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第229.5話 渚留衣は再び絡まれる【後編】

 えーっと、前回のあらすじ。


 寝不足で全然頭回ってない。

 小西さんとエンカウント。

 謎の美人先輩が降臨。


 うん、以上。


 ――え、なにこの状況。


 × × ×


 険悪な雰囲気に発展しかけていたわたしたちの前に現れた美人先輩は、こちらに向かって歩いてくる。


 堂々とした佇まい、歩くたびに揺れる黒髪。


 身長も高く、良い意味で高校生離れした雰囲気に、どこか生徒会長さんっぽさを感じた。


 ほんの一瞬だけ『星那さん?』って思ったけど、髪色や口調、声音、表情など、あらゆる部分が別人だからありえなかった。それに制服だし。


 長めの前髪から覗く瞳には、茫然と立ち尽くすわたしたちが映っている。


 ホントに誰なんだろうこの先輩……。


 なんか気さくに話しかけてきたけど、全然知らないし人だし……。


 ひょっとしてわたしが忘れてるだけで、どこかで会ったことあるパターン……? そんなことなさそうだけど。


 ただでさえ、汐里高校は生徒数が多い。


 全校生徒の顔と名前を憶えている人なんてなかなか……というか、まずいないだろう。


 それこそ生徒会長さんくらいじゃない……?


「たまたま通りがかったのだけど……姿が見えたから、つい話しかけちゃった。ごめんなさいね」


 ふっと笑みをこぼしてそう言うと、先輩は小西さんの少し後ろに立った。


 近くで見ると改めて思う。この人、すごい美人だ。


 ……で、誰なの?


 とりあえず返事はしたほうがいいよね……? 話しかけられてるわけだし。


「あ、あの――」

「貴方は留衣ちゃんのお友達?」

「えっ……? あたし、ですか?」

「そう、貴方よ」


 図ったようなタイミングで、先輩はわたしの言葉を遮った。


 急な事態に小西さんが困惑している間、先輩はこちらへチラッと視線を向けた。


 そして――


「……ふふっ」


 パチン、とそれはもう鮮やかなウィンクをしてきた。


 ……。


 あっ、これもしかして。

 自意識過剰じゃなければ……だけど。


 わたしを助けようとしてくれてる――?


 まるでわたしに話をさせないように、言葉を遮ってきたのって……そういうこと?


 一旦静かにしてて――的な……?


 自分に都合よく解釈し過ぎだろうか。


 ハテナマークが無限に浮かぶなか、ひとまずわたしは黙っておくことにした。口を開けたらボロが出そうだ。


 二人の会話を見ていよう。


「あ、あたしは……」


 わたしに対してはあんなに強気だったのに、今の小西さんは萎縮していた。


 先輩相手だし、その先輩も……なんかこう『すごい』から仕方ないのかもしれないけど。


「ちょっと渚さんに聞きたいことがあって……そ、それを聞いてたっていうか……」


 間違ってはない、かな。

 実際その通りだと思う。


「ふぅん? ただの質問にしてはずいぶん詰め寄っているように見えたのだけど……。私の気のせいかしら?」

「そ、れは……」


 人差し指を口元に当て、先輩は妖しげな微笑みを浮かべる。


 そのままグイっと距離を縮めたことで、小西さんは怖気づいたように身を引いた。


 おぉ……。


 こういう陽キャタイプって、先輩相手にもタメ口を使ったりとか、むしろ喧嘩腰になるとか、そういう偏見があったけど……。


 やっぱり人によって違うんだね。勉強になる。


 ……ま、この場合は相手が悪いっぽいけど。


「二人の会話を聞いてたわけじゃないから、詳しいことは分からないけれど……」


 先輩は小西さんから距離をあけて、今度はこちらに向かって歩いてきた。


 ……え、こっち?


 そのままわたしの横を通り過ぎたと思ったら――


 ポンっと、両肩に優しく手が置かれた。


 視界の端に映るのは、艶やかな黒髪。

 ふわりと漂うのは、落ち着いた香水の匂い。


 先輩が――わたしの後ろに回っていた。


 本来であれば今すぐ逃げ出すところを、全力で我慢する。


 表情に出さないように努めているけど、心臓はバクバクと音を鳴らしている。気を抜いたら、動揺でとんでもないくらい汗が出てきそう。


 知らない美人の先輩に、こんなに距離を詰められるとか……むりむり。むりむりむり。


「あまり、私の可愛い後輩ちゃんを困らせるのはやめてちょうだい?」

「か、かわっ――」


 予想外の言葉に、うっかり反応してしまった。


 顔に熱がこもっていくのを感じる。


 そんなわたしの肩を、先輩はトントンと叩いてくれた。

 大丈夫、大丈夫……と落ち着かせるように、ゆっくりとしたリズムで。


 心地良い感覚に、わたしの鼓動が徐々に平常心を取り戻していく。


「それを踏まえて……もう一回、聞くわね?」


 優しい口調のなかに、僅かに感じる棘。


「あなたは――留衣ちゃんのお友達?」

「っ……」


 当然、小西さんには答えられるはずもなく……。


 なんか……うん。

 ちょっと可哀想に思えてきた。


「あ、あたし……もう行くので! 話は終わりましたから!」


 小西さんは早口で言うと、わたしたちに背中を向ける。


 そのまま、逃げるように早足で立ち去ってしまった。


 逃げるように……っていうか、逃げたんだと思うけど。


「あら、まだ話は……ってもう行っちゃったわね」


 困ったような先輩の言葉に、わたしはコクコクとただ頷くことしかできなかった。


 そして残されたのはわたしと、知らない先輩の二人だけ。


 え、ど、ど……どうしよう。

 

 もちろん、お礼を言うとか、名前を聞くとかいろいろあるけど……。


 それ以上に、今の状況を理解するほうが難しくて……。


 ボーっとする頭を全力で回転させても、最適解を思いつくことはできなかった。


「さて。私も行くわね、留衣ちゃん」


 焦るわたしとは対照的に、先輩は何事もなかったかのようにサラッと言った。


 事情を聞いてきたり、自分のことを話そうとしたりすることなく、ただ先輩は私から離れていく。


 横を通り過ぎ、そのまま歩いていく先輩の背中に――


「あ、あの……!」


 わたしは急いで声をかけた。


 よく分からないまま終わり――なんてことはできなかった。


「ん? なにか用?」

 

 先輩は立ち止まり、こちらに振り返る。


 その表情は優しかった。


「よ、用っていうか、その……た、助けていただいてありがとうございました……」


 ぺこりと頭を下げて、お礼の言葉を告げる。


 何度も言うけど、わたしはこの人のことを知らない。

 わたしのことを留衣ちゃんと呼ぶ先輩なんていない。


 なにを思ってわたしに声をかけたのかは分からない。

 どうしてわたしの名前を知っているのかも分からない。


 そんな『分からない』ことばかりだけど……。


 それでも、助けてもらったという事実は変わらないから。


「ふふ。いいのよ、ちょっとした気まぐれだもの」


 気まぐれ……。


「あ、そうだ。せっかくだから、一つだけ聞いてもいいかしら?」

「は、はい。なんでしょうか……?」


 先輩はわたしをジッと見て、興味深そうに笑う。


 聞きたいこととは――


「貴方にとって青葉君っていうお友達は、そんなに大事な人なの?」

「え……?」

「だって貴方、彼のことを悪く言われて怒っていたのでしょう?」

「……」

「ごめんなさいね。実は貴方たちの話、ちょっとだけ聞いていたの」


 すぐに答えることができなかった。


 どうして青葉の名前を……とか。

 どこまで話の内容を……とか。


 普通であれば真っ先に出てくるであろう疑問すら、浮かんでこなかった。


 ただわたしの頭の中には、先輩からの質問だけがぐるぐると回っていたから。


 青葉を悪く言われて怒っていた……?


 たしかに好き勝手言っていた小西さんに対して、内心『ちょっと待って』と思ったのは事実で……。


 もしも先輩が止めに入って来てくれなかったら、わたしはなにを言おうとしてた――?


 あのとき、わたしはなにを思っていた――?


 大事な友達なのは、そう。

 それは……本当のこと。


「ふふ。これもまた『青春』かしらね……」


 なにも答えないわたしを見て、先輩は微笑んだ。


「じゃあ、またどこかで会いましょう。遅刻しちゃうから、留衣ちゃんも早く教室に行くのよ」

「えっ、ま、待っ――」


 引き留めるために手を伸ばすも、先輩は手を振りながら歩いて行ってしまった。


 遠くなる背中を、ただぼんやりと眺める。


 まだ質問に答えてないのに……。


 最後まで、すべてが謎な先輩だった。


「あぁ……もう」


 小西さんの件といい、青葉の件といい、極めつけには謎の先輩といい……。


 朝から頭を使わせるのは本当にやめてほしい。いったい、わたしの周りでなにが起きてるの?


 今回は先輩のおかげで解放されたけど、小西さんがこのまま諦めると思えない。


 もしかしたら、陰からわたしやわたしの周りを監視してくる可能性だって考えられる。仕返しも兼ねて……みたいな。


 そうなったとき――


 わたしと関わっていることで、さらに青葉に対して良くない影響が及ぼしてしまったら……?


 少しの間、関わり方を考えるべき? それとも小西さんから言われたことをすべてあいつに話すべき?


 いや、でも。

 

 わたしはあいつの裏……というか本来の性格を知っている。


 この件を話してしまったら、あいつは自ら小西さんのところに乗り込んで行ってしまうのでは?


 そしたら、あいつだけではなく朝陽君や晴香たちにまで余計な心配をかけてしまうかもしれない。


「……はぁ。ぜんっぜん分からない」


 わたしは――どうすれば。


 青葉昴という男は、意味もなく他人を傷つける男じゃない。


 昔はそうだったのかもしれないけど、今は少なくとも違うはずだ。


 意味があったら傷つけていい……ってわけじゃないけど。


 少なくとも、小西さんが言っていた内容が真実だという確証はまったくない。その逆も然り。


 はぁ……まったく。


 別に疑ってるわけじゃないし、あんたは馬鹿だけど悪いやつじゃないことは知ってる。


 とはいえ……いったいなにしたの?


「……あ。早く教室に行かないと」




 × × ×




「本来であれば、()()()()()()()はなるべく避けたかったのですが……」


 自分の制服姿を見て、小さく息をつく。

 初めてのことではないが、年齢的に抵抗感はある。


「今回ばかりは……仕方ありませんね。あれから『彼』の周りを探っていて正解でした」


 忠告くらいは……していいのかもしれない。


 『先輩』は教室とは真逆の方向へと歩いて行った。



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