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閑話42 私の色と、君の世界【前編】

 ──出会いはなんてことのない、ありきたりなもので。


『初めてのお隣さんだ! 私は日野森花! よろしくね!』

『どうも。あとわざわざ自己紹介されなくても知ってるから大丈夫。以上』

『……え? え? あの、そんな雑に扱われたの私初めてなんだけど!?』

『あ、そう』 


 私と隼くんが出会ったのは、高校三年生の春。


 そこで、初めて同じクラスになって席も隣同士だった。


 いつも一人で。

 いつも暗い顔で。

 いつも無言で。


 私が話しかけても、一言くらい返事をしてすぐに黙る。すぐにそっぽを向く。こっちに見向きもしない。


 まるで、灰色の世界に自分だけしかいないような……。すべてを諦めきったような……。


 輝きを失った、色のない瞳だった。


 だから……かな。


 不思議と私は、余計に彼から目を離すことができなくなっていた。


 私、これでも当時はちょっとだけ人気あってね?

 

 友達から頼りにされることも多かったし、男の子から告白されることも……まぁ何回かあったんだ。


 でも隼くんだけは……どんなに話しかけても絶対に笑ってくれないの。どんなに話しかけても面倒くさそうにするの。


 私が渾身のギャグを見せても『で?』って流されるし。

 私が面白い話をしても『馬鹿なのか?』って流されるし。


 本当に悔しくて、悔しくて……。


 最初は――そんな隼くんのことが嫌いだった。大嫌いだった。


 それから、毎日同じクラスで過ごしていくうちに……。

 懲りず何度も話しかけて、彼と交流を深めていくうちに……。


 少しずつ……今まで知らなかった青葉隼の顔が見られるようになってきた。


 そして同時に、私は思ったんだ。


 『あぁ、彼のことをもっと理解()ってみたい。本当の彼に出会()ってみたい』――って。


 嫌いだけど。

 気に入らないけど。

 悔しいけど。


 それでも彼は私にとって、大切な友達だったから。


 どんなに分かってくれなくても。どんなに届かなくても。

 どんなに否定されても……私は彼と関わり続けた。


 彼を……『見て』いた。


 気が付けば、彼に対する気持ちはどんどん膨らんでいって――


 いつしか『それ』は。


 『恋』になっていた。


 多分、想いが明確になったきっかけは――


 日常のなんでもない……ほんの些細なことだったっけなぁ。

 

 × × ×


「日野森さんさー、あなた最近調子乗ってない?」

「そーそー。絶対乗ってる。チヤホヤされてるからってさー」


 ――高校三年生の秋。


 私は現在、絡まれていた。

 

 そりゃもう、典型的な絡まれ方をされていた。


 朝、登校したら机の中に手紙が入ってて……。

 内容は『放課後、体育館裏に来て』という一文だけ。


 ももも、もしかしてこれって告白ぅ!? ドキィ!


 とか思って来てみたら、厄介そうなお嬢さんたちが私を待ち構えていた……という状況だ。


 ――あっ。


 どうもこんにちは!


 私は日野森花! どこにでもいるハイスペック美少女! 気軽に花ちゃんって呼んでね!


 好きな食べ物はお肉!

 嫌いな食べ物はナス!


 趣味は運動で、特技はバク転!


 苦手なものは勉強だけど……私、やれば出来るから! うん。多分。恐らく。


 好きな男の子のタイプは、ちょっと陰があって――


「日野森! あんた聞いてんの!?」

「ごめん全ッ然聞いてなかった!!! 美少女花ちゃんの紹介で忙しかった!」


 ぐぬぬぬ……大声を出されたせいで最後まで紹介できなかったぜ……。


「じゃ、そんなわけで私は帰るね! お疲れ様~!」

「どんなわけよ! 帰らせるわけないでしょ!?」

「あんたふざけてんの!?」

「ひえっ! バレた!」


 とりあえず困ったら『そんなわけで』って言っておけば、話を適当に流せる説を試してたのに……。


 仕方ないなぁ……。


 私は改めて、今の状況を確認する。


 時間は放課後。

 場所は体育館裏。

 

 呼び出された場所に意気揚々とやってきたら、女子二人が私を待ち構えていて……。

 

 たしかこの二人って、他のクラスの子だったよね……?


 なんでこんな怒ってるんだろう…。


 私、彼女たちに対してなにかした記憶はないんだけどなぁ。


「ごめん、本当に申し訳ないんだけど……。話があるなら巻きでお願いできる? 私、人を待たせてるからさー」


 これは嘘ではない。


 実は今日、放課後にクラスメイトの青葉くんに勉強を見てもらう約束している。


 というのも……。

 

 先日実施されたテストで、見るも無残な成績を叩き出してしまった私は『追試』の烙印を押されてしまい……。


 それを乗り越えるために、青葉くんを頼った……というわけだ。


 だからこうしている間にも、私は彼を教室で待たせているわけで……。


 このまま時間をかけてしまったら、待ちくたびれて帰ってしまう確率が非常に高い。だって青葉くんだし。


 それだけは阻止しなければ……!


「日野森さぁ」


 ショートカットとロングヘアーの二人組のうち、ショートのほうの子が口を開く。


 さっきまでは日野森さんって呼んでたのに……。


 急に呼び捨てだなんて……コミュニケーション力が高い子だなぁ。

 

 はっ! これが他人と仲良くなる秘訣ってやつ!?


 違うかな。違うかも。


「あんた、先週くらいに二年の男子と話してたでしょ。それも仲良さげに」

「え? 二年の男子……? 誰だろう……」


 腕を組み、うーんと頭を捻る。


 先週。

 二年の男子。


 頑張って思い出そうとしていると……頭のなかに一人の後輩男子くんの姿が思い浮かぶ。


「あー! たしか赤坂(あかさか)くんだっけ? 仲良さげって……向こうから声をかけてきたから、ちょっとだけ話をしただけだよ?」


 たしか赤坂だかなんだかって名乗ってたような気がする。


 彼は、ちょっと派手な見た目をした男の子だった。


 これまで一度も話したことはなかったし、私も当然彼のことはまったく知らなかった。


 ただ声をかけてきたから、数分程度雑談に付き合っただけで……。私に近付いてきた理由も正直よく分からない。


 なんかいろいろ話したような気もするんだけど……。内容含めてあまり覚えていないというのが事実だ。


 そんな私の返答に、ショートちゃんは「はぁ?」と眉をつりあげた。


仲坂(なかさか)よ! 人の彼氏の名前を間違ってんじゃないわよ!」

「あ、へぇ。彼氏なんだ……って、え。彼氏!?」


 そっかそっかー。彼氏だったんだ……。


 あー……。

 私が呼び出された理由、なんとなく分かった気がする。


 これはちょっと、面倒くさいことになりそうかも……。

 

「あんたさ、ちょっと顔が良くてチヤホヤされてるからって……人の彼氏にまでちょっかいかけるのやめてくれる?」

「えへへ。顔がいいだなんて……えへへへへ。そうでもあるかなぁ!」

「ふざけんなって言ってんの!」

「ごめんッッッ! 褒め言葉には素直に返せって日野森家の教えだからつい!」


 ……うーむ。

 長引きそうだし、これ以上ふざけても時間の無駄かもしれない。


 私は腰に手をあて、ため息交じりに言葉を続ける。


「あのさ、私言ったよね? 仲坂くん? から声をかけられただけで、私からなにかしたわけじゃないよ。私に聞くより、本人に聞いたほうが早いんじゃない?」

()()()()()()()から……私はあんたに言ってるんだけど?」

「……うぇ? え、あれ?」

「三年の日野森花に言い寄られたってあたしは聞いたのよねぇ。まさか彼が嘘をついてるってこと?」


 おかしい。話が違っている。


 私は本当に、その仲坂くんに声をかけられただけだ。

 

 こちらからアクションは取っていない。取る理由もない。

 

 と、なれば……。


 もしかしてこれ……仕組まれた?


「人の彼氏に手を出すなんて……あんた、よっぽど男に飢えてたの?」

「いや別に。どっちかっていうと食べ物に飢えてる。放課後ってお腹空くじゃん? お菓子持ってない? 甘いのがいいな♡」

「ちっ……どこまでもふざけやがって……!」


 予想通り、面倒なことになってきた。


 このショートちゃんの話がどこまで本当なのかは知らない。


 仲坂くんが本当に言っていたのか、ただこの場で考えただけの作り話なのか。


 私の反応を見て、対応を変えてくる可能性もある。


 ここは……自分のペースを変えずにいつも通りの私でいよう。


「……ふっ」


 ショートちゃんの隣にいる、ロングちゃんが私を見てニヤニヤと笑っていた。


 ショートちゃんだのロングちゃんだの……名前が分からないから呼び方が本当に不便だ。名前くらい教えてくれないかなぁ。


 一応、日野森花という人間は校内でそれなりに知られているほう……だと思う。それは良い意味でも、悪い意味でも……だ。


 だからこそ、そんな私を嫌っている子だって当然いるだろう。


 万人から好かれる人間なんて存在しない。


 誰かが『好き』だと言えば、その裏では『嫌い』だと言う人もいる。


 私のことを妬み、嫌い、疎む子がいることなんて分かってる。


 だからと言って、私は私を変えるつもりはない。


 日野森花ちゃんは、いつだって自分に正直に生きているから。


 好かれるため――とか。

 嫌われないため――とか。


 そんなことを気にしていたら、毎日を心の底から楽しむことなんて出来ないからね。


「言いふらしてやってもいいんだよ? あんたがそういう女だって知れば、みんなはどういう態度を取るかしらね?」

「うん、好きにすれば?」


 私は私を、曲げるつもりはない。


 私は私。それだけだ。


「は……?」

「いやだから、好きにすれば? って。言いふらしたいなら、好きなだけ言いふらしなよ。どうせ本当のことを言っても、君たちは聞いてくれないんでしょ? だったら私は止めないよ」


 依然として態度を変えない私にイラつくように、二人は顔をしかめる。


「まーたしかに? それが原因で悪く言われたら悲しいし、みんなから嫌われちゃうのは嫌だよ?」

「だったら――」

「でも私は、たった一人でも私のことを信じてくれればそれでいい。他人の顔色を窺って『百人』から好かれるより、本当の自分を受け入れてくれる『一人』から好かれたいから」


 あー、でもなぁ……。


 『彼』にまで嫌われちゃったら嫌だなぁ……。


 ……いや、そもそも今の時点でもだいぶ嫌われているのでは?


 いつも面倒くさそうにしてるし、いつもうるさそうにしてるし、いつも私と話すときだけため息の数多いし。


 私、ため息をつかせることに関しては誰にも負けないかもしれない。ドヤァ!


「話はそれだけでいい? さっきも言ったけど私、人を待たせてるから」

「ちょ、待ちなさいよあんた――!」

「ヤダ☆」

「こいつマジで――」


 これ以上話したところで、もう意味はない。


 この人たちはただ私を陥れたいだけだ。


 きっと、私が『ひぇぇぇやめてください許してください~!』って情けなく懇願するところが見たいだけに決まっている。


 そして私は、そんなことをするつもりは微塵もない。


 だったらもう、この時間は無駄だ。


 さぁ、早く教室に戻ろっと。


 ……前髪とか崩れてないかな。大丈夫かな。

 

 一回お手洗いで鏡見てから行こうかな……。


 立ち去ろうとする私を逃がすまいと、二人が一歩前に踏み出した――そのとき。




「あぁ、いた。探したよ」



 淡々とした、男子の声。


 私は声が聞こえてきた後方へと、勢いよく振り返る。


 聞き間違えるはずはない。

 

 この声は――



「日野森さん。僕、いつまで待ってればいいの。キミが勉強を教えてくれって頼んできたんだよね?」


 身長は高いが、線が細い身体つき。

 灰色の髪と、あまり生気を感じさせない気だるげな黒い瞳。


 呆れた顔で私を見ている……青葉隼くんだった。


 ……あれ?


 その青葉くんに首根っこを掴まれる形で、彼の隣にはもう一人男子生徒が立っていた。


 つい先週話したばかりの彼――仲坂くんだった。


 どうして青葉くんが彼を連れてここに……?

 今回の件は、朝からずっと秘密にしていたのに……。。


 私が驚いている一方で、青葉くんは仲坂くんを引きずるようにこちらに歩いてくる。


「あの、ちょ、青葉先輩……!」

「ちゃんと歩け。君のせいで僕は貴重な時間を無駄にしているんだ」

「く、首が……! 息が……!」

「うるさい」


 そんな会話をしながら私の隣に並ぶと、青葉くんは仲坂くんを女子たちに向かって雑に投げた。


 ショートちゃんたちは、予想外の出来事に動揺を見せている。


 動揺しているのは……私も同じだけど。


 なんで青葉くんが仲坂くんを連れてきてるの……?

 知り合いでもなんでもないはずでしょ……?


 それに青葉くんの額に汗が滲んでいるのは……きっと気のせいではない。


 身体が弱いせいで運動を控えないといけない彼が……どうして……。


「もう一度、彼の前で改めて話してもらおうか」


 青葉くんはそう言うと、ぐるっと私たちを見回して……表情一つ変えることなく言い放つ。


「日野森さんが――彼になにをしたって? 嘘ひとつなく、一言一句、正直に……話してもらおう」

 

 え、やだ。


 かっこいいぃ……。


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