第244話 川咲日向は意外にアピールしている
「昴先輩?」
「あぁ悪い、ちょっと考えごとしてた」
まだ確定はしていない。
日向の勘違いや、聞き間違いという可能性もある。といっても限りなく低いとは思うが。
しかし、それらを加味しても――
ここに来たかいがあったと断言できる。
俺にとって日向の話は、あまりにも十分過ぎる情報だった。
「なぁ日向、本当にその大西? 小西? とやらが森君と仲良くしてたのか?」
「見た感じですけどね? 名前すら合ってるか分かんないですけど! それがどうかしたんですか?」
「いや。そんなヤツいたっけなぁと思ってさ」
「まったくもー。同級生の名前くらい覚えててくださいよ先輩」
「んー失敬失敬! だっはっは!」
適当に笑って、ごまかす。
森君だのなんだのはコイツから始まった一件とはいえ、これはあくまでも俺の個人的な事情だ。
そんなくだらない事情に日向を巻き込むつもりも、細かい話をするつもりもない。
ひとまず聞きたいことは聞けた。
予想以上の収穫に、俺は心の中で日向に感謝をしておく。
サンキュー後輩……っと。
「ま、森君関係で困ったことが起きてないならいいや。俺はそろそろ行くぜ」
「あっ! そういえば聞いてくださいよー先輩!」
話を切り上げて帰ろうとしたとき、日向はなにかを思い出したように声を上げる。
森君に関わる話か? と思ったが、その表情を見て俺はすぐさま関係のない話だと察することができた。
なぜならば先ほどとは打って変わり、日向から幸せオーラが溢れ出してきたからだ。
「なんだよ。俺に惚れたか?」
「ん? あぁはい! あたしの好きなおやつはチョコです!」
「わぁ可愛い♡」
「でしょ♡ じゃなくて! ちゃんと聞いてくださいよぉ!」
話を逸らしたのは俺だけど、乗ったのは日向なのに……。おかしい。俺が怒られるのはおかしいと思います。
本音を言えばさっさとここから離れて、次の行動に移したいのだが……。
いい話を聞かせてくれたお礼に、少しだけ話に付き合ってやるとしよう。昴くんは優しい先輩だからね。
この日向の様子だと恐らく……司関連の話か?
「実は昨日、司先輩とデートしたんですけどー!」
「え」
思った通り司関連の話ではあるが、その規模が俺の想定を大きく超えてきた。
デートって言ったかコイツ……?
いきなりとんでもない爆弾を落としてきやがったぞ。
日向は両手を頬に添えて「うへへ」と顔をだらしなく緩めている。ムカついてくるな。
「デート? マジ?」
「マジです! 漫画を買いに行きたいから、そのついでに一緒にお出かけでもどうですか~って誘ったんですよ! そしたらOKしてくれて!」
「マジかよ。司のことだから『みんなで~』とか言わなかったのか?」
「あ、言ってましたよ?」
そこはちゃんと言ってたのか。
流石は司クオリティ。
「でもでも、あたしは言ってやったんです! いや、二人がいいですって! 前回の失敗を糧にあたしは成長しましたよ!」
「おぉ……」
それは素直に驚きである。
あれはいつだったか――
学習強化合宿の前だから、六月くらいの話か?
日向の部活関係の買い物に、俺たちも駆り出された日があった。
まだ夏真っ盛りで、志乃ちゃんが暑さで体調を崩してしまったあの日だ。
アレも本来、日向と司の二人で出かける予定だったのだが……。
司の必殺技『○○も一緒に~』が炸裂した結果、俺たちも同行することになってしまった。
その経験を活かして『二人がいい』とハッキリ言い切るとは……なかなかやりおる。これもまた成長だろう。
――ちなみに。
詳しく話は聞いていないが、それこそ蓮見や月ノ瀬も裏で司といろいろやり取りをしているらしい。
なんなら、日向のようにアレコレ口実をつけてはデートに誘っているようだ。
美少女とデートなんて羨ましい――!! なんて感情は微塵もない。
俺としては大歓迎で、むしろもっとやってくれって気持ちしかない。感謝の気持ちでいっぱいだ。
いいねいいね……青春してるねぇ。
お前、意外にちゃんとアピールしてんじゃねぇか。
「そのときも司先輩がすっごく優しくて~! もうあたしドキドキしっぱなしでしたよ~!」
「オー、スゴイ。スゴイネ」
「全然興味ない!? あとあと~!」
デート……ね。
少し前までの司だったら、志乃ちゃん以外の女子と二人で遊ぶことなんて滅多にしなかったのに……。
月ノ瀬たちは司の事情を理解して、そのうえでアイツを想っている。
そして司自身も、そんな彼女らの優しさを受け入れ、前に進むための支えとしている。
アイツにも、いろいろ気持ちの変化が生じているのかもしれないな。
あぁ……本当に。
本当に嬉しい限りだ。
その調子で頑張ってくれ、川咲日向。
「おーい日向~! そろそろ休憩終わるよ~!」
――体育館のほうから聞こえてきた女子の声に、日向は「うげぇ!」と顔をしかめた。
まだ戻ってこない日向を心配に思って呼びに来たのだろう。
タイミングが良いのか悪いのか……。
「せっかくこれからがいいところなのに~!」
「また今度ゆっくり聞いてやるよ。話、サンキューな」
「絶対聞いてくださいね! 絶対ですよ!」
「おう! 再来年聞いてやるぜ!」
「再来年!? それはつまり聞く気がないってことじゃないですかー!」
日向の話も気になるところではあるが、今はほかにやりたいことがあるからそちらを優先したい。
デートの話は、時間に余裕があるときにでも聞いてやるとしよう。
「ちょっと日向~!」
「い、今行きますよー! 昴先輩また!」
こちらに向かって手を振りながら、日向は慌ただしく体育館に戻っていく。
俺はその小さな後ろ姿に「がんばれよーん」と声をかけた。
日向がいなくなったことで、俺は一人残される。
「森君に小西……ね」
――『あんたさ、最近女子から恨みを買われるようなことした?』
――『四組の小西さんって知ってる?』
――『その人が今日、あんたのことを聞いてきた』
ふーん……。なるほどね。
仮に日向が言っていたことがすべて事実だとして――
まず森君と小西の間には一定の関係値がある。
そして、なんらかの理由で俺と森君にまつわる一件を知った。
小西視点で見れば、大好きな後輩君を陥れた男なんて許せるわけがない。
それに、相手はある意味有名なあの青葉昴だ。
まずは情報を集める手段として、俺に近しい人物に当たった。
それが――渚留衣。
そう考えれば、いろいろ辻褄は合う。
どうして渚が俺に妙な態度を取っているのかは知らないが……。
「ほんじゃま、《《次の準備》》をしますか」
当初の予定通り、渚をこのまま餌にして、小西がボロを出すのを待っているのも一つの手だ。俺自身そうするつもりだった。
ただの接触を超える大きなきっかけがない限りは、俺から直接なにかをする気はなかった。
しかし、俺が思ったより渚が一人で抱え込んでいることは事実で……。
アイツがどうなろうが知ったことではないが、司や蓮見に影響が出てしまう以上あまり放置できない。
――それに。
大前提として俺ではなく、渚に接触したのがそもそも気に入らない。
小西にも……そして、『俺自身』も本当に気に入らない。
たかが俺ごときが、大事な登場人物に影響を及ぼしてるんじゃねぇよ。足を引っ張るんじゃねぇよ。
ここから先の展開に、余計な支障をきたすわけにはいかない。
障害となるものは、絶対に取り除く。
小西がどんなヤツかは知らねぇが……そっちが直接来ないなら――
どうしても、直接来ざるを得ない状況を作り出してやろうじゃねぇの。




