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第269話 青葉昴はぼんやりと感じる

 三年一組で無双っぷりを披露した渚は、賞品が詰められた紙袋を片手に満足げな様子で歩いていた。


 聞こえるか聞こえないかくらいのギリギリの声量で鼻歌を歌っているあたり、本当に上機嫌だということが伝わってくる。


 ここまで機嫌がいい渚を見る機会なんて滅多にないから、ある意味貴重な光景だ。こっそりスマホで撮影してやろうかな。


 でも実際、マジで無双してたからなぁ……。


 最初は女子だからと油断していた先輩たちが。『あれコイツやばくね?』と徐々に焦っていく様は、見ていて面白かった。


 二対二のゲームでも遊んだが……そのときはとにかく足を引っ張らないように必死だった。万が一やらかしたら俺が終わるからね、うん。


 普段はただの気だるげ眼鏡ちゃんなのに、ゲームのこととなると活き活き眼鏡ちゃんに変わるのだな、と……改めて実感させられた一時間だった。


「楽しかったかね、るいるい」

「楽しかった。生徒会長さんにもお礼を言わないと……」


 廊下を歩きながら俺が問いかけると、渚はすぐに頷いて答えた。


「それはよかった。あんなに無双してりゃ楽しいだろうな」

「ああいうゲームを学校で堂々と遊べるのが新鮮」

「たしかに。遊べるのはせいぜいスマホゲーくらいだからな」


 三年一組には、俺たち以外にも若いお客さんが多く訪れていた。


 小学生や中学生、他校の高校生などなど……。


 友達同士や恋人同士で遊びに来ていて、男女関係なくワイワイ楽しそうにゲームをプレイしていた。


 そんな中で……淡々とスタッフたちを薙ぎ倒していく渚は、間違いなく注目の的だっただろう。


 渚を見て『すげぇ……』とか『えぐ……』とか、呟いている人もいたし……。


 一番近くで見ていた俺でさえ、無双っぷりを前に素直にドン引きしていた。


 それくらい渚は目立っていたはずだ。


 なんなら、子供たちから『あの姉ちゃんすげー!!』みたいな、憧れの眼差しを向けられていた。


 ゲームが上手いだけで、子供たちにとっては英雄のような存在になるからな。気持ちはよく分かる。


「この調子じゃお前、この学校のテッペン取れるんじゃね?」

「テッペンって……不良漫画みたいに言わないで」


 渚はムッと眉間にしわを寄せる。


 半分冗談ではあるが、もう半分は真面目にいけるんじゃないかって思ってる。


 例えば各クラスのナンバーワンゲーマーを集めて……。

 

 そいつらで大会を開いたら面白そうじゃね? そこで優勝したヤツがこの学校のテッペン的な……。


 意外とアリだと思うんだよなぁ。 


 企画して会長さんに提案したら、意外と乗ってくれそうだ。


「わたしはただ……楽しく遊べればそれでいい。勝ったら嬉しいし、負けたら悔しいけど……楽しむことが大前提だから」


 それは、これまで渚が何度か言っているモットーのようなものだった。


 ゲームは楽しむためにある。

 ゲームが楽しくなくなったら本末転倒だ……と。


 自分で言っている通り、渚はどんなゲームであろうと真剣に……そして楽しそうに遊んでいる。


 表情こそあまり変化はないが……雰囲気でそう伝わってくるのだ。見れば分かる……ってやつだな。


「勝敗は大事だけど……それを最重要視するのは違うと思う。そういうのはプロが考えることだし」

「ほーん……かっこよく言えば、お前なりの流儀ってやつか」

「流儀……。まぁ……そう、かも。それに……」

「それに?」


 渚はこちらを見上げ……目を伏せる。


「あんたも言ってくれたでしょ」

「え、なにを?」


 俺、なんか言ったっけ?


 やべぇ。基本的に渚のことは馬鹿にしてるから、そういう発言しか頭に浮かんでこない。


 言ってくれた……とは、いったいなんの話だろうか。


 むむ……と考えて首をかしげていると、渚はため息をついた。


「あんたのことだから忘れてそうだけど……」


 そう言うと、再びこちらを見上げた。


「『普段ボーっとしてるのに、ゲームになると口数が多くなって、熱くなって。全力で楽しんでいる姿が……見られなくなるのは嫌ですね』――って」

「……」


 すぐにピンと来てしまった。


 頭に過ぎるのは――八月の出来事。


「あー……」


 渚の誕生日祝いとして、ゲームの大会に同行したときのことだ。


 盗撮してる人がいたり、星那椿の『別の姿』を知ったりなど……いろいろあった。


 そのとき、会場で出会ったプロゲーマーのマキさんに俺は意見を求められたのだ。


 渚がプロになることに対して、どう思うのか……と。


 それに対する答えが、先ほどの言葉で……。


 一言一句、俺が答えた通りだった。


「わたしは忘れてないから、アレ」


 念を押すように、ハッキリとそう言って。


「……そうか」


 俺は……ただつまらない三文字で返すしかなかった。


「そう」


 全力で楽しんでいる姿が見られなくなるのは嫌――か。


 仮に渚がプロを目指すことを選んだとしても、俺にとっては関係のないことだ。どちらでもいいことだ。


 だけど――その『どっちでもいい』がすんなり言えなかった。適当に済ませることができなかった。


 それだけ俺は……多分。


 渚留衣という少女が楽しくゲームを遊んでいる光景に、なにか特別な意味を見出していたのかもしれない。


 具体的に言葉にできない――なにかを。


 俺は無意識のうちに、手をグッと握りしめていた。


「あんたは……」

「んぁ?」

「あんたは楽しかった?」

「俺? 俺は……」


 こちらを見たまま、渚は問いかけてくる。


 俺は一度言葉を止めて……答えを探す。


 一人で適当に時間を潰そうと思っていたところに、コイツが勝手に合流してきて……。


 井口と会って、昼飯を食べて、ゲームをして……。


 気が付けば、あっという間に時間が過ぎ去っていた。


 俺とこうして遊ぶことに、なんの意味がある。

 俺とこうして思い出を残すことに、なんの意味がある。


 疑問は……尽きない。分からないことばかりだ。


 けれど渚や……彼らにとっては、わざわざ疑問を抱くことではない。ただ当たり前のようなことで――


 『友達』だから……とでも言うのだろう。


 そのうえで、答えるのであれば……。


「……そうだな」


 息を吐いて……視線を落とす。


 そして、隣を歩く渚へと目を向ける。


「それなりに楽しかったんじゃねぇの?」

「わたしに聞かれても困るんだけど」

「それはごもっとも!」


 腰に手を当て、わざとらしくニヤッと笑う。

 そんな俺に、渚は呆れた視線を向けた。


「……ま、とにかく楽しかったならそれでいい」


 そう言って、ふいっと視線を逸らす。


 渚――お前気付いてるか?


 今までのお前だったら、今みたいに俺の気持ちを聞いてくることはなかったんだぞ。


 あんたはどうする? あんたはどうだった?

 

 楽しかった? 面白かった? ――なんて。


 やっぱりお前……変わったよ。


 恐らく俺が知らないところで、自分自身の感情と向き合うきっかけがあったのかもしれない。


 だが俺は……思ってしまうのだ。


 お前が抱えるその想いの意味を。

 お前が感じているその感情の意味を。


 分からないままでいてくれればいいのに――と。

 その先に辿り着かなければいいのに――と。


 なんでだろうな。


 そう……感じているんだ。


「……また来――」


 胸に手を当て、渚は呟く。

 

 その声は、周囲の喧騒に埋もれてよく聞こえない。


 いったい……なにを言っていたのだろうか。


「悪い全然聞こえなかった。なんつった?」

「……なんでもない」

「なんだよ~! 言ってくれよ~!」

「うざ」

「ひどい」


 この距離感で……。

 この関係性で……。

 

 このまま――どうか『最後』まで。



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