第238話 青葉昴は遊びに没頭する
昼食を終えて、次に俺が星那さんを連れてやってきた場所は――
「そんなわけで、今からここで遊びましょう!」
「『わくわくスポーツパーク』……ですか。たしかに遊ぶのには非常に適した施設ですね」
「でしょ。ここはもう放課後や休日の遊び場としてド定番ですし、なんなら一日過ごせるまである」
「なるほど……」
わくわくスポーツパークこと、我らがスポパである。
ゲーセンをはじめとした各種アミューズメントや、数多くのスポーツを気軽に遊べるここは、特に若い世代にとっては語るに欠かせない施設だ。
司たちと来たり、最近では月ノ瀬に連行されたりなど、俺自身も何度か足を運んでいるお馴染みの場所だった。
一日過ごせる……というのも過言でもなんでもなく、本当にその通りだと個人的には勝手に思っている。
身体を動かすことやゲームが好きな俺にとっては、好みと実にマッチした遊び場だった。
「星那さんは来たことあります?」
「ありますよ」
「お、それは意外」
来たことあるのは驚きだった。
ゲーセンで遊ぶ星那さんとか、スポーツで身体を動かす星那さんとか、正直あまり想像できない。
普段から静かに佇んでいるイメージだし、そういったアクティブなイメージは沸かなかった。
あーでも、武術とか出来る人だからな……。
意外とそっち方面も得意なのかもしれない。
「もっとも、娯楽目的ではなく仕事関係ですけどね」
「あー……仕事ですか」
「私たちのグループはエンタメ事業を主としていますから。勉強などを兼ねて、何度か足を運ばせていただきました」
なるほど。それなら納得である。
例えば星那さんの家は、主に渚と何度も通っているゲームセンター『アステイル』などの経営を行っている会社だ。
競合他社の動向を窺う……的な目的で来ていたとしても、特に不思議に思うことはない。
ビジネスの話は全然分からないけど、恐らくよくある話なのだろう。
「ほーん。それならどんな場所かは説明不要ですね」
「不要です」
「よっし! じゃあ今日は仕事とかそういう堅苦しいこと抜きで、純粋に楽しみましょう!」
「純粋に楽しむとは?」
おぉう。まさかそこに触れてくるとは。
どうやら星那さんは、純粋に楽しむということ自体を知らないらしい。そんな気はしたけども。
こちらを見て首をかしげる姿に、俺は「えっと……」と顔を引きつらせる。
なにも考えないで喋ったから、どう答えればいいものか……。
「……そう! アレです。頭空っぽにして『んんん楽しいぃぃぃぃ!』って気持ちになることです!」
めんどくさいからこれでいいや。
だいたい合ってるでしょ。知らんけど。
「承知いたしました。んんん楽しいぃぃぃぃ――となれるように努めます」
「いや、あの……まぁいいかそれで……」
星那さんが『んんん楽しいぃぃぃぃ』とか言うと、なんかこう……すごくいけないことを教えている気持ちになってくる。
ツッコミを入れるのも大変だし、面白いからいいや。うん。
「ほんじゃま、最初はUFOキャッチャーとかで軽く遊びますか!」
「はい」
「いざ発進!」
「発進、でございます」
そうして俺たちは、スポパに足を踏み入れたのだった。
× × ×
――はてさて。
純粋に楽しむ、とはどこへ行ってしまったのか。
施設に足を踏み入れた俺たちは、まずは一階のクレーンゲームコーナーを軽く見て回りつつ、良さげなものがあれば遊ぼうと思ったのだが……。
「なるほど。この筐体、ぬいぐるみの商品価値から考えて設定金額は――」
「はいストップ! そういう裏側の話は聞きたくないから! 夢が無くなるから!」
「あちらで何度も挑戦しているご家族にも教えてあげたほうがいいのでしょうか。あの様子だと、最低でもあと一万円ほど――」
「そう言われると悩んじゃうけども……! ある種営業妨害ですから! 夢なくなるわ! 誰も遊ばなくなるわ!」
はい、このざまである。
やはり同じ業界の人間ということもあって、星那さんは一般人とは違う目線で各種筐体をじっくりと見ていた。
やれ設定金額がどうとか。
やれアームの下がる位置がどうとか。
やれボタンを押してからのレスポンスがどうとか。
確率機だのなんだのって話は、今となってはもう有名だからみんな知ってると思うけど……。
とはいえ、それらの『事情』を分かっているうえで遊びに来ているわけで。
これが噂に聞いた職業病ってやつか……。
母さんも、街でやっているイベントなどを見ると『これってどれくらいから企画を……』とか『配置している人数や規模的に予算はー』とか言い出すから、もはや仕方のない部分なのかもしれない。
学生だから分からないが、俺も職種によっては将来こんな感じになるのかなぁ……。
大人になるって……少し寂しいんだね――すばを。
「ほら星那さん、あのおもちゃの剣とか超かっこよくないですか? 背中に差して登校しますわあんなん」
「ふむ……一般的にDやBリングと呼ばれるタイプの筐体ですね。失敗することなくコツコツ積み重ねれば、確率型よりは早めに獲得できるでしょう。失敗することなく、の話ですが」
「ご丁寧に説明どうもっす……。あ、じゃあせっかくなんでお手本を見せてくださいよ」
「かしこまりました」
「マジか」
冗談のつもりで言ったのに……。
素直に応じられたことに驚きながらも、俺たちはとある筐体の前までやってきた。
中には全長五十センチほどのプラスチックの剣が景品として用意されており、柄部分に括りつけられた紐が、D型のリングと結ばれていた。
アームを上手く操作し、交互にリングの端に引っ掛けつつ動かし……最終的に落下させることで景品がゲットという、よく見るタイプのクレーンゲームである。
星那さんはじっくりと筐体を観察したあと、持ち歩いていたバックからお財布を取り出した。
そして百円玉を一枚、投入口から入れる。
軽快な音楽と可愛らしい音声案内が流れるとともに、アームを左右に操作するためのボタンが点灯した。
「ふっふっふ、お手並み拝見といたしましょうか!」
「断言しますが百円では取れませんよ」
「いいですよ。欲しいっていうか、ただ遊んでるところを見たいだけなので。一回でいいっす」
おもちゃの剣はかっけぇけど、最初の五分くらい振り回して遊んだら絶対飽きると思うし。
「あ、むしろ俺がお金出しましょうか?」
「結構です。年下の……それも学生にそんなことはさせません」
かっけぇぇ……。
ザ・社会人の貫録を見せつけられ、思わず胸がときめきそうになった。
これが大人の余裕ってやつか……!
「では行きます」
「わくわく」
星那さんはボタンを押して、アームを左に操作していく。
上手くリングの端に引っ掛かるであろう位置まで動かし、ボタンから手を離したとき――
「……?」
わずかに、顔をしかめていた……気がする。
実際はそんなことないかもしれないけど。本当に気がしただけです。
アームはリング目掛けて落下する……と思いきや、リングにすら掠ることなく通過してしまった。
つまり――なにも成果なし。
おっと……? これはこれは……?
「へいへい椿お姉さん!? あんなに自身満々だったのにリングに引っ掛けるどころか掠ってすらないじゃないですか~! へいへいへ~い!」
「…………」
とりあえず煽ったろ。
あとが怖そうだけど煽ったろ。
星那さんはボタンと中の景品……いや、景品ではなくアームか?
どちらにしろ、手元と筐体を交互に見て――そして。
なにも言わず颯爽と歩き出した。
向かった先は……スタッフが居るカウンター。
カウンター……?
――って。
「おいおいおい。ちょ、まっ、どうしたんすか星那さん」
早足で歩く星那さんの前に立ちはだかり、俺は訳を尋ねる。
まさかクレームとか言い出すんじゃないだろうな?
この人はそんな人じゃないだろうけど。
「スタッフに少々お話をしようかと」
「お話って……いくら思うようにいかなかったからって、流石にそれは……」
「ボタンを離してからアームが止まるまでの時間。落ちていくアームの挙動。音声のノイズ。その他細やかな挙動に、微々たるものではありますが若干の不具合性を感じました」
「……マジ?」
「マジ、でございます。『設定』というには不自然でした。念のために一度確認を行うべきです」
素人目には、まったくもって理解できないような内容だった。
周りの客もそんなことに一切気付いている様子はないし……。
えぇ……これマジのやつなの?
下手したらクレームみたいで若干の抵抗感はあるけど、ここまで言い切るからにはそれだけ根拠があるのだろう。
――結局星那さんの圧に負け、実際に店員さんに確認してもらったところ……。
バッチリ不具合が検知されました。
それも星那さんが言った通り、軽微な不具合。
めでたしめでたし……ということで。
……いや、めでたくないわ。すご過ぎるだろ。
これが本職かぁ……などと感心していたら――
「それはそれとして……昴君」
「はぇ?」
「私を煽ってきたことは……忘れていませんよ」
「――え」
終わった。
「せっかくなのでスポーツでもしましょうか。もちろん、一対一で勝負できるものです」
「仲良くキャッキャできるものとかは……」
「却下です」
「のんびりゆるゆる遊べるものとかは……」
「却下です」
「じゃあ――」
「却下です」
「はいすみません大人しく従います」
あ、終わった。
× × ×
――その後。
まるでストレス発散に付き合わされるかの如く、バスケやバドミントン、フットサルなどのスポーツでボコボコにされたのは別の話。
いや……あのね。聞いてほしい。俺の話を一回聞いてほしい。
星那さん、月ノ瀬の非にならないレベルで運動神経が良すぎるんだって。
俺が比較的得意としているスポーツ分野で、こんなに手も足も出なかったのは初めてかもしれない。
真顔でとんでもない速度のスマッシュを打ってきたときはもう、本当に命の危機を感じたからね?
改めて、星那椿のスペックの高さを目の当たりにしましたとさ。
――そんなこんなで、俺たちは数時間ほど遊びに没頭したのであった。
空はもう、すっかり暗くなり始めていた。




