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第228.5話 渚留衣は突然絡まれる

 昼休み。


 青葉が送った台本の話で晴香たちが盛り上がっているなか、わたしはお手洗いのために席を外していた。


 陽キャっぽい女子二人組が、鏡の前で雑談をしていたからちょっと気まずかったけど……。


 ああいう空間、陰キャのわたしにとっては地獄以外の何物でもないから勘弁してほしい。


 別に悪いことをしてるわけじゃないけど。私がコミュ障陰キャなのが悪いだけなんだけど。


 ……自分で言ってて悲しくなってきた。


 そんなことは置いておいて、さっさと教室に戻ってゲームの続きをしよう。


 もうちょっとで十連ガチャが引ける分の石が貯まるからね。最近、引き運が酷過ぎるから晴香にでも引かせてみようかな。


 真面目にゲームをやってない人のほうがガチャを当てやすい、みたいな謎のジンクスもあるし……。


 うん、そうしよう。


 ――なんて考えながら、教室に戻るために廊下を歩いているときだった。


「ねぇ、あなたが渚さん?」


 後ろから突然声をかけられたことで、ビクッと肩を震わせて立ち止まる。


 聞き覚えはまったくない、女子の声だった。


 ……渚ってわたしだよね。

 

 わたし以外の渚さんを呼んでるわけじゃないよね?


 ……え、なに。わたしカツアゲされる? え?


 ただ名前を呼ばれただけなのにさっそくコミュ障を発動したわたしは、心臓をバクバクさせながらゆっくり後ろを振り向いた。


 わたしを呼び止めた、謎の人物は――


「……」


 ……。


 誰?


 ……え、ホントに誰?


 目の前に立っていたのは、今まで一度も話したことがない女子生徒だった。


 でも何回か見かけた記憶はおぼろげにあるから、同じ二年生ということだけは分かる。


 真っ先に目が行ったのは、派手な金髪。月ノ瀬さんよりもさらに明るくて、染めているのだと分かる。


 メイクもしているし、スカートも短い。雰囲気もこう……なんかキラキラしてる。


 ――あ、これ陽キャだ。完全なる陽の一族だ。


 それにより、わたしのなかの警戒ゲージが一気に上がる。


 わたしよりも身長が高いその相手は、腕を組んでこちらを見下ろしていた。キッと釣りあがった目つきも……ちょっと怖い。


 ……ごめん晴香。


 わたし、ここでゲームオーバーかも。今までありがとう。


「そ、そうだけど……。な……なにか……用……?」


 うわ最悪。声上ずった。帰りたい。


 相手はわたしの頭から足まで目線を動かし、「ふぅん……」と謎に納得したような声を漏らした。


 この目……嫌だな。


 まるでこちらを値踏みするような嫌な視線に不快感を覚え、わたしは目を伏せた。


 そもそも……ホントに誰?


「あたしは四組の小西(こにし)っていうんだけど」


 あ、自己紹介してくれた。

 どうやらこの金髪陽キャさんは、小西さんというらしい。


 もちろん初耳の名字だから、ピンとくるものはなにもないけど。


 その小西さんが、一度も話したことがないわたしなんかになんの用だろう。


「あなたさぁ……」

「は、はい……なに……?」


 腕を組んだまま、不機嫌そうな顔で。


 小西さんはこちらを見下ろして――



「あの青葉昴と仲良いんだって?」



 耳を疑いたくなる言葉だった。


 ……え。え?


 今、誰って言った……?

 

「はぁ……」


 ポカーンとしているわたしに呆れたのか、小西さんはため息をついた。


「同じクラスにいるでしょ? 青葉昴って男子」

「う、うん……いるけど……」

「だから、そいつと仲良いんでしょって聞いてんの」

「ご、ごめん……全然話が見えないんだけど……えっと、なんで青葉の話を……?」


 突然の話題に、わたしは付いていくことで精いっぱいだった。


 知らない女子から声をかけられたと思ったら、青葉の話が出てきて……。朝陽君じゃないよね? 青葉って言ったよね?


 それに『仲良いんでしょ?』って――


 あ、うんダメだ。全然理解できない。話があまりにも見えない。


「いいからあたしの質問に答えてくれる?」


 どうしてこの人はこんなに偉そうなんだろう。


 どうしよう……ここは撤退する? でも話が聞けるまで追いかけてきそう。


「え、えっと……」


 いったん状況を整理しよう。


 まず他のクラスの子なのに、青葉のことを知っていることについて一切疑問はない。


 良くも悪くも、あいつは校内で有名な存在だ。

 

 同じく有名な朝陽君と違って、悪い意味で目立っているけど……。主に見た目に反した普段の言動のせいで。


 どちらにしても、青葉昴という名前を言われれば『あー、青葉ね』ってなる生徒は多いと思う。

 

 一瞬、青葉に好意を寄せていて、それで話を聞きに来たのかな……って思ったけど……。


 この不機嫌な様子を見る感じ、ちょっと違うっぽい……?


 第一、あいつのことが好きだっていうやつのほうが稀有だと思う。すごく稀有だと思う。


 ……だから頑張れ、志乃さん。


 ――話が脱線した。


 知らない人から青葉のことを聞かれるなんて初めてだ。


 まだ戸惑っているけど、ひとまず素直に答えておこう。そうじゃないと話が進まなそうだし。


「べ、別に仲は良くない……かな」


 ボソボソとわたしは答える。気持ち的にはハッキリ答えたつもりなんだけど。


 とにかく……うん。嘘は言っていない。


 わたしはあいつのことを友達だと思っているけど、当のあいつは違う。


 あいつは自分の目的のために、わたしたちと関わっているだけだから……。


 そういう意味で言えば――きっと。


 仲は、良くない。


 少なくとも、わたしとあいつにおいては……の話だけど。それ以外はよく分からない。


 志乃さんや川咲さんが相手だったら、また少し変わりそう。


「……本当でしょうね?」

「う、うん。でも、どうしてわたしに……?」

「青葉と仲が良い女子って誰? ってクラスの子とかに聞いたらあなたの名前が一番多かったから」

「えぇ……」


 不名誉過ぎる。


 それこそ晴香や月ノ瀬さんとか……は朝陽君と一緒にいることが多いか。


 志乃さんたちや生徒会長さんは……学年が違うから絡むところを見る機会は少ないし……。


 ……。


 ……これ以上考えるのやめよう。うん。


「それで、その……青葉のことを聞いてきた理由とかって……」

「あなたには関係ないでしょ」


 それはズルいと思う。


 そっちから話しかけてきたのに、こっちの質問はお断りって……。


 ここまでの時点で、個人的に小西さんからは対してあまり良い印象は感じられない。


 顔の広い晴香なら、この人のことを知ってるのかな。どうなんだろう。


「も、もしかして……なんだけど……」

「なに?」


 ちょっとだけ……嫌な予感がする。


 怖いけど……揺さぶってみよう。


 わたしは咳払いをして、こちらを睨みつけるように見る小西さんを見上げた。


「あ、青葉のことが気になってたり……とか……?」


 その瞬間――


「はぁ?」


 心底不快そうに、小西さんは顔をしかめた。


「そんなわけないでしょ? 気持ち悪いこと言わないでくれる?」


 危ない。笑いそうになった。


 その……うん。ごめん青葉。気持ち悪いって。


 これ、完全にあんたのことを嫌ってるよ。


 照れ隠し的な反応でもなく、心の底からそう思っているような顔だった。


 なんでかは知らないけど、きっと日頃の行いでしょ。ドンマイ。


 ――だけど。なぜだろう。


 胸の奥で……また別の不快な気持ちが込み上げてきた。


 なんかこう……ムカっと来るような。

 

 そんな気持ちだった。


「……あいつがどんな男か聞きだしてやろうと思ったのに」

「……え?」

「なんでもない。もうあなたに用はないから。……使えない」


 うわ酷い。


 それより、小さな声だからちゃんとは聞き取れなかったけど……。


 どんな男か聞きだして――とか言ってたよね。


 やっぱり小西さんは、明確な目的があって青葉のことを知ろうとしている。


 それも多分……あまり良くない目的で。


「あいつのせいで彼が――」


 その呟きは、よく聞こえなかった。


「あなたさ、よくあんなろくでもない男と関わってるよね」


 ため息混じりに放たれた言葉に、わたしの眉が無意識にピクリと反応する。


「まぁいいや。話は終わり。じゃあね」

「あっ……」


 手を伸ばしても、すでに背を向けてしまった小西さんに届くことはなく……。


 結局最後までなにも分からず、ただ振り回されただけで終わってしまった。


 いったい、なんだったんだろう。


 どうして青葉を嫌っている感じだったんだろう……。


 それに、ろくでもない男って……。


「……教えてあげればよかった」


 小さくこぼれた、独り言。


 せめて一言くらい、言ってやればよかった。



「あいつは元からろくでもない男だよ――って」


 

 あんな今更すぎることを言われても……ね。あいつは誰がどう見てもろくでもない男でしかない。うん。



 どうしてすぐに教えてあげられなかったんだろう。これは素直に反省案件。次は気をつける。

 

「……あー怖かった。戻ろ」


 心臓を落ち着かせるように息を吐き、わたしは再び歩き出す。


 四組の――小西さん、か。


 覚えておこう。


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