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閑話43 私の色と、君の世界【後編】

 ――青葉くんが来てからは、ずいぶんあっけないもので……。


 仲坂くんは驚くほど素直に、私との間にあったことを話してくれた。

 

 とはいっても、本当にただ自分から声をかけて話したーっていう大したことのない話なんだけど……。


 そのせいで計画が台無しになってしまったショート&ロングちゃんは、バツが悪そうにしながら仲坂くんを連れてどこかへ行ってしまった。


 『覚えておきなさいよ!』なんて、捨て台詞を吐きながら……。


 多分、お風呂入ったらもう忘れてると思うけど。


 それにしても……。


 仲坂くん、先週話したときはあんなにイケイケな雰囲気の『ザ・モテる男子』って感じだったのに……。


 それこそ借りてきた猫のように、終始大人しく縮こまっていた。


 多分その原因は青葉くんで――


 明らかに彼のことを怖がっているように見えたのだ。


 いったい、青葉くんはどうやってここに来たのだろう。どうして仲坂くんを連れて来られたのだろう。


 疑問は……尽きなかった。


 × × ×


「じゃあ、僕は先に教室に戻ってるから。キミも早くしてくれ」


 彼女たちがいなくなり、体育館裏に残っているのは私と青葉くんの二人だけになった。


 未だに状況を完全に理解できていない私を置いて、青葉くんは教室に戻るために歩き出す。


 ――って!


「ちょ、ちょっと待って青葉くん! なんでそんな平然としてるの!?」


 私は慌てて青葉くんに近付き、先に行かせないように腕を掴む。

 女の子の腕かと思ってしまうほど……細い腕だった。


「うるさ……」

「そりゃうるさくもなるよー! 説明を求めます! 説明要求!」

「わざわざそれを話す意味ある?」

「ある! だって私が知りたいから!」

「……それは大層な理由だな」


 面倒くさそうにため息をつくと、青葉くんは私に向き直る。


 掴んでいた手を離し、私は二歩ほど後ろに下がった。


 青葉くんは基本的にこちらから話を振らない限り、必要最低限のことしか話してくれない。


 だからこそ、こうして理由を付けて話をしてくれるように求めるしかないのだ。


「キミ、今朝から様子がいつもと違ってたでしょ」

「……はぇ?」

「明らかに僕になにかを隠すような態度をしていた。僕にっていうか……周りに、が正解か」


 ……なんでバレた。

 

「……はっ! まさか青葉くん、花ちゃんのことが好き過ぎて――!」

「違う」


 遮るように、青葉くんはピシャリと言い放つ。


 あまりに見事な即答により、私の心に大ダメージ!


 ……ま、まぁ好かれてるとは思ってないけどさ……。

 

 そんな即答しなくてもいいじゃん……もぉぉぉ……。もぉぉぉぉ……。


 いけないいけない。不満で牛になっちゃうところだった。


「キミは自分が思っている以上に、隠し事が下手だって自覚したほうがいい。……ま、ある意味キミらしいと言えばそうだけど」

「……え、私隠し事下手?」

「ああ。それも『超』が付くほどにね」


 超……!


 た、たしかに隠し事をするのは得意ではないけども……!


 誰かに言いたくてうずうずしちゃうし、友達からも『すぐ表情に出る』って言われるし。


 まさか、超レベルに下手とは……!


 私だって本気になれば隠し事の一つや二つくらいできるから! ……多分。


「でも、それだけでどうして私の居場所が分かったの? それも後輩くんまで連れてくるなんて……二人って知り合いだったパターン?」

「いや全然。僕に後輩の知り合いなんているわけないだろう。同級生にすらいないのに」

「あー、青葉くんコミュニケーション苦手ボーイだもんね。そりゃいるわけないか! はっはっは!」

「は?」

「自分で言ったんだよね!? 理不尽な『は?』が花ちゃんを襲うッ!」


 怖い。怖いよこの人。

 自虐してきたから乗ってあげたのに……!


 ……まぁ、それは置いておいて。


 実際のところ、なんでここに来られたんだろう?


 仲坂くんだけじゃなくて、あの女子たちの知り合いということでも無さそうだし。


 むしろ青葉くんが、ああいうタイプの女子と仲良くしているところすら想像できない。


 その点私はね! 明るくて優しくて可愛いからね! 最高だね!

 

「自画自賛もほどほどにしたほうがいい」

「……ん? あれ、君エスパー? 私、口に出してなかったよね?」


 ここに超能力者がいるんですけど?


 驚く私に対して、青葉くんはまたため息をつく。


 やっぱり私、人にため息をつかせる天才かもしれない。


「……朝の時点で、キミが隠し事をしていることには気が付いた。タイミング的には、登校して来たときだったから……大方机の中に手紙かなにか入ってたんだろう。僕がキミのほうを向いたとき、それを隠すように机の奥に突っ込んでたから」

「完全にバレてる!!」


 百点満点過ぎて誤魔化しようがない!


 まさか手紙を隠すところまで、バッチリ見られていたなんて……。


「で、昼休みに廊下を歩いてたら……。キミについて話してる女子二人と、男子一人がいた。興味ないからちゃんと聞いたわけじゃないけど、呼び出しがどうとか言ってたから……」

「興味ないって……少しくらいは興味を持ってくれてもいいじゃーん!」


 相変わらず素っ気ない物言いに、私の頬がぷくーっと膨らむ。


 面と向かって私に興味ないとか言ってくるの、この人だけだからね!?


 まったくもー……。


 女子二人というのは、私を呼び出した彼女たちのことだろう。

 

 男子一人は……仲坂くんのことかな?


 その三人が話しているところを、偶然青葉くんが見かけたということかぁ……。


「キミがなにか面倒なことに巻き込まれていそうだったから、一年の彼に体育館裏まで案内してもらったってことだ。……要するに、運が良かっただけ。そもそも三人の会話を聞いてなかったら、僕はここに来ていない」 

「あれ? でも、仲坂くんってこう……結構やんちゃな感じだったじゃん? よく青葉くんの言うことを聞いてくれたね?」


 タイプだけで言えば、二人は真逆だ。

 

 大人しくて、普段から物静かな青葉くん。

 やんちゃで、ちょっと怖そうな仲坂くん。


 先輩だからっていう理由だけで、素直に言うことを聞くような子には見えなかったけど……。


 かといって、相手を力で押さえつけられるほど青葉くんは武闘派じゃないし……。むしろ返り討ちに遭っちゃうと思う。うん。


「それは……」


 私の質問に、青葉くんは目を伏せる。


「……()()()()、やっただけだ」

「いろいろ?」

「もういいだろ。これ以上話しても……」

「ここまで来たら聞かせてよー! 青葉くんが全部聞かせてくれるまで、私はここを離れないからね! 大泣きしながらここで君を待ってるからね! うええええん!」

「本当に心底面倒くさい人だなキミは……」


 こんないいところでお話終了とか……。


 詳細が気になって、私はもう朝も昼も夜も眠れません!


 私は面倒くさくて鬱陶しい女だからね! もうグイグイ行くから!


 青葉くんは頭をガシガシと掻いたあと、ため息交じりに話し始める。


「……短い時間のなかで、彼に関する情報を集めた。そしたら……面白い話を多く聞けたんだ」

「面白い話……? 実は恥ずかしい場所にほくろがあるとか?」

「そんなどうでもいいことじゃない」


 えー、どうでもいいかなぁ? 

 ちょっとくらいは気にしない? 


 ……しないかぁ。


 それで、面白い話ってなんだろう。


「彼、いろいろな女子に手を出してたみたいだ。ここだけじゃなくて、他校の生徒にもね。彼女がいるのにもかかわらず、だ」

「うわ……クズじゃん。ゲスじゃん。ろくでなしじゃん……」


 流石にそれは庇いようが無かった。

 

 顔立ちが良くて、多少はモテそうな感じだったせいか……調子に乗っちゃったのかなぁ。


「だから、そのあたりを重点的に脅し……じゃない。『お話』をして、穏便な形で済むようにここまで案内させたってわけだ」

「ねぇ今脅しって言ってなかった? 絶対言ってたよね?」

「気のせいだ」


 怖い怖い怖い怖い……。


 でも青葉くんの言う『お話』のおかげだとしたら、素直にここに来て全部話してくれたことにも頷ける。


 だから青葉くんに対して下手に出てたっていうか、逆らえない感じだったのか……。納得納得。


「話は終わり。いい加減、教室に戻――」

「待って青葉くん!」

「なに。キミの質問にはすべて答えたはずだけど」


 まだ……肝心のことを聞けていない。


 ここに来た理由とか、どうして仲坂くんも一緒だったのかとか……それも重要だけど。


 もっと重要なことが、私にはあった。


 表情を変えずにこちらを見る青葉くんに、私は思い切って――




「情報を集めた……って()()()()()なの?」

「……」


 

 ピクッと青葉くんの眉が反応する。



「青葉くん、汗かいてたよね? きっと校舎のあちこちを動き回ったんじゃないの? 最初にここに来たとき、呼吸がちょっとだけ荒かったよね?」


 見間違いでなければ、青葉くんは汗をかいていた。肩で息をしていた。


 私たちにバレないように努めていたんだろうけど……。


 私には、すぐに分かった。


 だって――普段から青葉くんのことを『見て』いるから。


「……さぁ」

「青葉くんが人と話すことが苦手なことも知ってる。もしかしたら、危ない目に遭ってたかもしれないのに……」


 私は青葉くんが抱える事情を、詳しく知っているわけじゃない。


 だけど……青葉くんは今回のような『無理』をするようなタイプではない。むしろ、そういったものは避ける人だ。


 身体が弱いのに無理をして。

 人と話すことが苦手なのに無理をして。


 私一人を探すためだけに、どうしてそんな……。


「別に」


 青葉くんは短くそう言うと、私に背を向けた。


「……キミが言ったんだろう。勉強を見て欲しいって」

「……え?」

「キミを待っている間、僕の時間が無駄になる。それが嫌だっただけだ」


 やっぱり……素っ気ない言い方で。


 どんな顔をしているのか、私からは見えない。


 青葉くんのことだから……本当に言葉通りなのかもしれない。


 自分が嫌だったから。

 自分の時間が無駄になるから。


 たしかに理由なんて……それだけで十分だろう。


 私を助けたいとか。

 私が心配だったからとか。

 

 私を想って……とか。


 そんなものは、私の思い上がりで――


「ただ」


 話はまだ、終わっていなかった。


「キミは鬱陶しいくらい明るいし、面倒くさいし、うるさいし、自分勝手だし……人の話を全然聞かない」

「いきなりの悪口!?」

「あと重い」

「ちょっ、それってどういう意味の重い!? 体重!? 体重なのかおらー!」


 これでもスタイルにはちょっと自信あるんですけど!?


「だけどキミは――それ以上に優しい人だ」

「……ぇ」


 思わず息を呑む。


 僅かに、青葉くんの声が穏やかになった……気がした。


「僕のようなどうしようもない人間にすら手を差し伸べようとするほど……。キミは優し過ぎて、真っすぐ過ぎて、絶対に自分を曲げられない……そんな人だ」


 驚いた。


 青葉くんからそんなことを言われたのは……初めてだったから。


 うるさいとか。

 静かにしろとか。

 面倒くさいとか。


 そういうことは毎日のように言われてるけど……。


 優しい――なんて、初めて言われた。


 単純な言葉のはずなのに、胸が……温かくなった。


「そんなキミを……くだらない『嘘』のせいで、周囲を勘違いさせるわけにはいかないだろ」

 

 決してこっちを見ようとせず、青葉くんは私にずっと背を向けている。


「なにも知らない人間に、僕が……僕らが知っている日野森花を誤解なんてさせない」


 いつも他人に興味ないのに。

 いつも周りに興味ないのに。


 どうして――



「キミが僕を『見て』いるように。僕も……まぁ、僕なりにキミを『見て』るから。……それだけだ。全部、僕が『勝手に』やったことだよ」

 

 

 少しだけ、こちらを振り向いて……。


 僅かに見える青葉くんの横顔が……笑っている気がした。


 その瞬間。


 ドキッ――と鼓動が跳ねた。


 私は『その感情』をごまかすように、ヘラヘラと笑う。


「そ、それってつまり! 青葉くんは私のことが好きってこと!? 大好きってこと!?」

「は? 誰がそんなこと言った? 馬鹿なのか?」

「ひどいっ! そういう流れだったじゃん! ちょっと良い感じの雰囲気だったじゃん!」

「うるさ……。僕は戻る」

「あっ、ちょ!」


 歩き出したその背中に手を伸ばすも――青葉くんは止まらない。


 あと一言。


 たった一言だけでも――!



「青葉くん!」



 私が名前を呼ぶと……数歩歩いて、青葉くんは足を止める。


 返事は……ない。


 私は胸の前で手を握る。


 なぜか……心臓が騒がしいくらいにドキドキと音を鳴らしていた。


 特別なことを言おうとしているわけではないのに、緊張してしまう。


 一度ギュッと口を結んだあと、私は離れた背中に向かってハッキリと伝えた。




「ありがとね!」


 

 なんの変哲もない、五文字。


 それなのに……すごく緊張してしまった。


 一秒?

 二秒?


 何秒経ったのか分からない。

 もしかしたら、まだ一秒すら経っていないのかもしれない。


 長く、長く感じる時間のなかで――




()()()()()


 返事もまた……なんの変哲もない、五文字で。


 最後まで、淡々とそう言い残して青葉くんは立ち去っていく。


 ……。


 どうしよう。

 どうしよう。


 ――『キミが僕を『見て』いるように。僕も……まぁ、僕なりにキミを『見て』るから。……それだけだ』


 え。


 えー……。


 うそ……。。


「……好き」


 不器用なくせに。

 素直じゃないくせに。

 頑固なくせに。


 どうして――こんなときだけ……。


 あぁもう……。


 嫌い。

 大嫌い。


 でも。


「好き……だなぁ」



 自然とこぼれた、私の呟き。


 キミが見ている世界が灰色だとしても。

 キミが生きる世界が灰色だとしても。


 私という『色』で――少しずつ、ほんの少しずつでも……。


 キミの世界も、彩っていきたい。


 諦めなくていい。

 折れなくていい。


 まるで『舞台の外』に立って『こちら側』を見ているようなキミの手を――私は、引っ張り上げたい。


 キミは、一人なんかじゃない。部外者なんかじゃない。


 私の物語にキミは……必要不可欠だから。キミじゃないと、ダメなんだから。


 だってキミは私の大切な友達で。

 

 私の……。


 大好きな人……なんだから。


 どんなに時間がかかっても。

 どんなに私の言葉が届かなくても。


 絶対に――その手を掴んで見せる。

 その隣に並んで見せる。


 支えたい。

 助けたい。


 一緒にいたい。


 だから……覚悟しててよね!




「……よしっ。頑張れ私!」


 空に向かって、手を伸ばす。



 秋の風が、熱を帯びた私の頬を撫でた。


 × × ×


 ――っていう感じかなぁ。


 別に特別なことはなにもなくて、本当に日常のなかの些細な出来事だったんだ。


 あぁ、『見て』いたのは私だけじゃなかったんだって。

 彼も私のことを『見て』くれていたんだって。


 それが本当に……嬉しかった。


 ふふ、懐かしいなぁ。


 私にも女子高生の時代があったんだよ?


 今よりもっと若くて、今よりもっと可愛かったんだからね?


 ……これが、私が恋をするきっかけになった話。


 このあとは、私が隼くんを落とすためにめっっっっちゃ頑張ったの。猛アタックしまくったの。


 そのあたりまで話しちゃうと長くなっちゃうから……今日はこの辺で!


 ご清聴、ありがとうございましたっ!


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