第23話 二年二組は色めき立つ
「え、月ノ瀬さん……だよね?」
「のはずだけど……なんか雰囲気違くね……?」
「ショートカット超似合ってる……」
ザワザワと動揺が走る二年二組。
その原因である月ノ瀬玲は、堂々と胸を張ったまま自分の席へ向かって歩き出した。
まぁ……たしかになにも知らないヤツからしたら意味不明な状況だよなぁ。
印象的だったあの長髪をバッサリ切っていることもそうだが、みんなの知る月ノ瀬はあんなに明るく元気な声を出す人間ではない。
儚く、お淑やかで、控えめで。
今の月ノ瀬からはそんな雰囲気は微塵も感じない。
月ノ瀬は自分の席につくと鞄を横にかけて、そのまま座った。
「おはよう、月ノ瀬さん」
隣に座る司が声をかける。
さすがは司。
自分のやるべきことを理解しているぜ!
そういう切り込み隊長は主人公さんじゃないとな。
「ええ、おはよう。司」
月ノ瀬は挨拶を返す。
……ん?
サラッと流しそうになったが、俺はとある部分に引っかかりを覚えた。
いや、これは俺だけではなくみんな思ったことだろう。
蓮見や渚も俺と同様に『え?』と疑問を感じている様子だ。
「れ、玲ちゃん……」
司を挟み、蓮見は恐る恐る声をかける。
「晴香、おはよ。どうかした?」
いやお前、どうかしてる部分しかないんだって。
なんでこんな空気になってるのか理解してるの?
蓮見は言いづらそうにしながらも、月ノ瀬に疑問をぶつける。
「そのー……なんだろ、さっき朝陽くんのことを……その……」
「ん? 司がどうかしたの?」
「つ、つか……つか……呼び、す……」
「あ、マズイかも。晴香ショートする」
ケロッとした様子の月ノ瀬とは反対に、蓮見はあわあわと気が気でないご様子。
言葉を上手く言語化できずにブツブツと口にし始めたところで、渚が呟いた。
あーたしかにこれ、ショートする流れだよな……。
「わ、私はそんな……呼び方、した……こと、ない………あぁ」
チーン。
蓮見、ショート。
南無……。
俺は蓮見に合掌しておく。
俺にできることはこれくらいだ……。
せめて、安らかに……。
「あれ?」
司が突然首をかしげた。
そうだよ。お前の話なんだからちゃんとトークに入ってこいよ! おら!
「君、俺のこと名前で呼んでたっけ?」
「えっ」
司の純粋な疑問が月ノ瀬に向かって一直線。
その月ノ瀬だが、司に質問されると気まずそうに顔を逸らした。
その頬も、薄ら赤くなっているような……。
あれ? あれれ?
なんでちょっと乙女スイッチ入ってるの?
ここで俺は、一つの疑惑が浮かび上がった。
週明け、髪型がロングからショートになった月ノ瀬。
司に対しての呼び方。
そして、それを指摘されたときの反応……などなど。
ここから導き出される可能性は……。
俺は司と月ノ瀬を交互に見て、口を開いた。
──いくぜ!
「――え、なにお前ら。付き合ってんの?」
シーン……。
静寂。つまり無。
数秒程度だろうか。
それでもなんだかとても長く感じる静寂だった。
そして。
『えええぇ――!?』
二年二組が……沸いた。
廊下にも聞こえるだろう大きな声で……色めき立つ。
フォッフォッフォ……高校生はこういう話題が大好きじゃろ?
わしに任せておきな。
おっと、その前に。
俺はチラッと蓮見を見てみる。
……あ、よかった。まだショートしてたわ。
もし意識があった状態だったらショートどころか砂と化していたかもしれない。
サラサラサラ――。
「ちょ、おまっ、昴!」
先ほどまでケロっとしていた司は慌てて席から立ち上がった。
――やば、なんか楽しくなってきた。
このままいくところまで行ってやろうかな。
俺はニヤニヤした顔で司を見ていた。
「え、なに?」
ニヤニヤ。
「変なこと言うなって! ほら、月ノ瀬さんも!」
「そ、そうよ! 私たちはまだ別にそういうのじゃ――」
クラスメイトたちに向かって二人は弁明する。
……おっと?
今の一瞬、俺は聞き逃してないぞ?
俺はわざとらしく「あれれぇ?」と、みんなに聞こえるように言った。
「まだ……ってどういうことかなぁ? かなぁ?」
げへ。げへへへ。
楽し~!
我ながらクズであるが、楽しいものは楽しい。
「朝陽君って月ノ瀬さんと付き合ってるの!?」
「朝陽おめぇ話聞かせろや!」
「ってか月ノ瀬さん、その髪どうしたの!? あと雰囲気も!」
「まさか土日になにかあったとか!? キャー!」
クラスメイトたちは一斉に二人を取り囲もうと、凄い勢いでこちらに迫ってくる。
あ、待って。やめて!
俺は二人の近くだからそんなに押し寄せると……!
俺はそのまま人波に呑み込まれると、次の瞬間、ポーンと勢いよく黒板前のほうに投げ出された。
あ~れ~!
俺はそのまま空中を飛び――
「ぐへっ」
無様に尻もち落下。
お尻……痛い……。
「いてぇ……お尻いてぇ……」
お尻サスサス……。
俺が泣きそうな気持ちになってると、一人の生徒がこちらに歩いてきた。
「あんたの自業自得でしょ? どうするの? アレ」
その生徒……渚は呆れた様子で月ノ瀬たちへ視線を向けた。
そこにはクラスメイトたちから鬼の質問攻めに遭っている二人の姿があった。
おー……アレは苦労しそうだなぁ。
ま、でも……。うん。
「……アレが狙いだったの?」
「なにがだよ」
俺は尻もちをついたまま渚を見上げる。
「月ノ瀬さんが……みんなに事情を話しやすい空気を作ったんじゃないの」
「……」
「だんまり?」
俺はスッと渚から顔を逸らした。
「別に、そんなんじゃねぇって。面白そうだからやっただけだっての」
「ホントあんたって……はぁ。ま、それならそれでいいんじゃない」
本当にそんな大層な理由じゃない。
面白そうだからやった。
それだけなのだ。
確かに、先ほどまでのシーンとした静寂状態では月ノ瀬も事情を話しづらいだろう。
その空気をぶち壊したい気持ちは……まぁ、少しはあった……かも、しれない。
とはいえ、結果的にはこうしてワイワイとした雰囲気が出来上がっているのだ。
なにも問題はないだろう。
「ねぇねぇ! それで付き合ってるの!?」
「いやだから付き合ってないって!」
「そ、そうよ! だからみんなちょっと落ち着いて……!」
「月ノ瀬さんはなんで口調変わってるの!? なにかあった!?」
「それは……! もう! ちゃんと話すからみんな聞いて!」
てんやわんや。
二人の焦り具合が面白くて笑みをこぼす。
これならいい感じに話を持っていけそうだ。
「……長くなりそうだね、アレ」
「だなぁ」
今更会話に入ったところで司たちに超怒られそうだし……。
どうするかな。
うーん……。あっ。
俺はポケットからスマホを取り出すと、とあるアプリを起動して画面を渚に見せた。
「いっちょどうよ、マルチクエ」
俺の提案に渚は小さく笑う。
「いいよ。キャリーしてあげる」
「頼りになるっす姉御」
俺と渚の共通の暇つぶしといえば、一つしかない。
『ナイツ&ドラゴン』だ。
ちょうど新しいイベント始まったばかりだしな。
せっかくだからキャリーしてもらうとしましょう。
我ながらいつもキャリーしてもらってばかりで情けねぇ……。
まるで姫プ……俺、お姫様ってことぉ!?
「あ、せっかくなら新しいパーティー試そうかな」
「おお。そいつはお手並み拝見だぜ」
「ふふ、見せてあげる」
こうして司&月ノ瀬騒動が終わるまで、俺たちはナイドラで時間を潰したのであった。
頑張れよ若人たち~! フォッフォッフォ!