第263話 後輩たちは先輩を応援する
「日向ちゃん、志乃ちゃん。どう? 楽しんでる?」
「はい! もー超楽しんでます! 美味しいものいっぱいで最高です!」
「日向、ずっと食べてるもんね……」
「あはは……お腹壊さないようにね……?」
日向はホットドッグやキャンディーなどをしっかり手に持って、満足そうにむふーと笑う。
恐らくそれ以外にも、ここに来るまで食べたり飲んだりしていることだろう。
志乃ちゃんの様子を見て、それは容易に想像できる。
相変わらずの食いしん坊っぷりに、蓮見は苦笑いを浮かべた。
俺は腕を組み、元気な後輩に一声かけてやる。
「太るぞ」
ズバッと。
「ふ、太りませんからー! あたしはそれ以上に運動するので!」
「太るぞ」
「二回言う必要あります!? 昴先輩なんて嫌いですー!」
「でもあたしは好きよ♡」
「ごめんなさい♡」
キッパリ断られました。
つぶらな瞳でアピールしてもダメでした。
とは言ったものの、コイツの食いしん坊っぷりは今に始まったことではないから、そこまで心配する必要はない。
中学の頃からこんな感じだし。
それでも身長も体格も小さいし、全然太っていないのは……体質ゆえなのだろうか。
もう少し……うん、肉が欲しかったな日向。どこにとは言わないけど……。月ノ瀬といい勝負だけど……。ゲフンゲフン。
「でも日向ちゃんって、本当に美味しそうに食べるから、見てるこっちも幸せな気持ちになるよね〜!」
「そうなんですよ……。だから止めるに止められないって言いますか……」
「えへえへ、そんなに褒めないでくださいよ~!」
「幸せ太り」
「もぉぉぉぉぉ昴先輩そーゆーことしか言わない!!! 女の子に太るとか言う男子はモテな……あっ、ごめんなさい……」
「おいコラ。なんで目逸らした???」
いいもんいいもん!
自覚してるからいいもん!
「川咲さん、志乃さん。朝陽君には会ったの?」
俺がぷんすこ怒っていると、渚が二人に問いかける。
「会いましたよー! なんか玲先輩と一緒に忙しそうにしてました! で、ちょっとだけお話もしましたー!」
「はい。迷子になったお子さん……? がいたようで、二人でお母さんを探したりしてたみたいです」
「お、おー……なんかすごいことしてるね……」
「なんだよそのラブコメあるある」
「……わたしも同じこと思った」
迷子の親を探すイベントとか、ラブコメでよく見るやつじゃねぇか。
月ノ瀬は面倒見がいいし、司も言うまでもない。
アイツらなら、子供の相手をしながら親を探すことはそう難しくないだろう。
あとで話を聞いてみよっと。普通に面白そうだし。
――なんて雑談をしていると、志乃ちゃんが「あっ」と声をあげた。
「引き止めてしまってごめんなさい。先輩たちは移動中でしたよね……?」
「ううん、大丈夫だよ! むしろ二人と話せてよかったよー! 緊張が和らいだ気がするっ!」
「ふふ、それなら良かったです。私たちも、あとでもう一人友達を連れて劇を観に行きますね」
もう一人の友達……?
あー、ひょっとしてアレか? 本名不明系女子こと、よっちゃんか?
あの子が観にきて……大丈夫かな。
『このカップリングはよっちゃん的にはNGです! 公演の差し止めを要求します!』とか言ってこないかな。大丈夫かな。
とりあえず広田と大浦の貴族コンビで満足してくれ。
「うん! ありがと!」
「頑張ってくださいねー! 応援してます! ……もぐもぐ」
「って言いながら食ってんじゃねぇよ」
「はぇ? あ、あげませんよ先輩! これはあたしのです!」
「いやいらねぇから」
大事そうにホットドッグを抱えるな。
いらねぇっつの。
なにはともあれ、二人とも楽しんでいるようでなによりだ。
「青葉くん、るいるい、行こっか!」
「へーい」
「ん」
後輩たちに手を振り、歩き出そうとしたとき――
「あ、昴さん……!」
志乃ちゃんが、俺のことを呼び止めた。
それにより、俺だけではなく蓮見たちも立ち止まる。
「おう、どした?」
「あ、えっと……」
返事をすると、志乃ちゃんがどこか恥ずかしそうに目を伏せた。
言葉を探すように、口を開き……そして閉じる。
……。
あー、そういうことね。
「志乃ちゃん」
「は、はい」
俺が呼びかけると、志乃ちゃんは顔を上げる。
自意識過剰でなければ――
この子が俺に言おうとしていたことは……。
俺がこの子にかけるべき言葉は……。
「一緒に回るの、午後の部の劇が終わってからでいいか? そのほうが、お互いに気兼ねなく楽しめるだろうから」
「……!」
俺がそう言うと、志乃ちゃんはハッと目を見開く。
そして嬉しそうに顔を綻ばせ――
「はい……! 私待ってますね!」
と、元気よく頷いた。
志乃ちゃんの誕生日に、俺はこの子と約束をした。
汐里祭の日、どこか時間を見つけて一緒に回ろう……と。
あの日以来、そのことについては特になにも話していなかった。
だから、もしかしたら俺が忘れてしまっていると思ったのかもしれない。
確認をしたいが、周りには蓮見たちもいるから恥ずかしくて言い出せない。どうしたものか……といった感情だったのだろう。
でも流石の俺でも……あの約束は覚えている。
言葉にこそ出していないが、明らかに上機嫌になった志乃ちゃんを見て……俺はふっと笑みをこぼした。
本当に素直な子だよ、君は。
さーてと、いい加減体育館に――
「ニヤニヤ」
「ニヤニヤ」
「そこ。ニヤニヤすんな」
俺と志乃ちゃんのやり取りを聞いていた蓮見と日向が、ニヤニヤして俺を見ていた。
こういう青春っぽい話大好きだからなコイツら……。
一方の渚は、志乃ちゃんに近付いて優しく微笑む。
「午後の劇が終わったら、すぐに行かせるから。少し待っててね、志乃さん」
「な、渚先輩まで……」
志乃ちゃんに見せる渚の表情は、ここ最近で一気に優しくなっていた。
それは志乃ちゃんもまた同様で……。
良い友人関係を築いた、ということがこっちにも伝わってくる。
渚はコミュ障というだけで、優しさや穏やかさを持ち合わせているヤツだ。
志乃ちゃんにとって、良い先輩になれることは間違いないだろう。
これからも可愛い可愛い妹分のことを頼んだぜ、るいるい。
「ほれ、行くぞ」
「うんっ!」
「じゃあ、また」
「頑張ってくださーい!」
「応援してます……!」
二人の声援を受けて、俺たちは再び歩き出す。
「頑張ってください、かぁ。別に俺らを応援しても仕方ないんだけどな」
「そういうこと言わないの青葉くん。気持ちが大事なの!」
「青葉には難しい話だと思うよ、晴香。特にそういう気持ち的な話は」
「おい」
× × ×
――場所を移して、体育館にて。
「おー、そこそこの客足ってところか。ちょっと物足りねぇけど」
薄暗い舞台袖から、客席の様子をチラッと確認して俺は呟く。
体育館に用意された客席は満席……というわけではなく、半分近く埋まっている程度だった。
本番開始までいよいよあと少し。
時間になったらステージの幕が上がり、いよいよ最初の公演が始まる。
二組の生徒たちは緊張を和らげるために、ストレッチをしていたり、ブツブツとセリフを口にしていたりなど……各々過ごしていた。
「告知とかしてたわけじゃないからね。そう考えると、むしろ集まったほうなんじゃない」
俺の隣で台本に目を通していた渚が返事をする。
「たしかにな。もっと大々的に宣伝したほうがよかったか?」
「変に期待を煽っても、朝陽君たちを余計に緊張させちゃうだけでしょ。最初なんだからこれくらいでいいと思う」
「あ、でもでも! 玲ちゃん目当てで観に来てる人も多いらしいよ?」
先ほどまで衣装班と話していた蓮見が会話に混ざってくる。
「あー……」
「……想像できた」
その言葉に、俺たちは同時に納得の声をあげた。
言わずもがな、月ノ瀬玲という生徒はこの学校でかなりの知名度を誇っている。
転校生で、且つ二年の中ではトップを争う美少女。
容姿だけではなく、運動でも勉強でも優れた成績を収める存在。
三年生でいう会長さん的なポジションが、月ノ瀬にあたるだろう。
そんなヤツが演劇を……それもヒロインという役で行うのだ。
蓮見の言う通り、月ノ瀬目当ての連中が来てもなにもおかしくない。
主演の司のほうも、この学校では知られた存在だしな。
「あら。そんなこと言われたら、絶対に失敗出来ないわね」
「責任重大だな、月ノ瀬さん」
おっ、来たか!
後ろから聞こえてきた二人の声に、俺たちは振り向く。
そこには――
「おー! 似合ってるね二人とも!」
「さすが」
「うむうむ。完璧に着こなしてやがるな」
サンとルナ、それぞれの衣装に着替えた司と月ノ瀬が立っていた。
『The Sunlit Path』の世界観はとある小国。
登場人物の名前が横文字であることから、日本的な要素はない。
サンは貧しい印象を与える、薄手の灰色の服。
一方のルナは、お嬢様の印象を与える高級そうな服。
演者である二人に合うように、蓮見たちがさまざまなアレンジを施してくれた結果……とても似合う衣装として完成したわけである。
「心の準備はできてるか? なんなら俺様が緊張を解してやってもいいんだぜ?」
「遠慮しておく。変なことしそうだし」
「遠慮するわ。妙なこと考えてそうだし」
「あ、ハイ……」
ま、まぁ……こんなに即答できるくらいには余裕がある、ということにしておいてやろう。
せっかく渾身の一発ギャグでも披露してやろうと思ったのに……。
「昴」
「なんだね」
俺を見る司の目には、自信に満ちていた。
緊張や不安といった色はまったくない。
「見ててくれよ。お前が作ってくれた……描き上げてくれた物語を、全力で演じてくるからさ」
ニッ笑い、司は言う。
ここまで彼らは本当に努力してきた。
演劇をやったことなんてなくて、演技も当然未経験で……。
手探りで始めて、いろいろなことを教わり、吸収しながら……今日という日まで必死に練習を積み重ねてきた。
もちろん、演劇部や経験者たちと比べて劣る部分はたくさんあるだろう。
それでも、俺の目から見て……コイツらは上手くなった。
俺が作り上げた世界で、そこに生きる一人の少年少女として……キャラクターたちと真剣に向き合い、一つの物語を紡ぎあげてくれた。
だからこそ、司たちの目には確固たる自信が宿っているのだ。
お前たちなら――きっと。
俺はここで……ちゃんと見てるぜ。
「私もよ、昴。アンタが思わず唸るくらい……全力で演じてくるわね。そこで私たちのことを見ていてちょうだい」
まったく……どこまで頼りになる連中だよ。
「ああ。お前たちの力を、お前たちの世界を、ここにいる連中に見せつけてやれ。頼んだぜ」
俺の言葉に、二人は――
「任せろ」
「任せなさい」
これ以上にないくらい、強く頷いた。
そしていよいよ――幕が上がる。
二人とも……行ってこい。




