第232話 青葉昴はしっかり振られる
「お三方ともお断りします」
支援要請。支援要請。
駅前にて謎の事態が発生中。
至急、支援を求ム。
繰り返――しません。危ない危ない。
あまりにも予想外過ぎて、思わず緊急支援を要請するところだった。
「お三方とも……」
「お断り……」
「っすかぁ……?」
男A、男B、男C……もとい俺の茫然三連コンボが繰り出される。
俺の台詞に関しては無理やりねじ込んだ感すごいけど。だって、なんか一言だけでも言っておきたかったもん!
あんぐりと口を開ける俺たちに対し、星那さんは平然と頷いた。
「はい。すべてお断り、でございます」
おかしい。想定とまったく違う。
青葉式ナンパ救出術ってなに? 盛大に失敗して恥ずかしいから、もう一生使うのやめていい?
俺の予定では『最後に来た貴方で……』とか言って選ばれて、勝ち誇りながらここから退散する予定だったのに……!
美女に振られた男三人衆は、一度お互いに顔を見合わせ『マジ?』と目をパチパチと瞬きさせる。
なんだろうね。ちょっとだけ俺たちの間に、謎の友情が芽生えてきた気がするんだけど気のせい?
「まず一人目の方ですが」
星那さんはそう言うと、右端に立っている男Aを見た。
「そもそも顔が好みではありません。以上です」
「ぐふぅ!」
うわー……えっぐ。攻撃力高すぎない???
椿お姉様からクリティカルダメージを受けた男Aは、苦しそうに胸を押さえてその場でよろめいた。ドンマイ。
可哀そうだけど笑いそうになったのは秘密。我慢しろ俺。
「次に二人目の方ですが」
星那さんは続けて真ん中に立つ男Bに顔を向けた。
……同時に、一つ気が付いてしまう。とても重要なことに気が付いてしまう。
この流れだと三人目……つまり俺の番まで来る? 脅威に三回連続攻撃とかいうチートモード来る?
「立ち振る舞いが気持ち悪いです。あと話し方も。以上」
「あがぁ!」
はい。二人目、撃沈。
これに関してはもう……頑張って自分磨きをしてください。ファイトだぜお兄さん。
――って、ファイトじゃねぇ! そんな呑気なこと言ってる場合じゃねぇわ!
だって……次は俺の番じゃねぇか!
このまま行くと俺も撃沈コースだろうが!
今更焦ったところで星那さんは待ってくれるはずもなく――
その金色の瞳が、遂にこちらに向けられた。
「で、最後にやってきた貴方ですが……」
ひえぇっ……!
ただこっちを見たというだけなのに、反射的に肩がビクッと震えた。
クリティカルダメージは確定だから、今は防御をして攻撃に耐えなければ……!
俺は覚悟をして、星那さんの言葉を待つ。
なにを言われるんだ? 顔か? 声か? それ以外か?
「……」
しかし、星那さんはなかなか続きを口にしようとしない。
言葉を選んでいるのか、口元に手を添えて考える仕草を取っていた。
いや、まぁ……なにも無いなら無いでそれでいいんだけど。
むしろその方が俺の心的に余裕があると言うか……うん。
――などと思っていたのも束の間、星那さんのその口がゆっくりと開かれ……。
「なんか無理です」
……。
………。
「なんか無理!?」
「はい。なんか……はい。無理です」
「理由が適当すぎるッッ!!!」
……え? なんかってなに? え?
言葉遣いが丁寧なあの星那さんが『なんか無理』とか言うの……流石に面白すぎない?
驚きとか悲しいとか、そういう感情以上に困惑が来ちゃったんだけど?
しかしながら、ダメージを受けたのもまた事実で……。
なんか無理かぁ……。
無理なら仕方ないヨ……ヨヨヨ…。
「ですが……」
ぐすんぐすんと泣き真似をしていると、星那さんがポツリと呟く。
どうやらまだ話は終わっていなかったらしい。
「せっかくなので、なんか無理な三人目の方でお願いいたします」
んんん?
「……え」
「……え」
「……え、あ、え、俺?」
まったく予想していなかった展開に、思わず自分を指差すと星那さんは「はい」と頷いた。
ほ、ほー……へー……。
よ、よく分からんけど! とりあえず!
「よっしゃあ! あざす! ではでは行きましょうか!」
終わり良ければすべて良し! なにをもって『せっかくなので』なのか一切分からないけど! 全然意味分からないけど!
とはいえ、これぞ青葉式ナンパ救出術! みんなもぜひ使ってね!
明らかに作戦失敗の流れではあったが、結果的に星那さんを男たちから離すことができた。目的を果たせたらそれでオッケーなのである。
そうと決まれば――と。
星那さんを連れて歩き出そうとしたとき、隣から「おい待てよ」と声をかけられる。
「んぇ?」
声をかけてきたのは、先ほど星那さんから『顔が好きじゃない』と言われた男Aさんだった。
こちらに敵意を向けている眼差しに、うへぇと俺は顔をしかめる。
ダルいなぁ……大人しく諦めてくれればいいのに……。
無視するとそれはそれで面倒そうであるため、俺はニンマリと笑ってやった。
「おっ、なんですか? 顔が無理なお兄さん?」
「顔が無理とか言うんじゃねぇ! てか無理とは言われてねぇから! それはてめぇだろ!」
「失礼な! 無理とか言うなよ! 地味に気にしてんだぞそれ!」
せめて具体的なこと言って欲しかったわ!
顔と声とか、ちゃんと分かるように言って欲しかったわ! なんだよ『なんか無理』って!
「だいたいさっきからお前調子乗って――!」
「うぉっ」
あ、やべぇ。
気付いたときには、俺に掴みかかろうとする男の手がすぐ目の前に迫って来ていた。
普段であれば、避ける程度は容易に出来ただろう。けれど、ずっと変なことを考えていた結果……見事に反応が遅れてしまった。
とりあえず被害を最小限に抑えるには――
その瞬間だった。
「……ぇ」
男が、宙を舞った。
正しく言えば宙で『回った』。
俺はただ目の前の光景をそのまま説明しているだけで、理解はできていない。
男Aに対して身構えた瞬間、男が宙で回っていて――そして。
「失礼しました。つい反射的に投げてしまいました」
星那さんが――俺と男Aの間に立っていた。
では、いつの間に移動したのか。
こちらの認識が間違っていなければの話だが……。
俺に向かって伸ばした男Aの手を星那さんが掴んで、そのまま男Aを身体ごとクルッと回転させていた。
一瞬の出来事だったから、確証はない。
でも……確かに星那さんは今、俺の前に立っているのだ。
その証拠に、たった今口にしていた。
『投げてしまいました』――とか。
「え……は?」
星那さんから投げられたであろう男Aは、ドサッと音を立てて地面に落ちる。寝転がった体勢のまま、完全困惑モードに入っていた。
そうなってしまうのも仕方ない。
生意気なガキに掴みかかろうと思ったら、なぜか自分が宙で回転していたわけで……。
「私、武術を嗜んでおりまして」
服の乱れを直しながら、星那さんはサラっと告げる。
……おい。今のは嗜んでるってレベルじゃねぇぞ。
明らかに『やってる』人の動きだったぞ。
「それに……こんなですが、彼は私の知人でございます。それも、大切な知人でございます」
「ん? こんな???」
こんなってなに?
大切なのに『こんな』なの?
でもまぁ、この場合の大切っていうのは……アレだな。
会長さんの関係者だから、そういう意味での『大切』だろう。
男Aを見下ろした星那さんが、無表情のまま放つ……最後の一言。
「行いには――くれぐれもご注意を」
か……。
か……。
か――
かっけぇぇぇぇぇ!!!!
キュンッ。




