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第273話 青葉昴はなぜか気になる

 ぜ、前回のあらすじ!

 なぜか知らんけど椿お姉様にスカウトされました!


 ……はい。なんで?


 未だに呆然としている俺のことは気にせず、星那さんは考え込むように顎に手を添えた。


 知的美人が考え込む図……なんとも絵になりますなぁ。


 ……なりますなぁじゃねぇわ。そんなことはどうでもいいんだわ。


「懸念点があるとすれば……母親である花様と同じ職場になる、ということですね」

「懸念点が過ぎるわ。職場に親がいるってなんか嫌なんですけど」


 いやまぁ……実際にそういう人たちはたくさんいるんだろうけども!

 

 とはいえ、家だけではなく職場でも親と顔を合わせるのは……ちょっと落ち着かない。


 すごく大きな会社でー、まったく違う部署でー、普段は関わることがないーみたいな……。


 そんな感じだったらいいのかもしれないけど。


「ご安心ください。花様は社員からの信頼が厚く、能力も非常に優秀な方です。しっかり教育してくれるかと」

「なにを安心しろと?」

「言葉通りです」

「だからなにを安心しろと??」


 というか、やっぱり優秀なのかよあの人。流石は俺の親だな、うむ。


 母さんは司と同じ、周囲を自然と惹きつける太陽タイプの人間だ。父さんも、当時はそういったところに救われたのだと思う。


 家ではあんなに自由人且つ手のかかる花ちゃんも、職場では頼れるお姉さんなのかぁ……複雑だなぁ。お姉さんって年でもないけど。


 ほかでもない星那さんが言うってことは、本当にそうなんだろう。


 ……。


 あ、待て。仮に同じ会社に勤めたとして――


 母さんや星那さんだけじゃなくて、あの会長さんもいるってことでしょ?


 なんならあの人の家が経営してる会社なんだろ? ということは次期社長とかそういう立ち位置じゃねぇか。


 うわ……なんか余計に怖くなってきたんだけど……。


「……で、なんでスカウト展開? 俺より優れた人材なんて無限にいるでしょ。つーかいろいろ話が早いし」


 思惑も読めないのに、いきなり言われたところで『喜んで!』なんて答えられるわけがない。


 星那さんたちの会社はそれなりに大きいはずだし、その気になれば優秀な社員なんて豊富に集められるのでは……?


 そんな環境になにも知らない、なにも出来ないペーペー野郎が飛び込むとか……。怖すぎるわ。


 新人だから当たり前だろって言われたら、そこまでだけど。


 ため息混じりの俺の言葉に、星那さんは小さく首を振った。


「『もしも』の話ですから。それに将来有望そうな人材に目を付けておくのは経営側として基本です」


 ビジネスマン恐ろしや……。


 この言い方的に、星那さんも会社内ではそれなりの立場にいる人っぽい。


 会長さんの従姉妹……つまり社長の姪ということを考えれば頷ける。


 血縁云々を抜きにしても、星那さんは相当有能な人だろうけど。


「どこが有望なんですか。俺はただのイケメンで好青年な男子高校生ですって」

「それも大きな武器でございます。優れた容姿や会話能力は、例えば広報や営業関係において非常に有利になります」

「お、おぉう……冗談で言ったのに……」

「冗談? 昴様自身が仰る通り、貴方様が整った容姿をしていることは事実です。それこそ、かっこいい……と言って差し支えないかと」


 淡々と返ってくる答えに、俺はうろたえることしか出来なかった。


 恥じらいとか、躊躇とか……そういうのを無しに言われるものだから……なおさら返答に困る。


 こ、これが大人の余裕ってやつか……! こえぇ……年上お姉さんこえぇ……!


「な、なんですか急に。さては俺を口説こうと……!? そう簡単に落ちませんよ俺は……!」

「申し訳ございません。年下の……それも未成年の方は流石に……。せめて成人してからでお願いいたします」

「なんで俺が断られてるの???」


 悲報。昴くん、また振られる。

 星那さんに振られるのはこれで何回目だろうか。


 それも、別に告白したわけでもないのに……実に不満である。


「……と、ここまでいろいろ理由を述べましたが」


 少し間をあけて……。


 話を整理するように、星那さんが一息つく。


「結局のところ、私が思ったからでございます。それこそ……なんとなく、ですが」

「ほう? なにを思ったんです?」

「貴方様と一緒に仕事をしてみたら、面白そうだな――と」

「……それはそれは」


 星那さんはなにかしら冗談を言ったあと、必ず『冗談です』と口にする。

 

 思わせぶりなことばかり言うが……嘘はつかない人だ。


 だからこそ、今言った言葉は……正真正銘本心なのだろう。


 それに……先ほども言っていた……。


 『私自身も貴方様と関わるようになって、救われた部分があります――と言ったら、信じますか?』――という、アレも。


 信じたくないが。

 信じるつもりもないが。


 星那さんのなかではきっと……紛れもない真実なのだ。


 それが分かってしまうからこそ、俺は……ただ目を逸らすことしかできなかった。


 はは……と乾いた笑いがこぼれる。


「……教育が怖そうなので遠慮しておきます」

「ふふ、それは残念です」


 今度の『残念です』は……穏やかで、それでいて優しい声音だった。


 ったく、相変わらずこの人は心臓に悪いことばかりしてきやがる……。

 

 どうして俺のことを、ここまで買ってくれるのだろうか。

 どうして俺を、そこまで評価してくれるのだろうか


 ただの年下の生意気なガキを……どうして。


 どこまでも……謎だった。


 × × ×


 さらに時間は経って。


 パチパチパチ――!!! と、体育館内に大きな拍手の音が鳴り響いていた。


「ありがとうございました!」

『ありがとうございました!』


 ステージ上では、司や月ノ瀬をはじめとした演者たちが一列に並び、観客に向かって深くお辞儀をしている。


 一日目の午後も、無事にカーテンコールを迎えられた。


 拍手の音が表している通り、多くの観客を満足させられたことだろう。


 午前よりさらに磨きあがった劇を、ここで観せてもらうことができた。


 舞台袖で観たときとは……また違った感覚で……。


 最高だったぜ――お前ら。


 ステージから最も離れた場所に立つ俺も……隣にいる星那さんも、司たちに拍手を送る。


「とても良いものを観られました。ありがとうございました」

「どーも。でも、俺じゃなくて演じたアイツらの力っすよ」


 俺にお礼を言われたところで意味はない。


 実際に演じ、観客に劇を届けたのは彼ら自身なのだ。


 俺はただ、ここで観ていただけに過ぎない。


「それは違います」


 しかし星那さんは拍手を止め、こちらへと顔を向ける。


「貴方様の存在がなければ、この作品が生まれることがなかった。この『世界』が生まれることがなかった。特定の誰かではなく……貴方様も含めた『皆様』のお力です」

「……そうすか」


 俺を含めた……か。


 ステージ上を見て、俺は思わず目を細める。


 あぁ……やっぱり眩しいな。


 お前たちはこの物語を彩り、舞台の上に立つ人間だ。


 誰がなんと言おうとも。

 誰がどう思おうとも。


 俺は、そちら側の人間じゃない。

 

 そちら側に立つべき人間じゃない。


 だからここで……最後まで観させてくれよ。


 ステージから一番遠い――この場所で。


「汐里祭……ですか」


 星那さんの呟きを聞いて、俺は思考を切り替える。


「こうして訪れるのは三度目ではありますが……」

「あ、そうか。会長さんが一年のときから来てるんすね」

「はい」


 ということは……つまり、だ。


 星那さんは去年もいた……ってことだよな?


 もしかしたら気付かないうちにすれ違ったり、視界に収めたりしていた可能性がある。


 それを確かめる術はないけども……。


 星那さんはこの三年間、なにを思って……学生たちが作り出す輝きを見てきたのだろう。


 それを見て……なにを感じていたのだろう。


 俺はなぜか……それが気になってしまった。


「……素敵なお祭りですね。昴様たちも、ぜひ思い出に残る楽しい時間をお過ごしください」


 眩しそうに目を細め、星那さんは言った。


 その姿が……俺自身と重なり、自然と身体に力が入る。


 返事を待つことなく、星那さんはこちらに背を向けた。


「それでは……私は戻ります」

「あ、ちょっ、星那さん」

「なにか?」


 歩き出した星那さんを思わず呼び止め、手を伸ばす。


 別に呼び止めるつもりはなかったのに……身体が勝手に動いてしまった。


 どうしてだろう。


 俺はこの人と接していると……落ち着かない気持ちになる。


 まるで鏡を見ているような……妙な気分になるのだ。


「せっかくなので、星那さんも楽しんでいってくださいよ。そのための祭りっすからね」


 行き場のない、伸ばした手を握る。


 半身で振り向いた星那さんに向かって、俺はニッと笑った。


「……」


 それに釣られるように、星那さんも笑った……気がした。


「お気遣い、ありがとうございます」


 お礼だけを残して星那さんは去っていく。


 不意に、頭の中にとある言葉が次々と過ぎった。

 

 ――『そして気が付けば、人生の中で限りなく短い学生という時間を終えていました』

 ――『文化祭とか、修学旅行とか、そういう学校行事の記憶はないんですか?』

 ――『参加はしていましたよ。参加は、ですが』

 ――『後悔はないんですか』

 ――『ありません。たとえ何度時間が巻き戻ったとしても、私は同じ道を選ぶでしょう』


 それはいつかの……彼女との会話。


「同じ道を……選ぶ」


 呟きは、拍手の音に掻き消される。


 ……俺の気のせいだろうか。


 立ち去る星那さんの背中が……どこか寂しげなものに見えた。


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