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第260.5話 朝陽司は強い意思で願う【前編】

「はっ? 司……アンタ真面目に言ってる……!?」

「朝陽くん……」


 汐里祭当日、俺たち以外に誰もいない教室に二人の驚きの声が響き渡る。


 月ノ瀬さんと蓮見さんは、『お前正気か?』と言いたげな視線を向けてくるけど……それは想定内だった。


 ()()()()()()()を、俺は二人に告げたのだから。


 しかし、決して冗談などではなく大真面目に言っていることなんて、俺の表情を見ればすぐに分かることだろう。


「『話があるから、明日いつもより早めに登校して来れる?』って言われたから来たものの……。まさかそんな話をされるなんて、完全に予想外よ」

「そ、そうだね……私も全然予想してなかった……」


 『この話』は、ほかのクラスメイトたちにはまだ誰にも伝えていない。


「二人が戸惑うのは分かるよ。馬鹿なことを言ってるって自覚はあるし、最初から快諾を得られるなんて思ってない」


 俺が二人の立場でも、きっと同じような反応をするはずだ。


 なに言ってるんだ、こいつは……と。


 懐疑的になるのも仕方のないことだろう。


「……朝陽くんにとって『それ』は、そこまでして成し遂げたいことなんだよね?」


 困惑しながらも、蓮見さんが問いかけてくる。

 

 俺は迷うことなく強く頷いた。


「うん。どうしても……これだけは譲れないものなんだ。だから――」


 俺は深く息を吸って……吐く。

 

 そして同時に……頭を深く下げた。


 俺の突然の行動に二人が「ぇ……」と声を漏らす。


 ダサくてもいい。

 みっともなくてもいい。


 そんなものより俺には……どうしても成し遂げたいことがある。捨てられない想いがある。


 初めてあいつが書いた脚本を読んだときから――捨てきれなかった、()()()()()があるのだ。


「お礼はなんでもする。非難だって受ける。そのうえで……どうか俺のわがままを聞いて欲しい」


 頭を下げたまま、俺の思いを真っすぐに伝える。


 届かないかもしれない。

 伝わらないかもしれない。


 それでも……届けるために。伝えるために。


 俺は真剣に二人にお願いをした。


 いや、こんなのはお願いじゃない。

 

 ただの……わがままだ。


「……」

「……」


 教室内に静寂が訪れる。


 カチ、カチ……と聞こえるのは秒針の音だけだ。


 いったい何度聞こえてきたのか。

 どれほど時間が経ったのか……分からない。


 俺は構わず頭を下げ続ける。


 しばらくの静寂のあと……口を開いたのは月ノ瀬さんだった。


「司、アンタがやろうとしていることは……。場合によっては、みんながここまで積み重ねてきたものをすべて壊すかもしれないのよ」

「分かってる」


 すぐに答える。

 次に口を開くのは……蓮見さん。


「例え私たちが受け入れたとしても……。みんながそれを断るかもしれないんだよ?」

「分かってる」


 これもすぐ答える。

 二人の言いたいことは……すごく分かるから。


「それでも俺は……譲りたくない。このまま……あいつを『あっち側』に立たせるわけにはいかないんだ」

「どうして? どうしてアンタがそこまでするの?」

()()だからだ。あいつがどう思おうと、あいつは俺の親友なんだ。誰よりも隣に立って、いつだって見続けてきた……たった一人の親友だから」


 たしかに始まりは最悪だった。

 好印象なんて微塵もなかった。


 それでも俺は……変わることを選び、つらい道のりを必死に歩くあいつの姿を見続けてきたから。

 

 変わった果てに完成された――『偽り』。


 その奥に垣間見える本当の顔を……俺は近くで見続けてきたから。


 志乃と出会って。

 日向と出会って。


 蓮見さんと出会って。

 渚さんと出会って。

 星那先輩に出会って。


 そして……月ノ瀬さんと出会って、彼女たちやほかの人たちと過ごしていくうちに――


 あいつは徐々に……自然な表情を浮かべるようになってきたんだ。


 作りものでも、偽りでもない、自然体で……あいつらしい本来の顔を少しずつ見せるようになったんだ。


 あいつは絶対に認めない。認めようともしない。


 あいつをたいして知らない人から見れば、まったく気付かないほど微々たる変化かもしれない。


 だけど……俺には分かる。


 あいつが俺の隣で、親友としてずっと支えてくれたように。

 俺も親友として、ここまで共に過ごしてきたから。


 俺には――見えるんだ。


 あの青い瞳の奥に宿る、意思の光が。


「もしも私たちが断ったらどうするつもり? アンタ一人でやる気?」

「ああ。否定されたとしても……俺は諦めないと思う。だって『俺が』納得出来ないから」

「俺が……ねぇ。ふーん……」


 これはどこまでも、俺の勝手な思いだ。


 俺が勝手に考え、勝手に思い、勝手に押し付けた……俺だけのわがまま。


 だからこそ、諦めたくないのだ。


「……玲ちゃん」

「……まぁ、そうね」


 二人は小さく息をつく。


「まったく……本当にアンタたちは揃いも揃って……。相手のことになると頑なになるんだから……」


 アンタ……()()


「頭を上げて、朝陽くん」

「でも……」

「いいから。上げなさい」


 促され……俺は頭を上げる。


 目に映ったのは、優しい表情で俺を見る二人の姿だった。


 先ほどまでの戸惑いや不安などは……感じられなかった。


 蓮見さんはチラッとあいつの席に目を向けたあと……穏やかに話し始める。


「お互いのことになると、なによりも意地になる。どう思われても、なにが起きても……それを絶対に成し遂げようとする。それだけ……お互いのことを大切に思ってるから」


 そう話す蓮見さんは……どこか嬉しそうだった。

 

「やっぱり二人は……『親友同士』なんだね」

「ええ。どっかの馬鹿も……今みたいに頭を下げてきたものね」

「なんの話を……?」


 アンタたち、とか。

 親友同士、とか。

 どっかの馬鹿、とか。


 二人はさっきからなんの話をしているのだろうか。


 気が付けば……困惑しているのは俺のほうだった。


 でも、なんとなくは分かる。


 二人が言葉にしている人物は……きっとあいつだ。


「朝陽くん」


 ふっと笑みをこぼし、蓮見さんは俺の名前を呼ぶ。


「朝陽くんとは去年からの付き合いだけど……。やっと、やっと……『自分の願い』を言ってくれたね」


 嬉しそうに笑って、蓮見さんは話を続ける。


「いつも周りのことばかり考えて、いつも周りのために……誰かのために動いていた。優しい朝陽くんらしいけど……自分のお願いとか、それこそわがままとか……一回も言わなかったんだよ? 多分、自覚はあると思う」


 それは……。

 その言葉に、ギュっと拳に力が入る。


「だからね、私、今……嬉しいんだ。すっごく嬉しい。やっと私たちを頼ってくれたんだって。私たちを信じて、大事な話をしてくれたんだって……本当に嬉しいの」


 蓮見さんは嘘を言うような人ではない。


 その表情が、声が、言葉が……すべて彼女の本当の想い……。つまり真実なのだと物語っていた。


 俺は彼女たちを信じていないわけじゃない。


 魅力的な人たちだと思っているし、俺たちが困っていたら、絶対に手を差し伸べてくれると分かっている。


 分かっているからこそ……。 


 俺にはその一歩が――踏み出せなかった。


 でも……あの日。


 ――『私は……ううん、私たちはアンタの味方よ。これからもずっとね』


 俺は初めて、月ノ瀬さんたちのことを心の底から信じたいって思ったんだ。


 俺だけじゃなくて、あいつ自身も信じた……彼女たちだからこそ。

 

「そんな誰よりも温かい朝陽くんだからこそ……私は……」


 途中で言葉を止め……蓮見さんは頷いた。

 なにを言いかけていたのかは……俺には分からない。


「──分かった。朝陽くんの『その話』……私も乗るよ。私にとっても、彼は大切な友達だから」

「蓮見さん……ありがとう」


 蓮見さんはにこりと微笑んだ。

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