうに目を輝かせる日向の一言に、俺とよっちゃんは改めて目を合わせる。
「ですってー、昴さん先輩。私たち、仲良しらしいですよ?」
「はっはっは! そうみたいだなぁよっちゃん! ……マジでやめてくれ日向。それだけはマジで勘弁してくれ」
「ちょっ、おかしくないですか? それどういう意味ですか……!?」
どういう意味もなにも、そのままの意味です。
君と仲良しとか、いろいろな意味で具合が悪くなってくるので勘弁願いたい。
眼鏡越しにカッと目を見開き、よっちゃんが俺との距離を詰めようとしたとき――
「――昴さん、よっちゃん」
鋭く……そして謎の圧を含んだ声が、俺たちの間に割って入って来た。
俺たちはビクッと肩を震わせ、ゆっくり……ゆっくりと声の主へと顔を向ける。
そこには……。
とても可愛らしい笑顔を浮かべてらっしゃる天使様がいた。
おかしいね。笑顔は本当に可愛いのに、どうして恐怖心のほうが勝っているんだろうね。
「本当に……二人って仲が良いんですね?」
ニコニコと、声音も明るく。
しかし……なぜだろう。
冷や汗が止まらない。
俺は志乃ちゃんから目を逸らし、あちこちへと視線を巡らせる。
どこからどう見ても挙動不審男だった。
「えっあ、いやー……別に……。……おいよっちゃんなんとかしろ」
コソコソとよっちゃんに解決要請をするも――
「無理です私の代わりに土下座してください」
「コイツマジで」
この役立たずカプ厨め!!
先輩に土下座を強いるとか良い性格してやがる!
「二人とも、どうして焦ってるの? 仲良しなのはいいことだと思うよ?」
「「はい仰る通りだと思います!」」
二人揃って背筋を伸ばし、高らかに答える。
「こ、こわぁ……」
情けない先輩と友達を前に、日向がポツリと呟いた。
そもそもこうなったのは、お前の余計な一言のせいだろうが!
他人事みたいに見てないでなんとかしやがれ!
――とは言えず。
志乃ちゃんは俺、よっちゃんを順番に見たあと「本当に二人はもう……」とため息をついた。
短時間のなかで二度目のため息である。
やはり俺は人にため息をつかせる天才かもしれない。
「それより、昴さんはここにいて大丈夫なんですか? 片付けとか、そういうのがあるんじゃ……」
「あーうん。だから一旦アイツらのところに行ってくるよ」
撤収作業を全任せ……なんてしようものなら、月ノ瀬の姉御による鉄拳制裁が待ち受けているだろう。
一応軽く手伝って、そのあと改めて志乃ちゃんと合流すればいいな。
「だから志乃ちゃん、一旦体育館の外で待っててもらっていい? 終わったらまた声かけるからさ」
「あ、はっ、はい……! 待ってますね!」
嬉しそうに顔をほころばせる志乃ちゃんに、俺は「うむ」と頷いた。
「おっ? すばしのデート……! これは尊い……!」
「すばし……?」
「あのね、すばしのって言うのは――」
「よっちゃん! だから志乃に変なこと教えなくていいって言ってるでしょー!」
「あっ、ごめんごめん。尊いやり取りを見てつい反応しちゃった」
これに関しては日向に全面同意である。
志乃ちゃんに妙な知識が付いてしまったら流石に見過ごせない。
例えば『やっぱりつかれいですよね! つかはるもありです!』とか志乃ちゃんが言い出したら、俺は頭を抱えることになるだろう。
だからこそ、ナイス日向。
志乃ちゃんがこれからも純粋でいられるかどうかは、親友のお前にかかってるぜ。
……あ、日向と言えば。
なんとなく気になることが浮かんできたため、俺は日向に質問を投げかけてみることにする。
「日向、お前は司と一緒に回らねぇの?」
何気ない問いだったのだが――
「ふっふっふ……」
俺の質問を受けて、日向は突然笑い出した。
「その質問を待っていました!」
うわ面倒くさそう。
「よっし。じゃあ志乃ちゃん、また後でね」
「ちょちょちょ! 聞いてくださいよー! あたしの青春トークに興味持ってくださいよ~!」
「…………えぇぇ」
「すっごく嫌そうこの人!!!」
どうせ聞かないとずっと騒いでるんだろうな……。
顔を見れば想像は出来るが、一応先輩として聞いておいてやるか……。
俺って優しい先輩だなぁ。
「で? なに? ひょっとしてこれから司と?」
「そうなんですよぉ! 司先輩と~! これから待ち合わせて~! あとあと――!」
答えるのはやっ。テンションたかっ。
日向はより一層瞳を輝かせ、早口でいろいろ話し始める。
「ふふ。日向、ずっと兄さんの話ばかりなんですよ?」
「ほんとほんと。お兄さん好き好きオーラ出まくってますもん」
「マジかよ。簡単に想像出来るなそれ……」
……ま、でも。
好きなヤツと一緒に遊べるっていうのは、それだけで嬉しくなるのだろう。
特に日向の場合、司が関わると分かりやす過ぎるくらいテンションが上がる。
それは中学の頃から現在までずっと変わっておらず……。
伊達に数年間片想いしてるわけじゃないってことだな。
俺としては……嬉しい限りだ。
「日向」
「な、なんですか! まだ話の途中だったんですけど!」
悪い、その話は全然聞いてなかった。
なんかいろいろ話してたけど、まったく聞いてなかった。
日向の事情よりも、俺にとって大切なことは――
「司のこと、楽しませてやってくれ。お前そういうの得意分野だろ?」
誰かを楽しませる、という分野においては日向がナンバーワンだろう。
コイツは自然に振る舞っているだけで周囲を明るくするタイプだし、自分だけじゃなくて相手にも楽しい気持ちを共有できるヤツだ。
そのあたりの点について、まったくもって心配していなかった。
お前はただなにも気にせず、自分が好きなように全力で遊ぶといい。
それだけできっと、司も楽しむことに繋がる。
頼んだぜ、後輩。
「はいっ! 任せてくださいよー! 昴先輩こそ、志乃のこと任せましたからね!」
「おうよ。ぐへへへ……たっぷり可愛がってやるぜ……」
「す、昴さん……!?」
「やっぱり任せちゃダメな気がしてきました」
とは言ったものの、志乃ちゃんとどこを回るかなぁ。
ちょっと考えてみるか……。
「あ、よっちゃんはどうするの?」
「私? 私は別の友達と約束してるからそっち行くよー。二人の青春は邪魔しないから安心してっ!」
「せ、青春って……」
「えへへ! あとでいっぱいお話してあげるねよっちゃん!」
「うんうん、楽しみにしてるねー。……頑張ってね、二人とも」
よっちゃんは友達二人に向かって、パチンとウインクをして見せた。
頑張ってね……とは、考えるまでもなく『そういう意味』なのだろう。
……頑張られたところで、俺が返せるものはなにもないのだけど。
二人の恋する乙女は……眩しいくらいに今という青春を謳歌していた。
こういう雰囲気は……未だに苦手だ。
『自分』が対象に入ってしまっていると考えると、余計にそう思ってしまう。
「ほんじゃ、俺はそろそろ行くわ。司たちにどやされそうだしな。志乃ちゃんはまたあとで。よっちゃんと……ついでに日向は引き続き楽しんでくれい」
「はーい。ありがとうございまーす!」
「ついでってなんですかー!」
俺は三人に手を振り、舞台袖に向かった。




