第27話 こうして彼らは交流を深めた
「いやー、合法的に授業サボれるっていいなぁ」
前回のLHRから翌週。
今回からいよいよ、それぞれのグループが自分のたちの決めたテーマの調べものを開始する。
そんなわけで、俺たち四人グループで校庭を歩きながらノートにメモを取っていた。
春の暖かい日差しを受けて、俺の心もポカポカ気分である。
「おい昴、サボりじゃないぞこれ」
みんながしっかりシャーペンをノートに走らせるなか、俺はお天道様に向かって大きく伸びをした。
そんな呑気な俺に司先生からのお叱りの声。
「こんないい天気なんだから昼寝しようぜ、昼寝」
「あ、青葉くん……バレたら大変だよ?」
「そこはほら、委員長が上手いこと言っておいてくれ。頼んだぜ!」
「えぇ……そ、それは無理かなぁ」
「昴、蓮見さんを困らすなって」
「へいへーい」と適当に返事をして。
さて、どうして俺たちは現在校庭を歩き回っているのか。
それは俺たちの調べものの『テーマ』に関係している。
俺たちがテーマとして選んだのは『校内に植えられた樹について』。
この学校には定番の桜の木をはじめ、イチョウ、卒業生から記念として贈られたもみの木など、多くの種類の樹が植えられている。
そこで、いったいどんな樹が存在していて、だいたいどれくらい前から植えられたのかを調べることが、俺たちの選んだテーマだった。
いわば『校内の樹の種類と歴史』といった感じだろうか。
「にしても、いいテーマを選んだな蓮見」
他にも何人か校舎の外に出ている生徒がいるが、俺たちと同じテーマではない様子。
テーマの調べ方は自由で、パソコンが設置されているコンピュータ室や図書館などグループによってさまざまだ。
俺は同じ場所でずっと調べものをすることは苦手であるため、こうして身体を動かせることに感謝である。
「そうかな? むしろ本当に良かったの? 実はほかに調べたいものとかあったんじゃ……」
今回のテーマの提案者は蓮見だ。
俺や司、渚にはこれといった案が無く、蓮見が何気なく提案したものが採用された。
いや、厳密には俺も提案したのだが……速攻で却下された。
実に残念だ。
俺が提案したテーマはズバリ――
『校内の美少女について』。
これめっちゃ良くない?
ウチの学校絶対美少女が多いんだって! 見てる感じかなりレベル高いもん! 昴、美少女いっぱい見たもん!
この間登校中に見かけたあの人……恐らく二年生だろう。
髪を太ももくらいまで伸ばしてて、星のヘアピンをしてて……すんげぇナイスバディだった。
あの先輩名前なんて言うんだろうなぁ……。
可愛いというより美人系だったなぁ。
「あ、やっぱりじゃあ俺が提案した校内の美少女に――」
「それは却下」
「ダメに決まってるだろ」
ウキウキで再提案するもの即答で却下。
口数の少ない渚もうんうんと頷いていた。
――まぁ、こんな感じで俺の提案は撃沈したのである。
「るいるいは大丈夫?」
「なにが?」
「疲れてないかなって」
「……晴香、さすがにそれはわたしを舐めすぎ。少し歩いたくらいじゃ疲れないから」
渚は不満げに言い返していた。
幼馴染の蓮見と話すときだけは口数が多くなるし、表情の変化を見ることができる。
普段の渚は表情の変化が少ないため、なにを考えているのか良く分からないのだが……。
心を許した相手にはあんな風に喋るのかもしれない。
「ははーん? さては渚アレか。インドア系だから体力に自信ないパターンか?」
俺はニヤリと笑みを浮かべて渚に声をかける。
渚はビクッと肩を震わせ、俺を見たが……すぐに顔を逸らす。
「……えあ、う……うん。……そんな感じ」
ボソッと、聞こえるか聞こえないかくらいの声が届く。
うーん……これは慣れるまで時間がかかりそうだなぁ。
まぁ、まだ入学したばかりだし、これから一年くらいの付き合いなんだ。
じっくり仲良くなっていけばいい。
……果たして本当に仲良くなれるのかは知らない。
「あ、そういえば」
司がなにかを思い出したかのように声をあげた。
俺たちの視線は司に注がれる。
「校庭だけじゃなくて、中庭にも大きい樹が植えてあったよな?」
「あー、あとまぁ校舎裏とかにもあったような気がするわ」
「うんうん、確かにそうだね。意外と多いんだねぇ」
こうして歩きながら校庭の樹をメモしているが、蓮見の言う通り意外に数が多い。
普段は『あー樹があるなぁ』程度の認識だが、こうして改めて調べてみると発見が多かったりする。
こういった調べもの学習の醍醐味かもしれない。
「じゃあ俺、ちょっと軽く中庭の樹を見てくるよ」
司は何気ない様子で俺たちに言う。
……おっと。
これは手分けして作業ルートか。
と、なると……。
ちょっと面白いことが出来そうだな。
「お、そうかじゃあ――」
俺がとある提案をしようとしたとき――
「じゃあ晴香も一緒に行ってきたら?」
俺の言葉を遮るように、渚が口を開いた。
「えっ!」
幼馴染からの突然の言葉に蓮見は驚く。
頬を赤くして、どうしようと渚と司を交互に見ていた。
ほー……なるほど……。
《《そのあたりの事情》》は把握しているのかどうか分からなかったが……。
今の様子を見ると、渚も理解しているようだ。
「それこそ、わたしは歩きすぎると疲れるからイヤだし。行ってきなよ」
「え、えぇっと……」
「ん? じゃあ蓮見さんも一緒に行く?」
蓮見が困ったように渚を見ると、その渚は小さく微笑んで頷く。
そしてパクパクと口を動かして、なにかを伝えていた。
その内容が伝わったのか、蓮見の顔がもっと赤くなる。
大丈夫かアイツ。あのまま爆発するんじゃねぇか?
「あ、朝陽くん! 私も一緒に行っても……いい?」
「うん? もちろんだよ。じゃあ行こうか」
「はい……!」
「ははっ。なんで敬語なんだよ」
二人はそのままいい感じの雰囲気で、中庭に向かって並んで歩き出した。
俺は……いやきっと渚も、一仕事終えた後の満足感に包まれていた。
まぁ俺はなにもしてないけど。
やったの全部渚だけど。
――それにしても、先ほど蓮見に口パクで伝えていた内容。
俺の勘違いでなければ……。
『アピール、してきなよ』。
これは……確信犯だなぁ。
「……さて、二人になったわけだが」
アイツらのことはまぁ心配ないだろう。
司も蓮見も、コミュニケーション能力になにも問題はない。
きっと仲良くやってくれるはず。
問題は……こっちである。
「……」
「……」
俺たちと渚の橋渡し役を担っていた蓮見がいなくなったことにより、なんとも言えない静寂が訪れる。
思えば、こうして渚と二人になったのは初めてかもしれない……。
まぁ、人見知りのヤツに話すことを強制させるわけにはいかないし……。
とはいえ、交流を深める良い機会ではあるだろう。
いくぜ! 盛り上げ番長青葉昴!
俺が適当なことを言って場を温めようとしたとき――
「……あの、あ……青葉君、はさ」
おおう?
予想外の出来事だった。
初めて渚から話しかけられた。
「お、おう?」
ビックリして変な声出たし。
「……さ、さっき。わたしと……その、同じこと言おうとしてたでしょ……?」
……あー、やっぱりそのことか。
ちょうど俺も聞きたいと思ってたし、ここは素直に答えておこう。
「蓮見の件だろ? むしろ驚いたのは俺のほうだっての。まさか先に言われるなんてな」
苦笑いを浮かべて答える。
「やっぱり……気付いてたんだ。晴香の……こと」
渚はこちらを見る。
少し距離は空いているとはいえ、身長差のせいで俺を見上げるような形になっていた。
長い前髪から、眼鏡越しにその瞳が覗く。
なんとも綺麗な……薄紫の瞳だった。
コイツ……こんな瞳してたのかよ。
普段は前髪で隠れてるし、眼鏡のせいで見えなかったが……。
「まぁな。伊達にアイツの幼馴染やってねぇっからな。ハッハッハ!」
「朝陽君……は、さ」
「おん?」
「朝陽君は……いい人?」
質問をする渚の表情は真剣だった。
それも当然……か。
幼馴染であり親友が好きになった男子。
きっと、その男子がちゃんとしているヤツなのか気になっているのだと思う。
もしも蓮見に相応しくない相手だったり、明らかに悪い影響しか与えないような相手だったりしたら……全力で止めるのだろう。
心配する気持ちは……俺もよく分かる。
「そうだなぁ……」
渚を安心させるために、俺は自信満々に頷いた。
「司は男の俺から見ても最高のヤツだよ。アイツを好きになった蓮見の目は正しい。だから心配すんな」
「……そっか」
「ただ……」
蓮見のその気持ちは正しい。
そこら辺の良く分からない男より、司のほうが絶対にいい男だから。
だけども……。
俺がうーんと悩む素振りを見せると、渚は「ただ……?」と首をかしげる。
「今後、苦労しそうだなぁ……」
司を好きになる女子が蓮見だけで留まるとは到底考えられない。
アイツはこの令和の世界に生きるリアルラブコメ主人公。
知らぬ間にフラグを立てることに関してはスペシャリストなのだ。
……なんかそう聞くと節操のない男みたいだな。
「ま、そのあたりは今後見てれば分かるよ」
「うん……?」
蓮見と渚も、いつかは気が付くだろう。
朝陽君という男の主人公っぷりを。
「……幼馴染の青葉君がそう言うなら、大丈夫そう……かな」
「大丈夫大丈夫。むしろ司じゃなくて俺を好きになるルートもあったかもしれないしな」
「えっと……なに……?」
「なんでもない気にするな聞かなかったことにしろ」
乗るでもなく、冷たく流すのでもなく、素で返答されるのが一番辛いのである。
はぁ……しんどいなり。
でも、これで少しは渚との距離を縮めることができただろう。
せっかく縁があって同じグループになれたのだ。
仲良くやっていきたいものである。
――あ、渚といえば。
「あ、そういえば渚」
「……?」
「休み時間によくやってるゲームって『ぴよぴよクエスト』だろ? あのパズルバトルとキャラクターの感じ」
「え……」
「ちょっと目に入ってさ。もしかしたらそうかなって」
渚は蓮見と一緒にいないときは、一人でいることが多い。
それも、大抵スマホでゲームをしている。
前にチラッと見たとき、偶然画面が目に入って……そのときやっていたゲームが俺の知っているものと同じだったのだ。
「俺もやってんだけどさ、あのゲーム。だけどちょっとイベントクエストで手間取ってて――」
「どこ」
「――おおう!?」
ズイっと渚が距離を詰めてきた。
驚きのあまり俺は二歩ほど距離を空ける。
そんな俺の様子を見て渚はハッとしてそのまま顔を逸らした。
「……あ、ご、ごめんなさい……その……」
申し訳なさそうに俯く。
そんな姿を見て俺は――
「ははっ」
思わず、笑ってしまった。
「その様子だとお前、結構やり込んでるな?」
「……う、うん。イベクエは……一応全部終わってる……」
「お、マジで? あのさ、俺四つ目のステージのハードモードで苦戦してて――」
「そ、そこは回復キャラ入れるより全員アタッカーで固めたほうがよくて……敵の攻撃がとにかく激しいからこっちも火力が高いキャラで一気に――」
急に饒舌になる渚に驚きつつも、俺はアドバイスを聞いた。
渚留衣という女子が、どういうヤツなのか……少し分かったような気がする。
蓮見の幼馴染で、人見知りで。
蓮見に対しては口数が多いが、他のヤツには少なくて。
蓮見のことを大切に思っていて……。
そして。
好きなものの話になるとテンションが上がるタイプ。
コイツ、今自分がめっちゃ喋ってるってこと気が付いてないんだろうなぁ……。
――これが、のちに俺と渚がよく一緒にゲームをするようになったきっかけである。
だけど。
このときの俺は……全然気が付いていなかったんだ。
蓮見晴香だけではなく――。
この渚留衣もまた……、このとき既に朝陽司に対して『ある想い』を抱いていたということに。