第24話 月ノ瀬玲は吹っ切れる
「はぁ……マジで酷い目に遭った……」
「ホントよ。青葉アンタ、絶対許さないから」
「ハッハッハッ!」
「笑ってごまかすな!」
時間は少し飛んで、休み時間。
司、月ノ瀬両名は疲れきった様子でグッタリしていた。
まだ学校は終わってないのにそんなに疲れているなんて……なにかあったのだろうか?
うーむ……友人としては心配だな。
なぜか月ノ瀬は俺をめっちゃ睨んでくるけど知らない。なんでだろうネ。
「ま、でもよかったんじゃない? 月ノ瀬さん、みんなにちゃんと事情話せたし」
スマホに目を落としながら淡々と渚がフォローを入れる。
あーコイツ、イベントクエストのマラソンしてやがるな……。
確かに今回のイベントは結構マラソン必須だしなぁ……俺も時間あるときぼちぼちやっておこ。
で、なんの話だっけ? そうだ月ノ瀬の話か。
「それは、まぁ……そうだけど」
今朝の一件後、クラスメイトたちに囲まれた月ノ瀬は、とにかくさまざまな質問をぶつけられていた。
そんな飢えた猛獣たちを鎮め、月ノ瀬はどうして性格が変わったのかを話せる範囲で説明していた。
俺たちに話した内容ほど細かくはないが、それでも彼女なりに精一杯話していたことは印象に残っている。
──『みんなを騙していて……本当にごめんなさい』
一通り説明を終えた月ノ瀬は、最後に深く頭を下げていた。
そのときは……まぁ、相当怖かっただろう。
糾弾される覚悟はあったはずだが、実際にそうなったときに耐えられるかは別の問題だ。
司が隣にいてくれたことが、月ノ瀬にとってなにより救いになっていたことだろう。
──そして。
結果的には。
──『え、そうなんだー! 相談してくれればよかったのに!』
──『前までの月ノ瀬さんも好きだけど、今の月ノ瀬さんもいいと思うよ!』
──『お、俺はどんな月ノ瀬さんでも大好きだぜ!』
──『お前なにどさくさに紛れて告白してんだよ! あ、俺も! 俺もそう思う!』
なんて。
どうやらこのクラスの連中は揃いも揃ってお人好しだったようだ。
月ノ瀬を悪く言う者などおらず、ありのままの彼女を受け入れていた。
なんとも優しい世界。やさいせいかつ。
「あんなにすんなり受け入れられると……流石に心配になってくるわよ」
「あはは、みんな優しいよね。このクラスでよかったよ私」
「うん。それは俺も同感」
無事にショート状態から復活した蓮見がクラスを見回す。
あ、ちなみに蓮見には渚がしっかり今朝なにが起きたのかを説明していた。
ハラハラした様子で聞いていた蓮見だったが、話が進むごとにニコニコになっていくのがなんとも可愛らしかったです。まる。
よかったね。二人、付き合ってなくて。
「んで? お前、なんで髪切ったんだよ」
椅子を逆向きに座り、月ノ瀬に顔を向ける。
各々気になっていたのか、視線が彼女の髪に注がれる。
「あーこれ?」
バッサリと切ったショートカット。
それでも髪質は変わっていないため、サラサラのままである。
茶髪ショートの蓮見と、金髪ショートの月ノ瀬。
厳密には二人の髪の長さはちょっと違うが……。
うーむ。これは堂々たるダブルヒロイン。
月ノ瀬は肩にかかる毛先を弄る。
「なんだろう。決意表明……的な? イメチェンにもなるし」
なるほど。思ったよりしっかり考えられた上での行動のようだ。
「あっ、もしかして玲ちゃん……LINEで『楽しみにしててね』って言ってたのってそういうこと?」
「ええ、そういうこと。ショートにするかどうかはちゃんと決めてなかったけれど」
「そうなんだー! でもすごく似合ってる! 今の玲ちゃんにはピッタリだと思うよ!」
「ありがとう、晴香」
確かに今の月ノ瀬にはショートカットのほうが似合いそうだ。
本来の明るい性格とよくマッチしている。
もちろん、あのロングヘアーの月ノ瀬も大変素敵ではあったけども……。
むむむ……どちらも捨てがたい。
――あ、そうだ。いいこと思いついた。
「司はどうなんだよ」
ククク……。
突然話を振られた司は「え?」と呆けた顔で俺を見ていた。
「いや、だから月ノ瀬の髪型。ショートとロング、どっちがいいんだよ?」
「はっ!?」
俺の言葉にガタッと椅子を鳴らす……三人。
司、蓮見、そして月ノ瀬。
そして興味ない素振りをしているような渚だが、スマホを弄る手が止まっていた。
「ちょ、アンタ、なにいきなり変なこと――」
「俺はそうだなぁ。もちろんどっちも素晴らしいってことは大前提で、ロングヘアー派かなぁ。あんなに清楚お嬢様感出せるのはすげぇよ」
うんうん、俺は有無を言わせない勢いで捲し立てる。
でもほら、嘘じゃないから。
俺は俺でちゃんと素直に言ってるから。
一度でいいからあのロングヘアーをサラサラサラ……ってしてみたかった。なんか変態みたいだなオイ。
「んで、司くんはどっちなんだよ? んん?」
「昴……お前楽しんでるだろ」
ジトっと俺を見る司。
「俺は純粋な気持ちで聞いてるんだ! 楽しむとかそういう……不純な理由なんてない!」
キリッ!
「口元は笑ってるんだよお前」
おやいけない。
俺は口元をキュッと結びなおした。
そんな俺に司がため息をつく。
「あのなぁ、別に月ノ瀬さんだって俺の意見なんて別にどうでも――」
「どっちなの」
「え?」
キタァ!
月ノ瀬は司の言葉を遮って詰め寄る。
「アンタはどっちが好きなの」
「え? いや別に――」
「朝陽くん!」
「え? なんで蓮見さんも――」
「どっちなの! どっちの玲ちゃんが好きなの!?」
キタキタァ!
蓮見はちょっと方向性違うけどキタァ!
美少女二人に挟まれる司。
……は? 羨ましいんだが?
俺も挟んでほしいんだが?
「ちょっと二人とも落ちつい――」
「私は冷静よ。で、どっちが好きなの? ロング? ショート?」
「どっちが好きなの!?」
「えぇ……」
やべぇめっちゃ面白い。
俺は声を抑えて静かに笑う。
「あんた楽しそうだね……」
隣から聞こえてくる呆れた声。
うるせぇ! だって楽しいんだもん!
こういう司弄りはホントにやめられない。昴くん最低!
許せ。
「えっ……と……」
司は慌てながらも自分の中で答えを出している。
数秒程度考えたあと、二人を交互に見て言った。
「ショ、ショート……かな」
あはは……と恥ずかしそうに笑いながら。
おぉ……お前はそっち派だったかぁ。いいねぇ。
「……」
月ノ瀬と蓮見は司の答えを聞くと、急に静かになる。
あんなに圧を出していたのに……。
そしてスッと静かに司から顔を逸らした。
「ふ、ふーん。そ。べ、別に私はどうもでいいけど」
「そ、そうなんだぁ。ショートが好きなんだぁ……えへへ。そっかぁ……」
……。
おい、お前ら。
頬緩んでるのバレバレだぞ。
月ノ瀬、お前それで隠せてると思ったら大間違いだからな?
蓮見、お前は……うん。乙女だわ。可愛い。可愛いから許す。
「な、なんだったんだ……?」
そんな気持ちを察せない司少年は一人首をかしげている。
「司……お前……」
「てか昴、もとはと言えばお前のせいで……」
俺はニッコリと笑顔を浮かべ、司の肩に手を乗せた。
そしてグッと勢いよくサムズアップ。
「ナイス選択」
これで月ノ瀬&蓮見の好感度は上がったことだろう。
あの状態での選択肢としては正しいものを選んだと思うぞ。
あくまでも、二人にとっての――だけどな。
「……はぁ」
隣から聞こえた小さなため息。
それが意味するものは……。
「ショートが好きなんだ…えへへ」
「……よかった、思い切って」
嬉しそうに毛先を弄る二人を見て俺はつくづく思う。
あぁ……。
ラブコメしてんなぁ、コイツら。