第25話 青葉昴は不憫である
「あ、てか月ノ瀬お前さ」
「…な、なに?」
ショートカットを褒められて浮かれてんなお前。可愛いなオイ。
髪型のほかにもう一つ疑問があったことを忘れていた。
この際だし聞こうっと。
「司のこと呼び捨てで呼んでたよな?」
「そ、そう! それ! 私も思った!」
ハイ! と元気よく手を挙げる蓮見。
そもそも蓮見はこの話のせいでショートしたのに……また話題に出して大丈夫だろうか。
……まぁ、またショートしたらメカニック渚になんとかしてもらおう。
月ノ瀬は司をチラッと見ると小さく咳払いをして緩んだ頬を元に戻す。
まだ赤くはなっているが……今は黙っておくか。
弄り倒したいけど話が進まねぇ。
「そ、それは……」
それは? と俺たちは月ノ瀬の答えを待つ。
「ほ、ほら。晴香と留衣のことだって下の名前で呼んでるじゃない?」
「うん」
「だね」
話を振られた二人が頷く。
「それと一緒よ。別にその……変な意味とかないから!」
月ノ瀬は必死な様子で弁明する。
変な意味ってなんですかねぇ……。
そもそも本当に『変な意味』とやらが無かったら、わざわざ言う必要ないんだよなぁ。
あーラブコメラブコメ。略してラメ。
「ふーん? なるほどなぁ。だから俺も名前なのか」
渦中の人物である司は呑気に頷く。
そもそもどうして蓮見がこんなに知りたがってるのか分かってんのかお前。
そして本当に変な意味がないと思ってんのかお前。
分かってるわけないし、思ってるわけないよなぁ……。
「そっかぁ……なら……うーん。――私はまだ呼んだことないのに……」
納得できるようなできないような……そんな様子で首をかしげ、最後にポツリと呟く。
そうだよね蓮見ちゃん。
好きな人を下の名前で呼んでみたいよね。分かる分かる。
月ノ瀬は性格的に下の名前で呼んでても違和感はないが、蓮見の場合は……明らかに違和感あるな。
あの蓮見が男子を下の名前で呼ぶなんて……もうそれ絶対彼氏じゃん。
恥ずかしそうに『す……昴っ』って呼んでほしい。ちょっと上目遣いで。やべぇテンション上がってきた。
「わたしはまだ下の名前で呼ばれるの慣れないけど……」
「あ、そう? 別に留衣も玲って呼んでくれていいのよ?」
「そ、それはまだムリ……。陽キャの距離の詰めかただ……やっぱり月ノ瀬さんってそっち側か……」
渚はムリムリと首を左右に振る。
まぁ……そうだなぁ。渚は明らかに陰の者寄りだからなぁ……。
基本的に蓮見以外の女子はさん付けだし、男子に対しては司のように君付けだ。
そもそも渚の場合は異性と話すところをあまり見かけないが……。
男子相手だと尚更陰キャモードが炸裂してる気がする。
てか、じゃあなんで俺だけ青葉呼びなんだよ。おかしいだろ。
司には毒吐かないのになんで俺にはあんなに毒吐いてくるの?
人見知りとかそういうのを超越するレベルで俺のこと嫌いなの?
もしかして前世が敵同士だった?
「というわけで……理由としてはそういう感じ。どう青葉、納得できた?」
「待て待て待て待て待て」
あーびっくりした。
あまりにも自然な流れ過ぎて『あ、おっけー』って言いそうになったわ。
話を止めた俺を月ノ瀬は訝しむように見る。
いやだからおかしいだろって。
その顔するのは俺の方では?
なんでお前が『は?』ってなってるんだよ。
「待て月ノ瀬、とりあえず整理するぞ?」
「整理ってなにをよ?」
俺は一度深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「いいか? まずお前、蓮見はなんて呼んでる?」
「晴香」
だよな。
「渚は?」
「留衣」
うんうん。
「司は?」
「司」
「よしよし。じゃあ──」
この流れで叩き込め!
「俺は?」
「青葉」
「なんでだよっ!!!!」
ドンッ! と俺は目の前の司の机を叩いて思わず立ち上がった。
月ノ瀬を見てクワッと目を見開く。
「なんで俺だけ苗字なんだよっっっ!!!」
青葉昴、心からの叫びである。
「え?」
しかし、当の本人である月ノ瀬には全然響いておらず……。
俺がなぜ叫んでいるのか全然分かってない様子だった。
うん、なんで?
「流れ的にほら、そこは俺も『昴♡』って呼んでくれるところじゃん! なんで俺だけ苗字なの!」
「あー……そういう……」
「……なんか今ちょっとキモくなかった……?」
ようやく俺の言いたいことを理解した月ノ瀬。
渚、お前はとりあえず静かにしておけ。
察しが良すぎるのも問題だぞ。
「……なんとなく?」
「なんとなくで俺だけ除け者にしないでっっっ!!!」
青葉昴、心からの叫(以下略)
お前マジで、そんな首かしげて可愛い感じで言っても許しませんよ?
まぁまぁ、と司がなだめてきたが俺は強烈な睨みを利かせる。
オマエダケハ……ダメダ……ツカサ……。
俺がバーサーカーモードに突入しようとしている最中、月ノ瀬の視線が渚に向けられた。
「でも、それを言うなら留衣もそうよね?」
「え、わたし?」
「あーたしかにるいるいもそうだよね。青葉くんだけ青葉ーって呼んでるし」
一同の視線が渚に注がれる。
その件について先ほども思っていたが、その通りではある。
なぜコイツは俺だけ呼び捨てなのだろうか。
渚は少し考える素振りを見せたあと、小さく首をかしげた。
「……なんとなく?」
「お前もかよ!!!」
二人揃って脅威の理由『なんとなく』を繰り出した。
実に便利である。
「そうよね? なんとなくよね?」
「うん、なんとなく。理由はないかも」
「じゃあ尚更おかしいだろ!」
俺の怒涛のツッコミに二人は『なにコイツ』みたいな目を向けていた。
いやいやいや、その目をしたいのは俺だから!
まるで俺が変なこと言ってるみたいな空気やめて?
え、もしかして俺がおかしいの? あれ?
「青葉を君付けで呼ぶのは……ちょっとね……」
「ちょっとなに? ちょっとなんなの?」
なんでそこ抵抗感あるの?
「あはは……。あ、でも渚さんってさ」
一人楽しそうに話を聞いて司が渚に話しかける。
「いつから昴のこと呼び捨てにしてたっけ? 最初は君付けだったよな?」
そんな、司の疑問。
「たしかに? 渚って最初は俺を青葉君って呼んでたよな? しかも今よりもっと優しかったし」
「は? まるで今は優しくないみたいな言い方やめてくれる?」
「お前それ本気で言ってる?」
「超本気」
ダメだこいつ。
普段の対青葉との会話を思い出したほうがいい。
「でも朝陽くんの言う通り、るいるいが男の子を呼び捨てなんて珍しいかも。子供の頃からそういうのなかったような……」
「……そうだっけ」
「うん、私の記憶が合っていればだけどね」
ほう?
昔から渚は男子に対して距離を空けていたのか。
だけど今は俺のことを呼び捨てで呼んでいる。
それは幼馴染の蓮見でさえ珍しいと言えることだった。
珍しい……。
俺だけ……。
つまり、特別……。
──ここから導き出される答えは。
俺は顎に手を添え、冷静な態度で渚に聞いてみることにした。
「──お前、俺のこと好きなの?」
もうこれしか考えられねぇよなぁ!?
なんだそういうことかぁ!
渚も可愛いところあるじゃねぇか!
ハッハッハ!
……ん?
渚は真顔のまま立ち上がると、そのまま椅子の足を持ち上げた。
そしてこちらを向くと、両手で持った椅子を俺に向かって振り下ろそうと──
っておいおいおい!!!
「いやマジでホント調子乗りましたごめんなさいでした渚さんいや渚様いや渚の姉御」
俺は思い切りジャンプをすると凄まじい速さで土下座のポーズをとった。
これぞジャパニーズジャンピング土下座。
見たか。これが俺の本気だぜ。
「わー……すごい……綺麗な土下座だー……」
感心してパチパチと小さく拍手をする蓮見。
ふっ、そうだろ? 俺はこういうのは得意なんだぜ。
任せておきな。
「……はぁ」
もう何度聞いたか分からない渚のため息。
「次言ったら埋めるから」
「……どこにでしょうか」
「校庭の桜の木の下」
「呪いの木的なアレになっちゃうからやめてっ!! せめて杉の木とかにしてっ!!」
「アンタのその基準なんなのよ……」
渚は持ち上げた椅子を下ろし、そのまま座り直した。
危なかったぁ……もう少しで校内でとんでもねぇ事件が起きるところだったぜ……。
無表情のまま俺を始末しようとしてくるの怖すぎるって……。
アイツ絶対ヒットマンじゃん……ヒットマンの顔してたって……。
バクバクと激しく鼓動を刻む心臓を抑え、俺は土下座の姿勢を解いた。
「でも、私ちょっと気になるかも」
「ん? なにが?」
月ノ瀬の言葉に司が反応する。
ふむ。気になるとはなんだろうか。
ももも、もしかして俺のことぉ……!?
──って言うと今度は月ノ瀬に始末されるかもしれないから黙っておこ。偉いぞ昴くん。
流石に次茶々入れたら本当に埋められる。
「ほら、まずアンタと青葉って幼馴染でしょ?」
「うん、そうだね」
「で、晴香と留衣も幼馴染なんでしょ?」
「うん。私たちもそうだよ」
幼馴染と幼馴染のコンビなんだよなぁ。
思えば結構面白い組み合わせではある。
「そこが仲良い理由はもちろん分かるんだけど」
あー……なるほどな。
月ノ瀬が言いたいこと、なんとなく分かった気がする。
「どうして四人は仲良くなったの?」
月ノ瀬はそう言うと、俺たちを不思議そうに見る。
やっぱり気になったのはそこかぁ。
月ノ瀬は転校生だから去年の俺たちを知らない。
彼女視点では、俺たちは出会ったときから既に仲が良いグループに見えるのだ。
「そっか……。そのあたりの話、玲ちゃんに話したことなかったっけ」
「してないかもね」
「となるとアレだな。去年の話だな」
「私はほら、四人が去年もクラスメイトだったってことしか知らないから」
うんうん、それはそうだ。
去年の話かぁ……。
俺たち四人は何気なく顔を合わせる。
「いい機会だし話すか?」
「うん、いいんじゃないか? 昴に任せるよ」
「私もいいと思うよ」
「変に脚色したら許さないから」
失礼な……。
俺がそんな話を捏造する人間に見えるのか?
さーてと。
司たちからのご指名だし、ここは俺が代表して話すことにするか。
俺たちがこうして交流するきっかけとなった話を。
「コホン。では僭越ながらこの私、青葉昴がお話させていただきます」
あれはそうだなぁ……。
入学してひと月とか、そのあたりの時期だっただろうか――