第274話 後輩三人娘は仲が良い
終演後、体育館は再びガヤガヤとした雰囲気に包まれていた。
席から立ち上がり、移動する人。
まだ残って、雑談をしている人。
どちらかと言えば館内から外へ出て行く人が多いが……。
まだ客席に残って話していた三人の女子生徒が目に入った。
「……」
胸の中に残っていた詰まるような感情を吐き出し、俺は歩き出す。
結局、星那さんが俺になにを伝えたかったのかは分からない。
いろいろ引っかかるものはあるが、今は気にしても仕方なかった。
あの子と『約束』をしているのだから、このまま退散……というわけにはいかない。
「へい、そこの三人娘」
楽しそうに話していた三人組に、後ろから声をかける。
俺の呼び声に反応し、三人は一斉に振り向いた。
「おっ?」
「あっ……」
「だれ?」
黒縁眼鏡のよっちゃん。
俺を見て驚く志乃ちゃん。
そして、はぇ? とアホっぽく口をあけている日向。
美少女後輩三娘である。
「てめぇ日向、だれ? じゃねぇわ。どこからどう見ても愛しの昴先輩やろがい」
「いとし……?」
「首を傾げるな首を」
アホ面見せやがって。
アイアンクロー食らわすぞコラ。
「昴さん、どうしてここに……?」
生意気な日向に向かってゴゴゴゴ……と威圧感を放っていると、志乃ちゃんが穏やかな様子で問いかけてきた。
日向はとりあえずどうでもいいとして……。ここは可愛い可愛い妹分の質問に答えてあげるとしよう。
俺は一度体育館後方へと顔を向けてから、再び志乃ちゃんを見た。
当然だけど、あの人の姿はもうどこにも見当たらない。
戻るとか言ってたけど……いったいどこに行ったのやら。
「今日は客席から観てたんだよ。どんな感じなのかなーって、気になってさ」
「あ、そうなんですね。……それなら言ってくれればよかったのに」
「え、なんで?」
「だって……一緒に観たかったです」
「おっと……それはそれは……」
ムッと、志乃ちゃんは拗ねたように言った。可愛い。
気持ちは分かるが……俺も俺でいろいろあったわけで……。
とりあえず両手を合わせて、俺はてへっと笑う。
困ったときは笑顔笑顔!
「それは申し訳ないぜ☆」
「本当に申し訳ないって思ってますか……?」
「オモッテルヨ」
「もう……」
棒読みで答える俺に、志乃ちゃんはため息をつく。
すると――
「おー……」
すぐ近くで会話を聞いていたよっちゃんが、興味深そうに声をあげた。
それにより、俺たちの視線がよっちゃんへと向く。
「やっぱり志乃ちゃんって、昴さん先輩と話すときは雰囲気違うんだね」
昴さん先輩……。
久しぶりにその呼び方を聞いたけど、全然慣れねぇ……。
この学校で俺のことをこんなに個性的な呼び方をするのは、間違いなくこの子だけだろう。
よっちゃんの言葉に、志乃ちゃんが「えっ」と反応を見せた。
恥ずかしくなってきたのか、頬を僅かに赤くしている。
「そ……そうかな……?」
「うんうん。なんて言うのかなぁ……こう、心を許してる! みたいな?」
「そ、それは……だ、だって昴さん相手だし……」
俺のことをチラチラと見て、志乃ちゃんは照れくさそうに答えた。
そんなお友達を見て、よっちゃんの眼鏡がキラッと光る。
「おぉ……! 聞きましたか日向さん!」
「聞きましたよよっちゃんさん! うちの志乃はこういうところがほんとに可愛いの!」
「可愛い。超可愛い」
「でしょ~!」
「も、もう……! 二人とも……!」
さらに顔を赤くさせ、志乃ちゃんはぷりぷりと怒った様子を見せる。
いいねいいねぇ……青春だねぇ……。
素直に可愛いとか、聞いてるこっちも恥ずかしくなってくるとか……。
いろいろ思うことはあるけれど……。
それ以上に、俺はなんとなく嬉しさを感じた。
その理由はきっと……志乃ちゃんがこうして友達と仲良く喋っているからだろう。
日向はもちろん、高校で出来た新しい友達も含めて、明るく自然体で話している。
気軽に接することが出来る相手がいる。
たったそれだけのことではあるが、俺はそれが嬉しかった。
恐らく、司も同じように感じることだろう。
「……ふむ」
――そういう意味で言えば。
やはり志乃ちゃんは、俺にとってどこか『特別』な存在なのだと思う。
恋愛感情とか、そういう単純なものではないが……。
特別だと思っていること自体は、今更疑いようのない事実だった。
……良かったな。いい友達と出会えて。
「昴先輩? 孫を見るおじいちゃんみたいな目をしてますけど……大丈夫ですか?」
「おい、誰がおじいちゃんだ。お兄さんと呼べお兄さんと」
「お兄ちゃん♡」
「うるせぇ! お兄ちゃんと呼ぶんじゃねぇ! 俺をお兄ちゃん♡ って呼んでいいのは志乃ちゃんだけだッッッ!!」
「わ、私ですか……!?」
「理不尽過ぎません!? あたし悪いことした!?」
誰がお兄ちゃんだこの野郎。実に腹立たしいぜ。
「横暴ですおーぼー!」とか日向が騒いでいるが……無視無視。
いや……まぁ、うん。
実際、日向のことを全然知らなかったら……俺はさっきの『お兄ちゃん♡』で撃沈していたと思う。ハートブレイクしてただろう。
だって、美少女からお兄ちゃんって呼ばれて嬉しくない男がいるか? 断じていないッッ!!
でも……うん、日向だからね。特になにも思わないよね。
付き合いの長さというのは恐ろしい。
さて……。
このまま日向で遊んでても意味ないし、話題を変えるとしよう。




