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第272話 星那椿は急に問いかける

「『ねぇサン、あなたには夢はある?』」

「『夢? 夢か……考えたことなかったかも』」

「『本当に? やってみたいこととか、興味あることとか……そういうのもないの?』」

「『うーん……。あっ、一つだけあるかな』」

「『あるんじゃない。それ、聞いてもいい?』」

「『外の世界を……自由に歩き回ってみたいかな。僕が知らない世界、知らないものを……この目で見てみたい』」


 場面は進み――物語は終盤に差し掛かってきた。


 交流を深め、互いに信頼を寄せ合いつつある二人の何気ない会話。


 ここで初めて、ルナはサンの『夢』を知ることになる。

 

 同時に、彼女のなかでとある気持ちが芽生える。


 彼の夢を……支えたいと。

 彼の隣を……歩きたいと。

 

 少しずつ、少しずつ……彼女のなかの想いは膨れ上がっていく。


「それにしても……昴様」


 不意に、星那さんが話しかけてきた。


 観劇に集中していたため、俺は「はぇ?」と変な声で返事をしてしまう。


 ……今の声、どっから出たんだ俺。恥ずかし。


 星那さんは俺に一度目を向けるが、すぐにステージ上へと視線を戻した。


「よく……私の存在に気が付きましたね」


 おっと、そのことか。

 

 全然触れてこなかったから、特に気にしていないって思ってた。


「服装や髪型も普段とは変えていますし……それにこの人混みです。『模倣』していたわけではありませんが……。正直、気付かれることはないと思っていました」


 スーツを着ておらず、髪も結っていない。先日遊んだときとは、また異なるカジュアルな装いだ。


 それだけで大きく雰囲気が異なるため、パッと見では気が付かないはずだ。


 下手をすれば、俺だってスルーしていた可能性は大いにありえる。


 体育館に向かう途中で星那さんらしき人を目撃していなければ、俺は今ここに来ていないだろう。


「うーん……なんとなくっすね」

「なんとなく……」


 そう、なんとなく。

 ただの偶然。


 そこにあえて理由付けをするのなら――


「アレっすわ。どんなに姿や雰囲気が変わっても、星那さんは星那さん……的な?」


 ニヤリと笑って見せると、星那さんがこちらを見た。


「…………」


 驚いているのか、意外に思っているのか……。


 なにを考えているのかは分からないが、ほんの僅かに表情が変化していた。


 本当に微々たるものであるため、俺の勘違いである可能性のほうが高いけども。


 少し間を置いて……星那さんが一度口元をギュッと結んだ。


「私は私……ですか」

「そそ。まぁでも、ガチで模倣してそこらへんに溶け込んでたら分からなかったかもですけどね? 今回は星那さんのままだったから、気が付けたのかもしれません」


 この人の模倣はマジでとんでもない。

 

 いろいろ事情を知っている俺だからこそ気が付けるときもあるけど、なにも知らないヤツが見たら……間違いなく別人だと思い込むだろう。


 雰囲気も、表情も、声音も、言葉遣いも。


 なにもかもが……まったくの別人なのだ。


「……そう、ですか」


 小さく息をつく音が聞こえた。

 恐らく、星那さんによるものだろう。


「……そういうところですよ、昴様」


 ポツリと、そう言い残して。


「え、なんの話?」

「……なんでもありません。お気になさらず」

「うわ気になるぅ……お気にしちゃうぅ……」


 そういうところ……とは?

 

 どこから繋がって出てきた言葉なのだろう? 


「ところで……昴様」

「なんですかい?」

「貴方様は高校卒業後の進路は決めていますか?」


 ……。


 ……んん? んんん?


「え、あの、え? いきなり進路相談が始まったんですけど? 急になんすか?」

「ただの雑談です」

「このタイミングで……?」

「このタイミングで、でございます」


 まさかの話題に、俺はポカーンと呆ける。


 進路って……あの進路でいいんだよな? 高校卒業後って言ってるし……。

 

 だとしても、なんで今そんなことを……?


 ま、まぁ雑談だったら一応答えておくけども。


 進路、進路ねぇ……。


「そうすか……。えー……」


 あまり聞かれる質問ではないため、流石に少々悩む。


 しかし、現在俺は高校二年生。


 そういった話は今後どんどん増えていくだろうし、避けては通れない道なんだけど……。


 少なくともこれ、観劇しながら考えることではないよな……。


 とはいえ、まったく考えていないわけではない。


「ま、進学か就職かで言えば……就職を選ぶと思います」

「就職ですか」

「はい。大学に行って学びたいことはないですからね。それに……早く働いて、母さんを少しでも楽させてやりたいので」


 進学と一言で言っても、簡単に出来るわけではない。


 勉強はもちろん、入学するための費用も馬鹿にならないわけで……。

 

 一部を除き、多くの学生は親の援助を受けて通っているのだろう。


 うちは裕福ではないし、そこまで金銭的な負担をかけてまで学びたいものはない。


 だったら……一年でも早く社会に出て、これまで一人で家を支えてきた母さんを……育ててくれた母さんを楽させてやりたい。


 やりたいことはないけど~、とりあえず大学に進学して~、そのあとのことは追々考える~……なんて、中途半端なことだけは絶対にしたくなかった。


 そんなんじゃ父さんにも顔向けできない。


「なるほど……昴様らしい考えだと思います」

「で? どうして進路なんて聞いてきたんです?」

「いえ。特に深い意味はないのですが……」


 俺の進路を聞くことに、いったいなんの意味があるのだろう。


 星那さんには関係のないことだし、本当にただの雑談なのか?


 ――とか思っていたら。


「こんなに面白い話を書ける人材を……全体的に能力の高い人材を……このまま埋もれさせてしまうのは勿体ない、と思いまして」


 想定外の……一言。


「んぇ?」


 あ、また変な声出た。


「優れたコミュニケーション能力に加え、創造性もあって頭の回転も速い。社会性は……まだ判断できませんが……そのあたりは少しずつ学んでいけば良いでしょう」

「ん? あの、ちょっと? はい??」


 俺を無視して淡々と放たれる言葉を前に、戸惑いの感情しか出てこない。


 コミュニケーション能力?

 創造性? 社会性?


 待て待て待て。マジで待て。


 ……なんの話?


「教育は――任せるとしたら――」


 などと、星那さんは俯いてブツブツと呟いていた。


「昴様」

「あ、へい」


 言葉を止めたと思ったら、今度は名前を呼ばれる。


 俺は思わずピンと背筋を伸ばし、星那さんの言葉を待った。


 いったいなにを言われるんだ……?


 身構えた俺に告げられたソレは、やはり想像すらしていなかったもので……。


「もしも来年、貴方様に特別やりたい仕事が見つかっておらず……」


 なくて……?


「それでも、エンタメ業界に少しでも興味をお持ちでしたら……ぜひ私にお声がけください」


 ……。


 …………。


 ………………。


「え、なんで?」


 おかしい。


 さっきから『え?』しか言ってない気がする。


 きっと俺の頭上には、ハテナマークが大量に浮かんでいることだろう。


 エンタメ業界?

 私にお声がけください?


 パチパチと瞬きを繰り返す俺に、星那さんは平然な顔で……告げた。


「端的に言えば――スカウトです」

「マジかよ」


 報告です。

 なんか無表情美人お姉様にスカウトされました。


 ……。


 マジでなんで???

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